先日通っている産院のマタニティビクスのクラスに参加してきました。

こういう機会がないとなかなか自主的に身体を動かさない性格なので病院でこういうクラスを開いてくれるのは大変ありがたいです。しかも保険料として月に500円払うだけで参加できます。

1時間程度のマタニティビクスの後、マットを敷いてストレッチを行い最後は妊婦さん用のお茶を用意してくれました。
動きはそんなに激しくないのですが、思ったよりハードに感じました。身体が重くなっているからかな。

そして、参加者の中に見覚えのある方がいて、思い切って声をかけたらビンゴ!中学校の同級生でした。お互い「もしかして○○さん・・?」と思っていたようです。声をかけて良かった!
なんと15年ぶりの再会です。でもやっぱり面影は残っているものですね。

それから、隣合わせた方と連絡先を交換したりして、里帰り後初めてのママ友ができました。妊娠週数も同じくらいで、何となく心強いです。

この日は病院の行き帰り(片道50分)も歩いたのでかなりの運動量になりました。家族にもびっくりされますが、慣れると意外と平気なものです。ただ、お腹が張る場合はやめた方が良いのでその辺りは気をつけています。

さて、話は変わりますが、先ほどテレビで新生児医療の特集をやっていて、29週で早産になった赤ちゃんが写っていました。もちろん早産なので保育器の中でしばらく成長するまで見守っていないといけないのですが、1100グラムぐらいの赤ちゃん、身体はまだ小さいですが立派に人間の赤ちゃんの姿なんです。今自分の中にいる赤ちゃんもちょうどその位の大きさだと思ったらなんだかすごくびっくりしてしまって、ほんとにもうすぐで会えるんだなあと感慨深い気持ちになりました。

またまた別の話ですが、
この間父に、「お腹に子どもがいることで、子どもと一体感を感じて一人でも寂しくないと思うか?」
と聞かれました。確かに男性には体験できない感覚ですものね。
正直に言うと、一体感というのはあまり感じません。それより、別の意思をもった人間が中に入っている、その人間にすべて見通されているような気分になることがあります。
生まれてくる子どもは小さくて大人の保護が必要なふにゃふにゃな状態なので、「親」として頑張って世話をしなければという自覚が出てくるのでしょうが、今は自分よりも大きな存在として感じます。
なので、「一体感」というのとは違う、何とも言葉で言い表せない感覚なのです。
聞かれた時はここまで詳しく答えませんでしたが、よくよく考えたらこういう感じかなあと記してみました。寂しくないかというと、今実家で家族といるから寂しくないだけで、お腹の子どもと二人きりだったらやっぱり寂しいでしょう。

以前友人と「胎内記憶」とか、子どもが空から親を見て、選んできてくれるといった話で盛り上がったことがあるのですが、そのことから見ても、保護するべき小さい子どもの姿というのは実は、「仮の姿」なのではないか、では、実の姿は何だろう?自分を試す神様のようなもの?という気がしてきました。
何だか話がスピリチュアルな方向へ行ってしまいましたが、本当にそういう風に感じます。
生まれたらその感覚はなくなってしまうのか?その辺りも楽しみにしておこうと思います。