ブラウン電動歯ブラシの替えブラシで、中華製品を購入してみた。

 

アマゾンではいろんな製品があるように見えるが、おそらく全て同じような品質だろうと安い商品を購入~SUGODAEUというところの商品。正規品の1/3ほどの値段でした。

 

品質は、値段通り。

実用に耐えるけれど、正規品の良さがわかる。

まず、ネックの材質が硬い。しならない。カッチカチ。正規品の替えブラシを使い続けていたので、力任せにゴシゴシやったりはしないけれど、中華代替ブラシだと歯茎を傷めそう…。

ブラウン電動歯ブラシの良いところは、圧がかかると自動停止するところ。だけれども、中華代替品だと自動停止しない、しにくい。正規品では手のひらに押し付けるとすぐに止まる。中華代替品では、かなり強く押し付けないと止まらない。普通に歯磨きをしていて、正規品だと止まることがあるけれど、中華代替品では止まることは無さそう。

ブラウンの歯ブラシのヘッドの後ろには、水抜きのためか小さな細い穴がある。正規品では気にならないけれど、中華代替品では、口腔内や唇に穴があるのを感じる。口腔内にキズが付くほどではないけれど、気になる。

 

じゃあ、正規品にするかと言うと、3倍の値段というのは高いなぁと感じる。

プライムデーなどにまとめて購入しておいた分を消費してしまったら、中華代替品でも良いかなぁ。今回は、正規品の歯ブラシの型番を間違って購入してしまったので、中華代替品を使っている。

次のプライムデーでまとめて正規品を購入したら、中華代替品はお蔵入りだろう。ちょっと正規品を買い忘れたとき用に仕舞っておくかな…。

 

第一回のセリフ回しが…ね?

「その呪いも今から…」「非実在が証明されるわけか…!」

って「非実在が証明されるわけだ…!」のほうがしっくりくるんだよね。

主人公の性格とか言いまわしで、「あぁ、こっちのほうがいいのか」って思えない。ここは「わけだ…!」のほうが良くない?

 

続いての「全員来れなくなったことくらいかな」も「来れなくなったことくらいだな」のほうが好みなんだよね。

 

あと、オカ研のメンバーはちゃんと出てるのに科学部のメンバーが出てこないのは…?

まぁ、呪いの解明ツアーに参加できなくなった理由が、それぞれのメンバーにも呪いがいるとかっていう伏線で、これから5つの呪いと関連性のある呪いが、科学部メンバーと共に登場するとかかもしれないけどね。

 

呪いツアーを終わった後の「すぐ寝るぞ」は、そのあとのセリフが「いの一番に言ってやる…」なら

「いますぐねてやる」とかかなぁ。もしくは、「いの一番に言ってやるぞ…」にするとか?

この「いの一番に言ってやる」もそうなんだけど、主人公の言い回しと性格が、なんか合わないんだよねぇ。お婆ちゃん子でちょっと古臭い言い回しをする性格なのかと思えばそうでもないし。

 

でも、画とかマンガの雰囲気は「子供でも楽しく読めそう」な感じで良いよね。

いまの中高生がJumpを読むっていうのがあまり想像しにくいんだけど、バトル系ではないちょっと尖ってそうで滑ってるマンガで、まぁ読みやすそう。

 

支配の呪い,飢餓の呪いとか、出てこないっすかね?

「上海龍人」

週刊Jump24号の読み切り。

画は良いんだけど、話が…場面が…無駄が多い。

作者サンが描きたいものを好きに描いて、読者は置いてけぼり。勿体ない。

読み切りだからページ数が限られてるにしても、戦闘場面に割きすぎてる。もっと戦闘場面を簡略化して削って、その分を物語とか人物描写にあててくれたら良いのに…勿体ない。

執事(龍人)は、なんでそんなにお嬢のことを気に欠けてるの?っていう繋がりとか絆の場面が必要じゃない?

執事の信念としてとか、お嬢の生き方としてとか、そういう共感性を持たせないと惹かれないよね。

龍と犯罪組織と執事とお嬢の関係性はないの?

犯罪組織のボスが龍を騙してタマゴを手に入れたとか

龍の生息地が執事の故郷だったとか

お嬢は龍への生贄の予定だったとか

龍はお嬢が好きでなついてたとか

龍がお嬢に惚れていたとか

なんかあるでしょ?

 

お嬢の気高さってやつは1㎜も伝わってきませんでしたわよ?

 

「悪役一家の奥方、死に戻りー」

カドコミで連載中のやつ。

最初の頃の爽快感がなくて、連載を続けるための展開になってしまって…勿体ない。

主人公が奥方だったのが魅力だったのに、なんかお子様たちに移ったりして…奥様の人妻の色気とか全くなくなってしまった。

 

「因習系邪神様ー」

カドコミで連載が始まったやつ。

『むちむちへっぽこ邪神様が因習村でうえをしたへの大騒ぎ、「もう因習なんてコリゴリだよぉ」な展開に、お風呂や滝行やプールのサービスシーンがあって、ポロリもあるよ』ってのかと思ったら、なんか違う?

平和でへっぽこでポンコツな邪神様だけど、実力はピカイチな破壊神とかかと思ったらそれも違う?

因習はどうしたぁ?!とバーン様でなくても問いたくなる。

 

なんていうか、方向が決まってないと読み進めにくいんだよねぇ。

「はいはい、この方向でいくのね」っていうのを早めに読み手に伝えて欲しいなぁ。

【その年齢でしか楽しめないものがある】

 

 

「若いうちに使い切って生保」は、愚の骨頂。

けれども、若いうちから何もかも我慢して老舗資金の確保に走るっていうのも、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」だよ。

 

年齢がいってからじゃ、楽しめないものがたくさんある。

せっかく貯蓄した資産を、結婚してから妻,子どものために使ったり、挙句の果てに老後の両親の介護のために使うとか、勿体ない。高齢者の介護に関しては、行政は身内に負担を強いるからね。そのときに、「ない袖は振れない」なら行政に次の手を考えてくれるけど、資産があればあの手この手で説得して身内の資産を切り崩させようとする。

独身時代の貯蓄をなぜ、結婚後にはあたかも共有財産のようにされるのか。

 

まぁ、それらのことはともかく、「若いうちにしか楽しめないことは若いうちに楽しんだほうが良い」っていうのは間違いない。

視力が落ちれば楽しめないこともある。

動体視力が落ちれば、動きのあるものは楽しみにくい。

視野が狭くなれば、広い視野で楽しむものが楽しめない。

嗅覚や味覚が落ちれば、食事も楽しめない。

聴覚も落ちるし、可聴域は狭まる。

「年齢に伴って、その年齢なりに楽しめばいい」というのは、若いうちに楽しんだひとの言葉であって、若いうちに我慢したひとが年寄りになってから楽しむというのは、時間もカネも勿体ない。

「若い時に経験があれば、年寄りになってからも蓄積したもので補える」という考え方もある。それは「若い時に蓄積したものがある」ことが前提なので、そのためにも若いうちに楽しんだほうが良い。

カルビもプラモデルもゲームもドライブも映画も音楽も美術鑑賞も博物館めぐりも食べ歩きも、若いときにその年齢で楽しむのが良いよ。

年寄りが嫉妬するくらいに、若者は若い時代を楽しまなくちゃ。

 

【持たざる者に配慮】

 

既婚者は、「もし独身だったらー」と想像することが可能で、それは独身時代という経験をしているから。

子育てを経験したならば、「もし子供がいなくて夫婦2人だったならばー」と想像することが可能で、それは二人だけで過ごしたことがあるから(デキ婚でも結婚前は2人で過ごしている)。

 

そして、既婚者でも育児経験者でも、「もしも結婚していなかったらー」と考えることに対して、葛藤も抵抗も感じない。

なぜならば、既に「経験として持っている者」なのだから。

 

 

独身未婚者は、「結婚なんてしなくて良かった」と嘯くことはできる。

しかし、「結婚したこともないのに?」という自問が生じる。

そして、「もしも結婚していたらー」と考えることが、「自分は持たざる者だ」という敗北を認めることになってしまう。

 

「もしも妊娠,出産していたらー」「もしも母親になっていたらー」「もしも父親になっていたらー」と考えることは、自分の人生の「欠け」を前提として想像することになってしまう。

 

また、父親や母親になっていない者を「負け犬」とみなすことは、差別とされてしまう。

妊娠したくてもできなかった,子育てしたくてもできなかった石妻に配慮を求められ、「結婚は女の幸福」「男は結婚して1人前」と言うことが憚られ、「結婚して良かった」との単純な気持ちさえも責められることがある。

 

「結婚して後悔」「子育ては損」ということを大声で言うことの加害性は見過ごされ、「未婚は負け犬」「家庭を持たざる者は半人前」という加害性のみが取り上げられる。

 

これらは、いまの世相に共通しているのではないか。

「しなければ良かった」という後悔は、「しなくて良かった」にかき消されている。

「して良かった」と公言することは、「したくてもできなかった者への加虐」として責められる。

「頑張らなければ良かった」「無理しなければ良かった」「あんな勉強なんかせずに遊んだほうが有意義だった」「出世なんかしないほうが良い」から「能力があると責任を負わされる」「優秀な人間には負荷がかかる」となり、「一生涯を爪を隠して生きる鷹が賢い生き方」であるかのように言われる。

 

だが、「なにかが欠けた人生」とは敗北であり、そのなにかとは才能,容姿,真摯な努力であったり、そして家庭や子供たちであるのだ。

いまの社会に浸透している「負け犬への過剰な配慮」は過ちである。