仙台発 40歳からのスタイルをつれづれなるままに考えてみる。
自分勝手はご容赦を・・・。
自分勝手はご容赦を・・・。
決して引き下がらない -悔しさの倍返しスタート-
先日通知が届いた・・・。
賞味準備期間二週間で挑んだ結果だ。
ここ何年も、仕事の「忙しさ」にかまけて、こんな屈辱を受け入れている40男に
成り下がってしまった。
お前はここまでか・・・?
聞いてくれる人のいなくなった自分。
余分な脂肪が付き、顔が一回り大きくなった自分。
「大人」という隠れ蓑を着て、『世の中は勝ち負けだけじゃない』なんて
言い出して、負けることに痛みを感じなくなった自分・・・。
違う!
もう負けるのは沢山だ・・・。
そうココロが叫んでいる。
勝ち誇った自分をイメージするんだ。
カッコイイ自分をイメージするんだ。
ぞくぞくするだろ・・・。
だから、勝つんだ。
勝つために動くんだ。
勝つために生きるんだ。
迷うな。
喜びを感じる世界は、おだやかな風の吹くところか?
喜びを感じる世界は、争いの無い、仙人たちの棲む世界か?
違う!
乗り越えたい。
ねじ伏せたい。
よくやったと自分を褒め称えたい。
思い出せ。
前頭葉が動き出す、あの「ザワザワする瞬間」を。
人と馴れ合うことがシアワセじゃない。
評価の対象から外れてしまうほど、高いところを走れ。
勝ち誇る自分。
負けない自分。
恍惚とする瞬間を思い出せ。
イイヒトである事に意味なんて無かった。
行け!
もどかしい・・・、ベガルタの現在・・・。
三度目のダービーも引き分け。
前節、あれだけ暴れた「実質サポ」も大人しく、牙を抜かれた状態だった。
地元のTVで財前までもが「ブーイングはちょっと・・・」という体たらくで、
このままのヌルイ状態で終盤を迎えるにはヤバイ状態だと感じている。
何がやりたいんだ?
どうなりたいんだ?
プロである限り、自分たちの「想い」は僕らの「想い」とシンクロすべき
はずだと考えている。
大柴がどう考えていて、どうしたいのか、
それはピッチで僕らが感じられること・・・それが「全て」だ。
クリヤさんがどう動くか、それは彼の考え。
キクチくんがどう動くか、それも彼の考え。
それでいいのか?
今、ピッチで駆けずり回る選手の姿に君は何を感じる?
僕の親指を下に向けさせないだけの「熱」があるか?
考えて欲しい。僕らはどうすべきかを。
その拍手は、前に進む為に「何か」を生み出すのか?
あの覇気の無い整列に、君は感動できたのか?
僕は感じない・・・。
現在の姿に勝ちつづけるベガルタの姿を見つけることができない。
誰も悪くない、きっとみんながんばっていることは確かだ。
それでいいのか?感動できない頑張りだけを評価していいのか?
僕は嫌だ!
感動できない選手たちには「シンクロ」できない。
ベガルタというチームの在り方に賛同できない。
何かが間違っているんだ。
絶対に何かが違っているんだ。
目をつぶるな!感じるんだ!
僕らはどこかで間違っているんだ。
熱い戦いを期待しよう。
言い訳のない、素直に涙を流せる戦いを見たいと叫ぼう。
それが、今僕らにできる、精一杯の行動だから。
2005年9月6日
絶対にあきらめないってばよ!のイチサポより
ベガルタサポのみんなに愛をこめて・・・。
冷ややかな五月の街とフットボール -vol.1-
ゴールデンウィークも開け、今日からは「青葉まつり」だというのに
常禅寺通りには冷たい風が吹き抜けている。
少し早めのランチをとりながら通りを眺めていると、黄色いユニフォームを
着た一団が、地下鉄の駅に降りて行く。
そうか。確か、キックオフは14:00だった。
そう、僕の住んでいる仙台には現在、ベガルタとイーグルスがある。
****************************
僕のスポーツ観戦のルーツはロッテオリオンズ。
宮城球場(今のフルキャスト・スタジアム)と通っていた小学校は
すぐ近くで、友達と外野席で応援したものだった。
でも、僕らの街と球団との蜜月は長く続かなかった。
パリーグ優勝に沸いたその年、日本シリーズは後楽園球場で行われた。
リーグ規約で、キャパシティの小さい(そしてオンボロな)宮城球場では
日本シリーズを行うことができなかったのだ。
そんなことは僕らに関係なかった。呪怨にも似た静かな怒りが、僕らや
僕らを取り巻く大人たちの口から漏れていた・・・。
****
そこから20年。僕らの町は「ブランメル」というサッカーチームを持つことが
出来る権利を持ったが、ほとんどが冷ややかだった。
僕を含めて、30~50代の世代は「トラウマ」から抜けていなかったし、オリ
ジナルに対して自信をもてない地方都市の負け犬根性の裏返しが、「どうせ
すぐに潰れるよ」「サッカーなんてメジャーにはなれないよ」「仙台スタジアム?
また税金を無駄遣いしやがって・・・」というネガティブな意見ほど「正しいもの」に
聞こえていた。
-----vol.2に続く----
常禅寺通りには冷たい風が吹き抜けている。
少し早めのランチをとりながら通りを眺めていると、黄色いユニフォームを
着た一団が、地下鉄の駅に降りて行く。
そうか。確か、キックオフは14:00だった。
そう、僕の住んでいる仙台には現在、ベガルタとイーグルスがある。
****************************
僕のスポーツ観戦のルーツはロッテオリオンズ。
宮城球場(今のフルキャスト・スタジアム)と通っていた小学校は
すぐ近くで、友達と外野席で応援したものだった。
でも、僕らの街と球団との蜜月は長く続かなかった。
パリーグ優勝に沸いたその年、日本シリーズは後楽園球場で行われた。
リーグ規約で、キャパシティの小さい(そしてオンボロな)宮城球場では
日本シリーズを行うことができなかったのだ。
そんなことは僕らに関係なかった。呪怨にも似た静かな怒りが、僕らや
僕らを取り巻く大人たちの口から漏れていた・・・。
****
そこから20年。僕らの町は「ブランメル」というサッカーチームを持つことが
出来る権利を持ったが、ほとんどが冷ややかだった。
僕を含めて、30~50代の世代は「トラウマ」から抜けていなかったし、オリ
ジナルに対して自信をもてない地方都市の負け犬根性の裏返しが、「どうせ
すぐに潰れるよ」「サッカーなんてメジャーにはなれないよ」「仙台スタジアム?
また税金を無駄遣いしやがって・・・」というネガティブな意見ほど「正しいもの」に
聞こえていた。
-----vol.2に続く----
