レバ刺し禁止されて、残念である。。。

しかし、私の様にこんな事考える日本人はいるだろうか?海外に長く居るからだろうか?非常に疑問を感じる。

日本では、毎年「生牡蠣」、「フグ」で死者がでる。正直な話、亡くなった方には悪いが、死亡した人間は上記の2種類は「レバ刺し」で亡くなった人数よりも多いのではないか?「フグ」を食べる事は一般的に日本以外の国では禁止されている。

上記の「生モノ」は、時期の制限、調理免許証が必要であったりする。レバ刺し愛好家の私は、これはOKなのに何故レバ刺しはいけないのか、非常に疑問である。

レバ刺しの提供にあたって、調理加工に至るまで免許取得制にするなど、提案出来る人間はいないのだろうか?

根本的に腹が立つのは、この禁止の法律に一貫性が無いことである。
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前回撮影した、モデルの仕事のカタログが出来上がった様で、手元へ来ました。

電池を動力とするフォークリフトもまた、馬力は小さいし、維持が面倒であるにもかかわらず、売上げ台数が増加するいっぽうだ。理由はごく簡単。

リフトを操作する人たちが、ディーゼル・エンジンないしガソリン・エンジン付きの機械が発する騒音や震動、それに排気ガスに耐えられなくなったからである。

こうした基本的なさまざまな力がユーザーの目的とするものに影響を与え、新旧製品を置き換える機会が数多く生まれてくる。

この現象を単なる製品ミックスの変化。

たとえば、原動機付きフォークリフトから電池式フォークリフトへの転換。。と見るのではなく、どうしてこうした事態が生じたのか、根本的な原因を理解するように努めなければならない。これはただの機能の向上ではない。

それによって初めて、市場のどのセグメントが変化する可能性があるのか、その変化は今後どのくらい続く可能性があるのか、どんな要因が変化の速度に影響するのかなど、事態のインパクトを全般的に予見することができるのである。

ってな感じで、コンセプトから、前回はカタログ内のモデルとして働かせていただきました。オファーしてくれたのが、長年の友人だった事もありますが、大変為になりました。

企業は、戦略上、新しい市場セグメントで競合他社に立ちまさるよい地位を確保する必要がある。企業は、古い顧客種族よりも新しい顧客種族が喜んでくれる差別化された製品を提供することによって時流に乗り、競合他社をしのぐ成長を遂げ、利益を上げることができるようになるのである。

その一旦にこのカタログがなってくれる事を願っています。

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最近皆によく変だと言われる事。

1 テレビを見ない。テレビが家に無い。

2 メモの書き方が変だ。線の付いてる紙には書かない。真っ白な紙の中心からモノを書き出す。

3 討論(言い合いも含めて)をし始めると、口元がニヤけてくる。

テレビが家には無い。ドイツに来てから7年間全くテレビを見ていない。家にはプロジェクターがあるのだが、映画以外は見ていない。たまに、旅先のホテルや友人宅で見るが、いつも「スゴイなー、グラフィック。」など別の所に目がいってしまう。

私はあまりメモを取らない。と言いますか、メモをとることが出来ない。なぜなら、会合、談話、など、誰かが話して、私達は聞くこと徹する。というような場所にはあまり参加した事がないからだ。現場で働きながら、身体で聞いている。そして、時間があると、その時のひらめきや考えてを、iPhoneに打ち込んで、休みのある時にまとめていく。

しかし、メモもすることがあるのだが、いつも真白い紙に中央から、Webの様に書き込んでいく。これは人間の習性なのか、中央から物事を書き出す場合、左側はアイデアや、想像、右側は理論的な事、具体的なプランなどを書いてしまう。詳しい脳の性質的な事は分からないが、右脳の作業は左側、左脳の作業は右側。意識はした事無いが、面白いものである。

英語、日本語、ドイツ語の混ざった私だけの世界が用紙上に書かれる為、隣の人間は理解不可能だったりする。

勿論、人に発表する場合は、PCでパワーポイントや、フォトショップなどに置き換えるの問題はないのだが。一見人に見られると、ボーダレスなワンダーランドである。笑

最後に討論に関して。人間は争い事を嫌がるものである。心の奥底の意見は、言わずに閉まって置く人間。場の状況を読めずに赤裸々に全て言ってしまう人間。色々いますが、可哀想なのは、言いたいのに口に出せ無い人間。頭で整理出来ずに、ヒッチャカメッチャカになってしまう人間である。

物事を人と会話するには、それなりの「芯」、最終的にモノにしたい状況を考えていないと物別れに終わる事が多い。

これは、私が海外でアメリカで学業を勤しんだ事とヨーロッパで仕事をしている事によって培った事だと思う。

議題は何でもいいのだ、降って来た議題、問題に関する解決のプロセスには、現場で各国の人間と話す事で、非常に為になっていると感じてます。根本的な「芯」の問題だと思います。

大小に関わらずミーティング、もしくはEU首脳会談など、ゴールの見えない討論や、議会の開催はお流れになります。私の近辺の討論の場合は、「イエス」と「ノー」が自分ではっきりすることがほとんどなので、会話中にニヤけてしまうのでしょうね。笑



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