40歳手前で心不全を発症し生死をさまよった1ヵ月の柔道整復師の心不全闘病記②

(自分の体調に違和感があればすぐに病院受診すれば助かる人・病気があるということを伝えたいのと自分への戒めとしての記録)

 

③の続き


一般病棟に移ってからは薬の影響でふらふらするものの体が動くようになり、地下のコンビニまで行く事も許可されました。コンビニに行ってもお茶しか買う事が出来ないですが色んな種類のお茶を飲む事が唯一の癒しで気分転換になりました。


一般病棟に移ってからは医師、看護師、栄養士、理学療法士、心理カウンセラーの座学の講習もあり心不全の知識を深める事が出来て良かったのと自分の現在の治療内容、服用している薬、心臓データなどが理解できるように暇な時間はずっと勉強していました。看護師さんや担当ドクターとも簡単な専門用語で寛会話できる程度になりました。


心臓リハビリもリハビリ室に行きエアロバイクを使用にするようになる。エルゴメーター法検査で運動負荷時の心拍・心電図・血圧を測定してもらったところ、運動の指標を表すメッツという単位が2.5メッツという値が出る。

自分では思い切り自転車をこいだつもりだが、2.5メッツで出来るというのは日常生活で皿洗い・水やり・座位での子供の世話・整理整頓といった運動とはほど遠い内容だと知る。

柔道整復師の仕事もしばらくやめるように指示され精神的にダメージを受けると同時に将来への漠然とした不安が頭をよぎる。


コロナの影響で家族面会は禁止されており看護師さんを通じて着替えや飲み物の差し入れをしておりました。

入院した病院の窓から自宅マンションのベランダがかすかに見え、昼間は子供に赤い傘を振ってもらい夜は懐中電灯を照らしてもらうとかすかに見え、電話以外にコミュニケーションが取れ気分が楽になりました。


入院生活も3週間を向かえ、先生にそろそろ退院でもいいのではと伺う。血液検査の結果次第という返事を頂きようやく退院できるメドがつきホッとする。





40歳手前で心不全を発症し生死をさまよった1ヵ月の柔道整復師の心不全闘病記②

(自分の体調に違和感があればすぐに病院受診すれば助かる人・病気があるということを伝えたいのと自分への戒めとしての記録)


②の続き


長い入院(およそ1ヵ月)生活の始まり。

電気ショック療法以降、不整脈は落ち着ちたものの要観察のためしばらくICUにいる事を告げられる。

丸2日何も食べていなかったのでさすがにお腹が減り、食事を用意してもらう。ゼリーが毎食2個出て体が動かないので看護師さんに食べさせてもらう。カロリー食なのかサラッとタイプゼリーでなく味の濃いゼリーであんまり美味しくない。4~5日はそんな食事が続き水とお茶だけは量さえ計れば自由に飲めました。


トイレ(もちろん大も)も歯磨きも体位変換も看護師さんに手伝って頂き申し訳ないやら情けないやら恥ずかしいやらの感情になる。

薬がよく効いたらしく尿がたくさん排出され体の中の余分な肺や胸にたまった水が7リットル出たそう。

自覚症状も何もないので良くなったかどうかもよくわからないが自分の体におおよそ7キロ(7リットル)の余分な水がたまっていた事にゾッとした。


ICUではほんとは携帯使用禁止らしいが、看護師さんによっては内緒で使用させてもらいました。

家族・職場のスタッフとも連絡が出来て助かりました。ICUだけ有線放送が使用できるのでチャンネルを変えて

音楽を聴いて時間をつぶす日々が続きました。


その間も心臓が検査に耐えれるようになり心臓MRI、心臓カテーテル検査、心臓エコーなど・・・

毎日検査の日々が続きました。


ICU生活一週間過ぎた頃から理学療法士さんによる心臓リハビリがスタート。たったの一週間で筋力がかなり落ちていたのと薬の影響で寝た姿勢から座るのがやっとの状態。

寝たきりで腰が痛い事を伝えると腰のストレッチとマッサージをして頂く。

(整骨院の院長が理学療法士の先生の整体を受けるという違和感を感じながら・・・

有線放送が使えるので、リハビリの時はロッキーのテーマをかけてもらいました (^_^)v

ICUでかけた人は初めてだそう。


2週間目以降は

少しずつ体が動くようになり病棟を歩くリハビリ、自分でシャワーを浴びたり、3食ご飯を食べれるになる。

一般病棟にうつると検査の数も少なくなり時間を持て余す日々が続く。




 

40歳手前で心不全を発症し生死をさまよった1ヵ月の柔道整復師の心不全闘病記②

(自分の体調に違和感があればすぐに病院受診すれば助かる人・病気があるということを伝えたいのと自分への戒めとしての記録)


①からの続き


意識が戻り目が覚めるとICUに運ばれており鼻から酸素吸入、胸に電気ショックのパッド・心電図モニター、体中に管がつながれて、尿道カテーテル・オムツもいつの間にか装着されている状態でした。管のせいで体が思うように動かなかかったですが、死んでなかったということがわかりました。


医師から説明を受け、不整脈から心房細動を起こし頻脈・急激な血圧低下によるショック症状から心不全の状態でということを知らされる。後に医師から聞かされるが生死は半分半分くらいだったらしい。


ICUに入った次の日に急に看護師数名が私のベッドにダッシュで駆け込んでくる。どうやら不整脈が発生したいみたいで医師に聞くと心室細動という致死的な不整脈が発生したということ。


(一度心室細動が起こると、心臓のポンプ機能は停止して血液の流れが止まり、3~5秒でめまいが起こり、5~15秒で意識を失い、3~5分続くと脳死の状態になるといわれています。

そしてこの不整脈の発作は突発的に起こるため突然死を引き起こします。心室細動がいったん起こると自然に回復することはほとんどなく、電気ショックを与える必要があります。)


幸い、私の心室細動は4秒ほどで収まりましたが翌日にまた発生し体の状態は悪化していきました。

またショック症状に似た冷や汗が止まらなくなり胸の苦しさが続き電気ショック療法を受ける事になりました。

本来なら血栓がないか検査してから行うものですが心臓が検査に耐える事ができないので検査なしで受けました。

この時にガンツ(スワンガンツカテーテル)という肺動脈にカテーテルを留置し心臓の圧力や心拍量・駆出力・肺動脈圧などを測定できるものも右首に入れました。これがめちゃくちゃ痛い。後も首を動かすとずっと痛い思いをしました。


電気ショック療法は成功し不整脈もでなくなりました。ここからが長い入院生活の始まりです。