すっかり自分がブログやってたことも忘れておりました。思い出しました。そして、一回蘇ってみました。

現在では色々なSNSツールがあり、その時代時代でいろんなものを食いちらかしてきたような気もせんでもない。もちろんインターネットなんてない時代に生まれ、今日まで生きてきた自分としては、ホームページをドリームウィーバーなどのアプリで作成し、プロバイダにアップしてゆく、そういう行為がなんか単純にこれ全世界の人が見ることが可能なんだなあ、なんかすげえ。と思ってたネット黎明期から何かしらやってきて、ノストラダムスの大予言なるものは大嘘であって、20世紀が終わり、堀江さんとかひろゆきみたいな人が出てきてからの、ブログの登場だったと記憶してる。ブログの売りはめんどくさいHTML言語など使わずに、日記感覚で、サイトにアップできるようになった事だったと思う。その後、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ユーチューブのようにもっとインタラクティブなSNSができ、今更ブログって文字だけのコンテンツ意味ある?とか思ったりもするのですが、まだミクシーのようにオワコンにはなっていない。文字数制限があるツイッター、画像のインパクトメインのインスタ、動画コンテンツのユーチューブ、こんなものがスマホのみで扱えるこの現代のSNS社会を冷静に考えて、すご!とも思うし怖!とも思ったりもする。芸能人ですらツイッターをやっていない人の方が少なく、一般人でさえもフォロワー数やいいねの数を気にし、やもすれば承認欲求というものに取り憑かれ時間を浪費してるんではないかいな?と思わないでもない。自分的には気ままに気楽にやっていってるつもりだったのですが、ちょっとそのヤバみに入っていってしまってるのではなかろうかと思ったのです。去年の年末に体調を崩し、全くパソコンにさわれなかった期間があって、その時にショールームの連続配信が止まってしまったり、なんか変な喪失感があったのですが、それってなんなんでしょうか?

唐突に言いますが日本は法治国家です。なんか太古の昔からそうであったかのような気がしますが、法というのは時代と共に変わっていくものです。法に背くと裁かれます。例えば法という概念がなかった縄文時代ですら、禁忌、とか掟のようなものは存在し背けば葬られてきたはずです。一方で人間の酷い、法も秩序もクソもない独裁国家というものも多々歴史上ありましたし、今でも戦争もあり、軍事政権もあります。私は今朝、早朝にテレビで、冷戦時代の東欧諸国やソ連、ポルポトが支配していたカンボジア、などの映像を見て、なんか人間ってなんなん?と虚しくなったわけで、現在でも世界中に難民と言われる人たちが大勢いて、なんか色々考えさせられたんですよね。そして、お昼に寄ったレストランで、スマホで料理を撮ってる人がいて、ああインスタにでも載せるのかな?とか思いながらも、なんなん?この感じ?とか思ったわけですよ。意味あるんかなあ?とか思ったわけですよ。そんなことするより、店の調味料舐め舐めした動画とったほうがバズるよ!とか皮肉にも思ったわけです。でもなんというかもう、そういう世の中なのはわかっているんですがね。自分もそうですよ。でも私のように本当に足の小指の先だけですが芸事に携わっており、本名でSNSやってると、匿名で好き勝手言うてる人たちはただひたすら怖いです。そういう人に誹謗中種されたこともあります。傷つけられ、命を落とした人は多数いるでしょう。匿名で人をディスるのは本当に卑怯だと思うのですわ。裏垢?裏サイト?裏ってなんなんだ?かつて2ちゃんねる。という巨大掲示板を作った人がユーチューブやアベマなどで好き勝手色々言うてはりますが、ああいう、便所の落書きみたいな、おっそろしいもん作っておいて、今じゃインフルエンサー気取りでいい気なもんだなあくらいにしか思えないのよね。ネトフリで、ディーリーというドラマを配信しています。作品としてはとっても面白くまた考えさせられる良作です。簡単に内容を言いますと自分が’死んだ時、パソコン上の他人には見られたくないデータを削除、デリートしてくれるお仕事のお話。例えば、24時間、とか48股間とか、パソコンが更新されなかった場合、その消去屋に通知がいく、それで死亡確認をとって確認が取れれば依頼されたデータ消去する。というお話。ああ、現代ならこういう仕事も存在するかなあ。とかなんとなく見ててふと考えさせらた。「え?待って。自分がこのサービスを利用するなら、何時間更新がなかったら、消去屋に連絡が行くように設定するだろう?」とか考えてしまったわけですわ。24時間て!でも、考えてみると、あ、毎日パソコン起動してるわ!とか思ったりもして。ま、ドラマだけに通知が来た時、依頼人が死んでるわけですが、実際、そんなサービスあると、死んでないわ!旅行に行ってただけとか、たまたまじゃい。とかあると思う。せめて1週間とかならわかるけどね。48時間とかのケースがそのドラマでは多かったんでね。自分の辛い記憶を書くのはしんどいのですが、自分は隣人が孤独死してる現場に立ち会ったことがある。あれ?ずっと車が止まってるな?変だなあ。とか思ってたんだけど、だからといって、玄関のドアを叩いて、大丈夫ですか〜!とかいうのもおかしいなと思っていたら亡くなっていたということがあった。悲しすぎた。データとかうんぬんよりさ、そういう人が多分たくさんいる現実が’問題じゃないかなあ?

今の現状を鑑みるとですよ、おそらく今年の夏あたりぐらい、電気代がシャレにならんほど高騰することは目に見えてる。問題が山済みやん。憂べきこと満載やん。そういうもんを減らすべくSNSを活用できんもんかね。とか最近いろいろ考えてしまうんですよね。

私、今はツイッターメインでSNSは使ってるかなあ。という感じなんですけど、最近あんまり投稿してないなあ。と思って。これ、俺まじで一人暮らしと仮定して、死んだとして、何日後に気づいてもらえるのだろうかと考えると、あ、ヤバヤバ、実社会での立ち位置をなんとかしとかないとなあとか切に感じたのでございました。病み気なのかなあ?

ちょっぴり引きこもりがちだけどアタシは元気です!多分。