先日も、ある患者さんが亡くなった。

その方は致死性の不整脈で、これまでも何度も心臓が止まったことがあった。

医療ドラマでよくある、VF、VTというやつだ。

そして、

その不整脈のせいで血栓ができて、それが脳に飛んだ。

脳梗塞となり、意識の回復が非常に困難な状態に。

人工呼吸器で、何とか呼吸を保っている状態となった。




体の中の臓器は互いに影響を及ぼし合っている。

心臓と肺。

心臓と腎臓。

肝臓と腎臓。

などなど。

どこか体の臓器が悪くなると、それを補おうとする代償機構が働き、他の臓器が頑張る。

そして次第に悪化していく。

その患者さんも全身の状態が徐々に悪くなっていった。

集中治療にも限界がある。

尿が出なくなったため、人工の尿として体のゴミを体外に出す必要があった。

持続透析CHDFという方法が使われた。

一方で、体に足りなくなった成分は、点滴や輸血で補っていた。

だが、すぐに足りなくなる。

足りなくなったら補給…。

その繰り返し。



だが、体はどんどん悪くなる。

体の色も。皮膚の色も。

目に見えて悪くなっていく。




今後の治療に関して、家族、主治医も含めた医療スタッフで話し合いを持った。

結果、次回透析の回路が詰まったら、交換しない方針となった。

それは人工透析の機械が止まることを意味する。

尿が出ず、人工の尿で体のゴミも取り除けない状態では、長くは生きられない。

ご家族もそれをわかった上で決断する。

どれほどの辛さか想像もできない。






その決断後、1日経って、透析の回路が閉塞した。

ちょうど私が集中治療室の夜勤の責任者をしているときだった。

ご家族に、主治医から連絡が入る。

回路が詰まった後は、体にどんどん不要な物質がたまる。

体が健康なら、排泄されるべき物質。

体に毒性のある物質だ。


それがどんどんたまると、次第に心臓など、体の臓器を蝕む。

何とか保てている体の機能が、さらに保てなくなってくる。

主治医から、電話でどのように説明されたか、全て語句を把握できなかったが、医療者にはおおよその内容はわかっている。

こう言った状況で説明されるべきことも。


もう長くない。

もって1日…くらいだろう。

今晩がお看取りになる可能性が高い。

患者さんは70代の男性。

妻と娘と息子がいた。

そして、それぞれに家族も。

コロナのため、病院内でのご家族の面会は最小限しかできないが、妻と娘は、日中に防護具をつけて面会ができていた。

毎日、今日の面会が最期になるかもしれないと覚悟していたのかもしれない。

主治医からの説明があっても、取り乱す様子はなかったようだ。



そして、いよいよ、心臓の動きが弱まり、心拍数が少なくなってきた。

ご家族に連絡する。

娘さんからの返答。

病院から電車で1時間以上離れている場所に住んでおり、もう終電も近く、妻は高齢でもあることから、今すぐに駆けつけることはせず、タブレットで面会したいということだった。



そして、できるのなら、海外に住んでいる息子夫婦と孫にもタブレット越しでいいから、面会をさせてあげたいとのことだった。

コロナのため、海外から日本に来ても、隔離期間があるため、すぐに日本に入国し、面会のために駆けつけることはできない。

患者さんの状態が悪くなってから、息子夫婦は一度も顔を見れていなかった。

タブレット面会でもいい。

夫の、父親の顔を少しだけでもいいから見せてほしい。

奥さんと娘さん、息子さんの最後の望みだった。

これが最期の面会になるだろう。


私は了承して、タブレット面会の準備をした。










だがここで、問題が発生した。

ご家族側の面会用貸出タブレットが故障して使えない。

再起動しても、説明書のトラブル対処法を試してもだめ。

繋がらなかった。

どうしたらいい?

私は、何とか解決法を探った。

メーカーのホームページを見ても、解決策は書いてなかった。

カスタマーセンターにも問い合わせたが、時間も時間だ。当然閉まっている。

ご家族に状況を説明したり、ご家族の状況を確認するために、何度も連絡をした。



その間も、集中治療室の他の患者さんをみなくてはいけない。

スタッフから相談もされるし、私自身が判断をして指示を出すことも多い。

他の業務も手を抜くことはできない。

状態が悪い患者さんばかりがいる場所。




だが、

それでも、家族が亡くなる瞬間に、顔を見ることができなかった、死に目に会えなかった、ような状況になることだけは避けたかった。

もしこれが自分の家族だったら、どうだろう。

遠く離れた場所で、家族が1人ひっそりと息を引き取る。

誰かに見守られることもない。

家族がそばにおらず、誰にも声をかけられない。

そんなのは悲しすぎる。


何とかしたい。

何とかできないものか。

もう一度、解決法はないか考えた。

だが、何も思いつかない。

他のスタッフにも、病院管理者にも相談したが、解決法が見当たらない。

誰もがもう無理なのではないかと思った。

仕方がない。

諦めるしかない。

できることはもうない。

ご家族には、きちんと事情を説明しよう。



私自身もそう思い始めていた。





そのとき、

私はふと思いついた。

息子さん夫婦が、あるメーカーのスマホを持っており、病院にも同じメーカーのタブレットがあることを。

同じメーカー同士なら、海外からも一回だけなら通話料がかからず、無料でつなぐことができる。

奥さんと娘さんは、そのメーカーのスマホやタブレットを持っていなかったため、病院と直接映像をつなぐことはできなかったが、ご家族が持っている複数のスマホを、LINEの映像でつなぎ合わせた。

LINEならば料金はかからない。

映像をスマホで撮影し、それを別のスマホに送るといった具合だ。

スマホによる映像のリレー。

病院(日本)→息子さん(海外)→息子さんの妻(海外)→娘さんと奥さん(日本)



これで、全ての家族が、患者さんの様子をライブで見ることができた。

映像がつながったあと、ご家族はそれぞれが、お別れの言葉を言っていた。

患者さんの名前を呼ぶ声が聞こえた。

お父さん。お父さん…。

娘さん、息子さんの声。

お孫さんも映像に写っているようだ。

受け持ちの看護師がタブレットの位置を調整したりとご家族の対応をし、私は遠くてその様子を見ていた。





よかった。

本当によかった。

ただただ、面会が無事にできたという安堵の気持ちでいっぱいだった。



面会が終わって1時間後、患者さんは息を引き取った。

もう夜中の3時であったが、主治医からご家族に連絡を入れた。

ご家族も、眠ることができず、起きていた。

もう日付が変わってしまったが、また昼前に、病院に行きますとのことだった。

私も電話に出て、ご家族の気持ちに寄り添った。

ご家族を失った悲しみのこと。

面会ができて、本当によかったこと。

まずは体を休めていただきたいこと。











結局、患者さんは亡くなってしまった。

全ての患者さんを助けられるわけではない。

医療の限界。

こういうとき、現場にいることはとても辛くなることがある。

だが、今回は、面会ができたことが、何よりの救いだった。


後日、私の元に、集中治療の医師から連絡があった。

先日亡くなった患者さんの娘さんから手紙が届いたと。

そこには、主治医だけでなく、対応してくれた看護スタッフへの感謝も書かれていたそうだ。

特に、何度も電話連絡をしてくれて、話を聞いてくれたこと、そして面会を実現してくれたことに、本当に感謝している、と。

まだ患者さんが亡くなって間もないのに、病院スタッフに対しての手紙。

家族を亡くして、まだ悲しみの淵にいるというのに。



私は胸が熱くなった。

最後まで、諦めないでよかった。

きっと今回のこの面会が、患者さんのご家族にとって、これからの人生で大きな意味を持つのかもしれない。

面会ができていなかったら、ご家族にも後悔が残った可能性もある。

もし、あのとき面会ができていなかったら…と考えると恐怖しかないが、今回は避けることができた。



患者さんの手紙が届いたことに関して、集中治療の医師からも本当によくやってくれてありがとうとお礼を言われた。
患者さんの気持ちを考えた、素晴らしい対応だったと。


………。





その言葉と、自身の現在の状況を照らし合わせて、私は本当に悲しくなった。

患者さんのため。そして、そのご家族のため。

どんなときでも、仕事に真摯に向き合ってきた。

それは、プライベートでも変わらない。

自分の家族なのだから、大切にしないわけがない。

いつも家族のことを思って、向き合ってきた。

妻のこと。子のこと。

いつも、いつも、大切に思ってきた。

それなのに、この状況…。



妻には、モラハラ夫と呼ばれ、最低の夫と言われた。

あなたには、家庭を作る資格はないとも。


離婚調停、慰謝料請求、面会交流の拒否。

自分の子供とももう何ヶ月も会えていない。

毎日絶望しかない。


患者さんのご家族に、職場の医師に、これほどまでに感謝されるのに、どうして自分の家族すら、幸せにできないんだろう。

1番守りたいものであるはずなのに。


どうして自分はこうなのか。

不倫をしたわけでも、妻に暴力をふるったわけでもない。

ただ、ケンカをしてしまっただけ。

お互いに余裕がなくなり、酷い言葉を言い合ってしまった。

妻にとっては、それが1番辛かったのかもしれない。

だが、この状況はあまりに酷だよ。

そう思わずにはいられない。

妻と代理人は、こちらが何度子供との面会交流を希望しても、何かと理由をつけて、拒否を続けている。

腸炎になってしまったから。

ちょっと体調がすぐれないから。

その理由だけで、4ヶ月もかかるだろうか。


ついには、別居前、長女が

パパ怖い、と言っていたとまで言い出した。

だから拒否をすると。

ちょっと待て。

別居前、娘はまだ喃語しか話せなかったのに、どうしてそんなことが言える?


別居前、長女が

パパ怖いからと、近寄らなくなってた、と言い出した。

待て待て。

別居前日に、長女と2人で公園に遊びに行って、楽しく過ごしていた動画もあるんですが?


こんなことばかり主張される。

虚偽の申告、嘘ばかり。

とことん、娘を会わせたくないらしい。



私は毎日、何ヶ月も前に会った娘の動画をみてから眠りにつく。

眠りにつくこともできず、そのまま仕事にいくこともある。

子供と面会ができないことは、本当につらい。




面会交流は権利のはず。

こちらは、きちんと守るべきことは守っている。

真摯に向き合っている。

婚姻費用も、相手方の主張した、通常よりも高い金額で、毎月きちんと支払っている。

日本では、母子家庭で養育費がきちんと支払われているのは約25%程度らしい。

婚姻費用、養育費を払わない人、受け取りを諦めている人も多い。

だが、

どれだけ酷い仕打ちをされようとも、私は婚姻費用、養育費を支払わないなんてことはしない。

妻や子供が生活に困窮してしまう。

それは私自身のモラルに反する。

だからせめて、月1回でいいから娘に合わせてほしい。

どうか、どうか、お願いします。

お願いします!

お願いします!!!









そう願っても、どれだけ懇願しても、相手方からの返答はいつも同じ。

面会はできない。させない。

もう怒りも悲しみも通り越して、考えることもできなくなる。







2週間前の離婚調停でも、相手方からの慰謝料の請求は、150万円だった。

一体何に対する慰謝料なのか。

精神的な苦痛?

お互いにケンカし合っただけなのに。







本当に、私は法律の世界が嫌いだ。

足を引っ張ったり、騙したり、嘘をついたり。

もううんざりだ。

相手方の弁護士の人柄もあるのかもしれないし、妻自身が私のことを、そのように考えているからなのかもしれない。

だがせめて、人として、大切なものまで捨てたような対応だけはしないでもらいたい。

妻に少しでも良心があるのなら、カケラでもいいから、相手の今の気持ちを考えてほしい。

そんなことをされたら、相手がどう思うかを。

私は、今でも後悔している。

妻に言った言葉を。

だから、今の状況も、受け入れるしかない。

家族を支えるために、仕事に行くしかない。

きちんと生活費を、養育費を払い続けるしかない。

例え面会ができなくても。

理不尽な状況をどれだけ恨んでも、全てを投げ出すことはできない。

妻と子、家族のために。

そう思っている。



だから、少しだけでいい。

私の気持ちを考えてくれないだろうか。

そう願わずにはいられない。。。