子育てが始まってから、
それまで知らなかった喜びも
たくさんもらってきたけど、
でも正直、うまくいかなくなったことが
たくさんある。

独身の友だちとは会う数が減ったし
行けない場所もたくさんできた。
趣味とか楽しいこと
自分のやりたいことなんて
何一つできない。
その上、家事やら人からの頼まれごとやら
しないといけないことまで
思うようには進まない。

お皿洗いをしていたら
足に泣いてまとわりつく。
大事な書類を書いていたら
膝に座ってペンを奪おうとする。
買い物に行ったら
あらぬ方向にばかり走っていく。

とにかく何かしたいことがあっても
邪魔と脱線を繰り返す。
すごろくで言ったら
「一回休み」と「スタートに戻る」のコマにばかり
止まってしまうような感じ。

だけどこんな風に
思うように運ばない実情は
残念ながらパパには分からない。

だから、夫婦仲も
うまくいかなくなった。


仕事から帰って来て第一声。
「今日何してたの」って
何度言われただろう。

私はこの言葉に
何度傷ついたりイライラしたりしただろう。

子育て初心者の私たち夫婦は
そこから何度すれ違っただろう。




だけどある時ふと気付いたり改めて考えたりする。

例えば私の用事で
パパが初めて
子どもとお留守番した一時間。


私は、子どもと久しぶりに離れることで
リフレッシュして
パパへの優しさを少し。

パパは、普段知らなかった子どもと1対1でいる
プレッシャーを少し。



そんな少しだけ、を何度も積み重ねて
できるようになってきたのが

相手の立場や気持ちを
「推し量る」こと。


パパが子どものおむつを変えてくれたら
おむつの前後ろが逆になってても、
おしりふきの蓋が
開けっぱなしになってても

私がバタバタしてるから
慣れないのにがんばって変えてくれたのか…
不器用な旦那はおむつ丸められないし
テープの存在知らないのか…
だから前後分からなかったのね…
がんばって拭いたあと安心して
蓋は閉めるの忘れちゃったかな…


そう思えば、
自然と「ありがとう」が言えて。

おむつが前後逆だろうと
はけてれば漏れないっしょ。
おしりふきの蓋は
気づいた人が閉めればよし。
…みたいに割り切ることもできて。


「推し量る」ことの重要さは
きっと私が先に気付いたけど(密かに上から)
パパもだんだんと分かってくれたようで
三人目でようやく
「今日何してたの」
「なんで○○できてないの」
「これ途中止めにしてるのなんで」
って、聞かれなくなった。

私がパパに頼まれた買い物ができずにいても
「ごめん今日は買い物いけなかったー」の一言で
「そっかー了解!」で済ませてくれるパパ。

私の気持ち、日常の様子
見えないけれど、想像して
もしかしたらこうだったのかな
きっとこうだったんだなって
「推し量って」くれてるのが分かる。

だからさらに私も、
「推し量って」くれてるなって
「推し量る」。


子育て中の夫婦は、
お互いの苦労が見えにくい。

見えない部分を、
思いやりをもって
相手を信じて
想像することが大事なんじゃないだろうか。

その大変さが理解できなくても
想像してみることならできる。




だから私は今日も「推し量る」。



あ、また仕事でストレスたまってんだなぁー…

…パパの朝の顔のむくみっぷりがすごい。