くじらぐものお話

 ゼミの時間の始まりに、毎回ひとりひとりの物語を聴く。これが楽しい。遊んだこと、好きな音楽、読んだ本、映画、クラブ、アルバイト、学童保育へのボランティアなど…、話は多岐にわたる。

 その日、Yさんは弾むように瞳を輝かせて、小学校での支援で出会った子どもの話をしてくれた。

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 1年生の国語の本のに『くじらぐも』の話がある。体育の授業をしていると空に大きな雲のくじらがあらわれました…、という物語。

 Yさんが子どもたちの学びのお手伝いをしていると、A君が教室の外に飛び出した。あわてて追いかけるYさん。A君はときどきYさんに向かって「バカ」なんていう。だから心がつながるってくれたらなあといつも悩み考えていた。

 そのA君に追いつくと、A君が振り返り学校を見て言った。

「学校ってちっぽけだ!」

 Yさんは、A君のこの言葉に感動する。この子がこんなことを言うんだ。それから、A君はYさんに話しかけてきた。

「先生、空を見て!」

 見上げると空は一面の雲。そこでYさんは言った。

「くじらぐもが見えないねえ」って。するとA君が答える。

「先生は、くじらぐもが見えないって言ったよね。でもね、くじらぐもって大きいんでしょ。いま見えてるのはね、くじらのおなかなんだよ。全体は見えないんだよ」

 YさんはA君の言葉を聴いて胸がドキドキする。この子はこんな素敵な発見をしているんだ。そして、そのことを私に伝えてくれた。

それは、A君とYさんの心が初めてつながりあった瞬間とも言える。

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 そんな話をしていたら、雲の一部が欠けはじめて青空がのぞいたという。するとA君が言う。

「自分のお腹の中を切ると赤いでしょ。でもくじらぐものお腹の中は青い空なんだね」

「もう、その言葉を聞いたら、A君がかわいくてかわいくてたまらなくなりました…」Yさんは、うっとりと幸せそうに話す。

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 お話は、およそこんな話―。

 聴いていて私はとてもうれしかった。子どもの小さなつぶやきや生活の一こまに、心から感動するYさんの姿が素敵だ。

 私は、よく若い仲間の教師たちに話す。

「子どもと生きる日々の中でね、驚いたり発見したり、うれしかったことを大切に『教室ノート』などに記録しておくといいよ。そうしたことに心が震える教師でずっといてほしいからね。そんな日々を続けていると、子どもの声を、子どもの心を深く深く受け止める力がついてくるのです」と。