運動会でU子さん走る!
U子さんは3年生。4月、お母さんが言った。
「U子は家では話せるのですが、学校では一度もお話ししていません。場面緘黙と言われています。よろしくお願いします」
U子さんの体は、何かをしようとすると硬直した。一学期の間、体育のリレーで友だちからバトンを受けてもそのまま立ちすくんだ。しかたがないから、わたしがおんぶして走った。勿論、言葉は発しない。書くことも拒んでいた。
プールは、水に入らない。抱っこして入れてあげる。初めはプールサイドの手すりにしがみついていた。鉄のような意志で体を、『わたし』を守っていた。
U子さんの心が柔らかくなり、私とつながりあったのは、いたずらごっこ。休み時間に足を踏まれた。「やったなあ、U子ちゃん」と言って追いかける。つかまると「ク、ク、ク、ク、ク…」と体を揺すって笑った。そんな日がずっと続いていた。
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二学期になってU子さんが、トコトコと運動場を走るようになった。秋の運動会、みんなの見ている前で走ってほしい。
「U子ちゃん! 今年の運動会ね、何をがんばる? 何か一つでいいから力を伸ばそうよ。ダンス…。あっ、そうだ。U子さんはだいぶ走れるようになったから、徒競走頑張ろう。ね、できるでしょ」
そのとき、U子さんがコクンと頷いた。うれしかった。閉ざしていた心を、自らの意思で開いていく。凄いことだと思った。
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運動会の日、徒競走が始まった。そのとき、出番を待つ由里さんがつぶやいた。
「先生、U子さん、速くなったね!」
みつめる友だちの眼差しが温かい。U子さんは10月ついに言葉を発する。そして、少しずつ教室の中でお話したり表現したりするようになった。人間って変わるんだということを子どもたちも私も学んでいった。
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『運動会』(1982、10,5学級便りより)
晴れた 晴れた
みごとに 晴れた
運動場の水が どこかに行っちゃった
それから ギラギラ暑くなって
運動会ができた
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「ヨーイ!」
飛び出すじゅんびで ひくくかまえる
こぶしをキュッとにぎって
忍者スタイル!
行くぞ 負けないぞ
胸の呼吸がはげしくなる
上に、下に…
上、下、上、下
「バン!」
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心臓なんて知るもんか
白い二本のレールの中を 突っ走る
ダダダ ズダダ タタンタン
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ならんだ顔が流れていく
わあっ、顔の怪獣だ
よせやい、走っているぼくだって
くちびるをひん曲げているんだぞ!