今回は4巡目の李です。入団発表の日か次の日に登録名を変えると言ってます。
皆さん知ってました!?まずはその記事を・・・
 高校生ドラフト4巡目指名のソフトバンク李秉諺(リ・ビンエン)内野手(18=共生)が、父の思いを背負ってプロの世界に飛び込む。父・杜宏(トゥーフォン)さんは台湾球界で左腕投手として実働8シーズンにわたり活躍。現在も中信ホエールズで2軍コーチを務めるが、この日の入団会見では父の「杜」の字を使った李杜軒(トゥーシェン)へと登録名を変更することを明かした。「父が(杜を使うことを)望んでいたので。将来は4番を打って、3冠王を取りたいですね」とビッグな目標を打ち立てていた。
では紹介記事を・・・
台湾で生まれ育った“サラブレッド”が、両親の思いを胸に日本のプロ球界に飛び込む。李の父・杜宏(トゥーフォン)さんは台湾球界で左腕投手として実働8シーズンに渡り活躍。現在も中信ホエールズで2軍コーチを務める。また、母・葉麗珠(イエ・リーツウー)さんも、台湾のソフトボール代表経験を持つなど、「野球一家」に育った。

 野球漬けの一家に生まれた李が頭角を現すのに、さほど時間はかからなかった。小学校入学と同時に入部した野球部では「毎日、試合に出たい」という理由で内野手を希望。福林国小6年時には全国選抜大会で優勝し、台湾代表としてアジア大会にも参加した。

 このアジア大会出場こそが、李を日本のプロ野球入りへと導いた。試合はホークスの本拠地・福岡ヤフードームで開催。「あまりに広く、グラウンドに入った瞬間、鳥肌が立った。いつかここで本塁打を打つ姿を両親に見せたいと思った」。帰国後、李の思いは日増しに強くなり、いつしかそれは「甲子園に出て日本でプロ野球選手になる」というものに変化していった。

 父・杜宏さんの教育方針の1つに「世界を見せたい。日本でいろんなことを学んでほしい」という思いがあり、李の留学が実現。岡山共生高に一般の留学生として入学した。入学当初はホームシックにかかり、電話で両親に「帰りたい」と弱音をこぼしたこともあった。だが、その思いを踏みとどまらせたのは、アジア大会出場時に描いた夢を実現させるためだった。

 入学と同時に試合に出場し、夏の大会までにすでに10本塁打を記録。1年生大会では1試合3発、しかも左、中、右と打ち分ける離れ業を披露するなど、長距離砲としてすでに頭角を現していた。高校通算で53本塁打を記録。かつてホームシックにかかった男は、3年間でたくましさを身に着けていた。在学中には日本語検定3級も取得。現在は2級取得に向け猛勉強中だ。表情にはまだあどけなさが残る李だが、両親との“約束”を果たす舞台にようやく、たどり着いた。

 ◆李秉諺(リ・ビンエン)1988年4月21日生まれ。台湾台北市出身。福林国小6年時、台湾代表としてアジア杯少年野球大会に出場し、3位の成績を残す。二重国中1年時には台北市代表に選ばれ、全国大会に出場。優秀技能賞に選出される。高校は語学留学のため岡山共生高に進学し、野球部に入部。1年秋の岡山県大会ベスト8が最高成績。3年間の通算成績は打率5割2分5厘、本塁打53本。50メートル走6・3秒、遠投110メートル。174センチ、80キロ。右投げ右打ち。
野球一家の中で育った李ですから、素質はあるんでしょうね。
小学生時代に福岡ドームに来ていなかったら、今の李は無かったかもしれません。
「ここでHRを打ちたい」と思った球団に入団するなんてがあったとしか思えません!!
1年夏までに10本打ち、1試合3発で左・中・右に打ち分ける・・・とんでもないHRバッターとしての素質があるかもしれません!?通算打率も5割越えでHRは53本。決して大振りで三振が多い打者、というイメージを持たせない数字ですね。足もあり、強肩でバッティングを良い!!
ホークスに必要な自前の右の大砲です。間違いなく近い将来に主軸を打ってるでしょうね♪
今年の高校生の中では1番デビューが早いかもしれません!!
目標は三冠王です。ホークスには二人の三冠王がいるのでその後継者として期待したいです!!