あの子の母親は、
ばあちゃんの亡き後、この家で家政婦としていたらしい。
らしいというのは、その本人がこの場におらず、
じいちゃんの容体が悪くなったところで叔父さんに連絡をよこし、置き手紙を残して消えたからだ。
小さな子供が一人でいる姿にオレは居た堪れなくなり、庭へと出た。
「こんにちは」
オレは女の子のとなりに、視線の高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。
オレの声に女の子はこちらをちらりと見て、ふいっと視線を逸らした。
「ボクね、潤っていうの。松本潤」
「・・・、のがみ りん」
「りんちゃんっていうんだ。よろしくね」
ちょっとだけ視線を合わせて、また地面を見つめる。
「まだ、さかないの」
「えっ?」
「チューリップ、うえたの。
まだ、さかないの」
「チューリップかぁ。
まだ咲かないんだ」
「うん。
じいちゃんとうえたの」
「そうなんだ」
暦の上では確かに春だけど、東北のこちらはかなり寒い。
桜も4月の終わり近くに咲くから、チューリップが咲くのもまだ先の話だろう。
庭をぐるっと見渡すと、梅の木が咲いている。
この梅の木は、従姉妹の妙子ねえちゃんが生まれた時に植えたと聞いている。
もう、かなりの年数が経っている木だ。
その向こう側に二本、従兄弟の淳宏の木と博也の木があって、梅の木隣に桃の木がある。
この桃の木がねえちゃんの木。
その隣の木がオレの木。
前にはなかったまだ若々しい木が、オレの木の隣に植えられていた。