新潟には、民放の県域ラジオ局が3つあります。
新潟発の民放ラジオ局として放送を開始したAMラジオ・ワイドFMの新潟放送(BSNラジオ)、
FMラジオの既存局として1983年から放送を続けているエフエムラジオ新潟(FM-NIIGATA)、
そして弥彦79.0MHzの新潟県民エフエム放送・FM PORTです。
僕の親も昔からラジオをよく聴く家庭だったことはありますが、
自分から進んでラジオを聞くようになったのは学生時代からでした。
色んな理由で子供の頃から一人になる時間がちょこちょこあり、
ひとりの空間になるといつもラジオを付けていました。
ラジオのダイヤルをいじって民放やNHKなど多くのラジオ局を聴いた中で、
自分にとって最も生活リズムに合っていたのがFM PORTでした。
あくまで当時の僕の個人的な捉え方ではありますが、
3局の中でFM PORTは一番新潟の自然な空気感を
ラジオの電波で表現できていたラジオ局だったと思います。
ただその場のヒット曲や季節の曲を流すだけではなく、
その時々の新潟のシチュエーションに合わせた選曲。
新潟での生活を楽しくしてくれるローカルならではの様々な情報。
リスナーから寄せられたメッセージに対して
ひとつひとつ同じ目線で丁寧に接していくナビゲーターの皆さん。
東京からの番組や既存局のローカル番組しか触れてこなかった自分からしたら、
当時は子供ながらではありますが、とても身近な存在に感じました。
そして何よりも、自分の気分が落ち込んでいるときに
ふと優しい言葉をかけてくれることの多いラジオ局がFM PORTでした。
辛いことがあってもPORTの番組を聴けば励まして元気にしてくれる。
毎日のようにPORTの番組を聴いていたことで、
僕の中でFM PORTは日常生活の一部になっていきました。
聴取率調査で特定年代の1位を取ったり、今まで聴かなかったスポンサーの名前を聞いたり。
そんな話を聞くといつも、まるで自分のことのように喜んでいたのを思い出します。
それほど、自分の存在の中ではかなりのウエートを占めていたんだな、と今になると思います。
ただ・・・放送を聴いていると、あれ?と思うようなことがなかったわけではありません。
県内他局と比べてあまりにもCMが少ない、流れるCMも公共広告機構(ACジャパン)が多い、
今はそうでもないけど一時期土日に流れているスポンサーのCMは数えるほどだった、
改編する度に生放送番組の枠が減って謎な再放送番組が増えていく、
(細かいことですが)新番組ができるのにちゃんとした番組ジングルはあまり作らない・・・
素人目ながらこの局の経営は大丈夫なんだろうかと(この間にいろんなウワサも入ってきましたし)
思うことがなかったと言うことは言えません・・・というか普通に心配していました。
それでも放送局自体がなくなるなんて事はないだろうと、
どこかで線引きをしていたような気がします。
そんな中、突然飛び込んできた「停波・閉局」のニュース。
『令和6月30日をもって停波し以後の放送の継続を断念』
放送を聴いていると普段からいくつもの不安要素がある分、
どこかで覚悟してたつもりでいましたが、
いざニュースに触れるとただショックでした。
数日間はなにをやっても気分が落ち込んでいましたね。
寂しい。ただ、寂しい。そして悔しい。
それでも番組のナビゲーターの皆さんは、PORT閉局を惜しみつつも
閉局を受け入れて前を向いていこうとメッセージを伝え続けていました。
本人たちは絶対に悔しいと思っているはずなのに。
それを聴いているうちに、リスナーとしてもこの現実を素直に受け入れて
また新たなステップに進むべきなのではないかと思うようになりました。
残念ながらあと1日で、僕の支えでもあった79.0MHzはただの砂嵐に戻ってしまいますが、
僕の心の中にはずっとFM PORTの存在を消すことなく残しておきたいと思います。
番組を届けてくれた新潟県民エフエム放送さん、
実際に番組を制作していたメディアフォーラムジャパンさんをはじめとする制作会社の皆さん、
そして大事な番組ナビゲーターの皆さんに番組スタッフの皆さん。
とてもじゃないですが、感謝しきれません。
いままでありがとう、FM PORT。そしてお疲れ様、FM PORT。