小料理店で

「冷えるね」

大学の守衛室前の暗がりで佐藤博さんが言った。雨上がりの構内は秋の落ち葉で濡れていて空には月が出ていた。空気が冷たく氷り始めたようだ。

「都留の冬はこんなものじゃない。唇がガチガチとなるほどの寒さになる」

隣に立っていた佐藤隆先生が言った。恐ろしい。

大学の授業に来てくれた佐藤博さんを囲んで軽く飲もうということになった。時刻は6時半。星が、二つ三つ輝きだした。

             ※

近くの小料理屋店に入る。

「いらっしゃいませ」

 迎えてくれたのはゼミ生のIさん。びっくりした。

「君、ここでバイトしているんだ。知らなかったよ」

              ※

 しばらくしてT先生が学生を連れて合流。

 わいわいがやがやと飲みながら食べる。

「佐藤先生、私はタバコを辞めましたよ」

 カウンターの中から店主が言った。晴れ晴れとした顔で。

「おっ、何か挑戦的ですねぇ」

 佐藤先生は、そう言いながら表戸を開けて外に出て行った。タバコを吸いにいったのだろう。

              ※

 今日の授業で佐藤博さんは意図的に討論を起こしていった。『能力別学習』の是非をめぐって。学生たちは主体となって考え始める。

 懐かしく昔を思う。学生時代、学生大会が幾度も続いた。同じ年齢の仲間たちが立ち上がり何かを主張する。わたしには語るべき言葉がない。何か自分を支え押し上げてくれるものをつくらないと…。不安や焦りも生まれていたように思う。

 私が人前で初めて話したのは大学3年のとき。政治的なことではなくクラブへの入部を生きることとつなげて語った。

 若者の授業での発言を聴くと本当に応援したくなる。語りだす胸のときめき、うまく語れなかった後悔、もっと自分を鍛え伸びて行きたいという憧れ、さまざまなものが交錯している。

 きょうの若者たちは、どんな青春の思いを日記に記しただろう。