『花火』

 村に 幼いころ片方の目を傷めた少年がいた

 あの子は花火屋の息子なのだという

 ぼくを見つめる目はどこか遠くを見ていた

         ※

 暗い海の中で

ピシャリと白い二匹の魚がはねるように

 花火の音がする

 坂道を下り白い道にむしろを敷いた

 辺りは稲の実をかすかに付けた一面の田

 ぼくらは座る

洋子がいて健がいて麻耶がいて正彦がいる

 大きな団扇をあおぐ父がいて洋子の父とじいちゃんがいる

         ※

 星はかくれていた

 山を越えた遠い町の空に

赤い花火がポカンと一つ

 おしゃべりをやめ地平線を見つめるぼくら

 ずっと遥かな時間がたって 

小さな音が一つ

 また夜の深い海に沈んでいく

 かすかな水の音、川の流れ

 ぼくらはふたたび遠くの空を見つめる

 長い風の時間

 紫の花火がまた一つ

         ※

 あれは

 片方の目を傷めた少年の父が作った花火ではないか

 川向こうの部落で少年はこの花火を見ているだろうか