もうすぐ、事故から丸1年(昨年1月21日)

           生かされた訳が必ず有るはず・・

 

 

                    昨年1月21日お昼過ぎ・・

  重機が俺の左足から右足も轢いて行った。同僚が気付き重機運転手に向かって叫んだ!

  【止まれぇ~!・バック、バックっしろぉ~!】・・・運転手からは見えない位置だった。

  声を聞いた重機運転手はバックしたが、結局俺の足は重機の鉄輪に二度轢かれた事になる。

 

  轢かれている時は、激痛だったが、痛さを通り越して熱湯を注がれているような感覚に変わった。

  両足が・・・熱い、熱い!

  長靴の中に温かい血が流れて行くのが感覚で判った。

  群馬県上野村の救急隊がそれほど待たずに到着し、受け入れ病院を探しながら搬送・・・

  溢れ出る血を懸命に止血しながら走行していたが止血用三角巾が底をついたので途中の町の

  救急隊に要請し、止血用三角巾を途中で受け取り即発車!

 

  丁度その頃、血圧低下・・・出血性ショックにより意識レベル低下(でも全て覚えている)

  上野村救急隊が懸命に対処する。・・・・生かされている。

  途中の病院は重症の為受け入れ拒否・・・ようやく群馬県高崎市の高崎総合医療センターが

  受け入れを受諾してくれた。・・・現場から2時間の道のりだった。命を繋いでくれた上野村

  救急隊に感謝致します。

 

  病院到着!

  麻酔をすることなく輸血・CT・レントゲン・・・ここでまた2時間・・・まだ生きている!

  やっと、17:30全身麻酔かけられ手術が始まる。事故から4時間後だ!(左足切断)

  気が付いたらベッド上だった。【おお、俺生きている!】・・そう思った。

 

  2月1日・・夜間に血圧低下・・多量の発汗と吐き気が襲う・・最高血圧50

  緊急に輸血・・・・ここでも生き残った。

  2月6日・・右足の壊死が進みこの日切断(この日まで右足は頑張ってくれた)


何度も俺は生き延びた・・だから、生かされているんだ。・・・だから懸命に生きてやる!