現代医療
一般の病院一択な世の中なのが、そもそもの疑問だ
身体の不調を感じてなくても、感じていても
検査でガンが見つかれば
当たり前に治療と称した身体を痛めつける行為に甘んじる
科学の発展に意義を唱えるつもりはないが
経営と化した現代医学の在り方に
自分の身体や人生を任せられるのか?
たまたま出会った、沢山勉強した、1人の人に自分の人生や身体を委ねて良いのか?
検査する人も診断する人もそれぞれの道のエキスパートかもしれないが
そうでないかも知れない
どんな仕事も出来る部類の人とそうでない人はいる
素晴らしい人もいればそうでない人もいる
それを知る余地がないままに(むしろそうでない人だった)
ベルトコンベアーに乗せられて進むことに
違和感しかなく
私は、世界から100%反対される選択をした
現在地を知る必要があるのでは?と言われる
それを知る為に身体に負荷をかけるのが嫌
それを知る為にリスクがあるのが嫌
ガンになるのには身体の知恵があると私は思う
生きる為に必要だから身体がしたと思う
死期が早まる行為かもしれないし、そうでないかも知れない
誰にも分からない
1人の人間でコピーを作り
一方で現代医学医療採用の生き方と
一方で現代医学医療採用しない生き方と
その後を比べてみることは不可能だから
どんな選択でも自分次第なのでは?
だって病気作ったの無意識とはいえ、自分でしょう?
私は、両親が病院通いで弱る姿を見てきた
父なんて、、毎日一万歩歩ける元気があったのに
腎臓癌が見つかり落ち込み、手術し、歩くことさえままならなくなり呆けもひどくなった
そして、余命宣告より早く亡くなった