都心に遊びに行ったときたまに行く新大久保。
ここは色んな国のローカルな食べ物が食べれるので好きだな。
ここはよくいくシディークインターナショナル。
カジュアルインドレストランのシディークのハラル食材屋さんなんだけど、ガチのインドスイーツとか屋台で食べるスナックとか食べれる。多分他ではなかなかないかと。そもそも働いている人も来ている人も日本人ほぼおらん。
小腹空いたんでベルプリ食べに!500円の屋台スナック。
そういや私自宅でもインドのスナックフツーに食べてるな。
スパイスたまらん。
他の人が食べてたローストチキンがめちゃめちゃ美味しそうだったから今度ハーフいってみようかな。
サモサチャートも結構おいしい。
自分が死ぬまでに、というか
これから日本が色々荒れて行くと思うので今のうちに
やっておいた方がいいかもしれないこと。
そのひとつが自分にとっては、祖父についてだった。
父方の祖父は父親が小さい頃に病気で亡くなっており
特にそういう現実をそのまま受け止めて気にもしなかった。
知っているのは戦争で満州に行っており
そこで父が生まれたってことだけだ。
うちはそんな仲良し家族でもないし
特に話されもしなかったし、聞こうとも思わなかったし。
おじいちゃんの下の名前も知らなかったし
顔も知らないし、どんな人かもわからないし
特に何とも思わなかった。
ひょんなことで下の名前を知ることになり
たまたま何かで第二次世界大戦に参加していた人はその軍歴が今でも残っており関係者は閲覧できることを知った。
この日本の状況のタイミングでこういう流れって
なんだかすごいな。
で、ちょっと役所に問い合わせをしたところ
祖父の軍歴の詳細がかかれた書類が4枚出てきたのだ。
ただ個人情報なので本人との証明書や死亡が確認できる除籍簿等々の書類の提出が必要になるが、
これは今のうちに見ておいた方がいいと思うようになって
動くことにした。
で、とても不思議だったのが役所の人も
「実は今そうやって自分のご先祖さんが戦争でどうやっていたのか?」知ろうとする人がすごく増えていると話されていた。
そういうタイミングなんだろう。
振り返る必要がある時期なのだろう。
まず色々調べて除籍簿を取り寄せた。
現存する戸籍で一番古いものって
明治19年らしいが、その時代からのご先祖様の情報がガッツリ入っていた。
うちは典型的な核家族で家系図とか見たことなかったし
そんな豆に墓参りとかするところでもなかったので
なかなかの衝撃。
そこで初めて父親は長男だったが
実はおばあちゃんの前に別の奥様がいて亡くなっていた。
それはそれでびっくりだったのだが
これだけたくさんのご先祖様がいれば色々あるのだろう。
現代の謄本と比べて昔の除籍簿って情報がより詳しく書かれているのだが、
よーくよーく見て行くと
「おいおいおいおいおいおい」と思うことが。
つづく。