秋葉原で座談会

 午後1時から、雑誌『教育』5月号の座談会が秋葉原の喫茶店で開かれた。片岡先生の案内メモをみる。このあたりかな、と見ていたら、歩道の向こう側に指定する場所が見えた。ほっとする。

 中に入ったら京都の吉益さんがもう座っていた。

「遠かったでしょう。ご苦労様。おひさしぶりです」と挨拶。

 他に2人の方と、片岡先生や佐藤さんがいらした。

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 テーマは、『学級崩壊とその後の教育実践』。

 私は、1980年代の子どもたちの“攻撃性”と1997年ごろの“学級崩壊”と今日の“子ども危機”とについて、微妙な違いを感じている。“学級崩壊”という状況から見ると似ているかもしれないが、生まれてくる状況や表現は違っているのではないか。

 対教師暴力等についても、ゆっくり事象を検討してみたく思っている。12月の終わりごろM紙などから“子どもの事件多発の状況をどう見るか”の問い合わせがあったが、それらしきことを語っておいた。

 今日の子どもたちは、孤立し、大人や教師の知らないところで苦悩を一人抱えているので、それは周りが気づきにくい内容でもある…。教師や大人の思惑を押し付けると鋭く反発し、苛立ちを内部に蓄積し、うらみや苛立ちの爆発となって、思わぬあの子がなぜこんな切れ方をするのだという表現につながるのではないか。そうした子どもの内面形成とデリケートな内面のありかたに無頓着な要求、正義を教師たちが振りかざしたとき、子どもはやってられないと爆発もするだろうと思うのだ。そうした状況に、今日の日本の子どもが置かれていることをしるべきではないかと考えている。

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 終わって軽く飲む。吉益さん遠くまで帰る。明日から、お互いまた学校ですね。