おっさん世代が考えること。 -5ページ目

おっさん世代が考えること。

半世紀も生きてくると、世の中がわかった気になって、思い通りにならないと機嫌が悪くなる。いわゆるわがまま。だけど、結構、筋が通っていると思うことが多い、今日この頃を綴るブログ。

大体年初に計画しても、三日坊主になることが多い。

もう68歳なので、残りの人生も短いと思われるので、毎日ブログを書くことにする。

ま、一行ブログになるかもしれないが、とりあえず、一日一ブログ。

 

知り合いで文筆家になろうとしていた人は、3000文字/日を」義務としていたことを思い出す。

彼は、どうしているだろうか、、、

シリアの独裁政権であるアサド大統領がロシアに逃走したというニュースが伝わってきた。

シリアといえば、アラブの春(2011年ごろ)から、延々と14年余り続いた内戦だ。

本当に内戦といってよいのか微妙であるが、なんといっても地政学的に、極めて重要な地点を占めている国なだけに、今後の動向が注目される。

14年の悲惨な時間を乗り越えて、宗派争いに明け暮れるのではなく、多様性を重んじる国を建設していってほしい。

 いや、久しぶりのブログです。

 

 米前大統領ロナルド・トランプの登場が典型的であったが、フランスやドイツの極右政党が民族主義的な非グローバル化を主張して、支持を伸ばしている現象は、今や、トレンドとなっているといっても過言ではない。

 更に、その主張は、ウクライナ支援にも及んできている。他国より自国。他人事には知らぬふりという、ま、普通の心理であると言っても不自然ではない。

 

 それ以上に、グローバル化とは、なんであったのか?効率とかコストとかを最大化するということが、その目的にあったのであるが、結果として何が起こったか?それは、

 後進国から先進国への富の移転

だった。この結果として、移転(ま、搾取ともいうが)された富の多くを手にする先進国の超富裕層、ある程度の分け前をもらって、生活向上をしてきた、先進国の中間層より下の層。このような資本主義体制の国々の構造が、社会を維持してきた。驚くべきことに、社会主義国であるロシアや中国も、このグローバル経済の構造を利用して、自国の富を膨らませるということを行っている。つまり、グローバル化は、世界的な規模で、貧富の差を拡大するシステムとして、しかし、効率的に富を生み出すシステムとして稼働してきたわけだ。

 さて、これが、昨今の民族主義的な流れで再構築するとどのようになるのだろうか?富の配分の構造は変わらないので、自国または近隣国で生産される富の多くは、超富裕層にわたることになる。一方、これまで、幾分かの分け前をせしめていた中間層は、その上前をはねられることになり、国内での格差がさらに拡大することになる。あるいは、拡大のペースが加速される。

 これまでもそうであったように、格差の拡大は、社会の安定を崩壊させる(不満が拡大するから)。こうすると、社会を安定させようと分け前を増やそうとする。グローバル化の道が閉ざされた結果、権力層は社会の安定のために何を行うだろう。

 プーチンを見ればわかるだろう。社会的行動としては先祖返りに近い他国の侵略だ。自国の利益のために他国を侵略する。自国の利を追求する最終終着点は、侵略戦争に他ならない。いかに複雑な体裁を持っていても、その原理は、単純だ。

 

 今、人類が危機を脱する方法は一つだけだろう。富の再分配の均等化だ。適正量を生産し、適正に分配する。こうすることによって、資源を適正に利用し、気候変動も制御しうる体制ができるものと信じる。

 

 Diversity and Inclusion は、そのような社会を実現する、最も基本的な理念であると思う。