蝉の声

 前期『臨床教育学』の授業を終えた。講義の最終日、B4の紙一枚にレポートを書いてもらった。

100人近い学生が、静かに思索をめぐらせている。それから、コツコツと鉛筆を走らせ始めた。気持ちのよい集中した時間が流れていく。わたしは手持ちぶさたで研究室に小説を一冊とりに行き、椅子に座って読み始めた。しかし、落ち着かない。本を閉じる。彼らを見ているほうがずっと楽しい。

 みんな真剣に課題を自分にひきつけ、思索し、言葉を選び書き続けている。そのしなやかな眼差しと、ふと顔を上げ、思いをめぐらせている姿を見ると、瑞々しい青年たちの“いま”が輝いているようで胸に迫ってくる。その彼らと同じ時を過ごしていることがうれしい。不思議な感覚だ。

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 「書き終わったら教室を出て行っていいです」と話した。が、誰も出ていかない。もう一時間を越えている。今日は、少しでも早く授業を終えてあげたいと思っていたのに…。

レポートは一枚を越え、裏側にまで書き続けている。

5時半ごろ、やっとNさんが笑顔を見せて立ちあがる。よかった。

授業の終了を告げる6時のチャイムが鳴ったとき、まだ10人近くが執筆していた。

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すべてのみんなが書き終えた後、窓を閉める。

「あっ!」と思った。「カナカナカナ」と蝉の鳴く声。油蝉たちの夏の降るような合唱の中に、高く澄んだ蜩の声が聞こえる。紫陽花の花が下では咲き、緑の繁茂する木々の枝の上には入道雲がある。