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整理癖
寮生アリヨシの寮日記整理癖
ふと思ったことを忘れる前に書き記しておこう。
建築に対する情熱が最近弱くなっていた。
これはこの前の記事にも書いたが実感していたことだ。
自分でもなんでかと毎日頭で考え続けていた。
建築家になると強い意志で決めた道だったのに今までにない感覚だった。
建築家、特に設計は骨が折れる仕事だ。
入社してまもなくは帰る時間は毎日12時を過ぎ、休日はなく泥のように図面や模型制作などでこき使われる。
どれだけ頑張ろうが作品に自分の名前はでない。
アトリエなどに就職なんかしてしまえば、初任給は過度の労働に対して月5万とか・・・
アルバイトをしているフリーター以下だ。
身体は痩せ細り、そのうち肉体から精神までやられる。
そうしているうちに建築家になり、独立。
自分の事務所を開き雑誌に載るほどに成長してやると野望を持っていた同士も目標を挫折させ、やりたくない仕事をして生計をたてるようになる。
これはかなりネガティブに書いたが、こんな人たちは現に山ほどいる。
実際建築業界の離職率というのは非常に高いのだから。
一級建築士の資格を取得するのは至難を極めるのにだ。
全く不公平だと思う。
この間、とある建築家の言葉が胸に響いた。
「建築家として世界でやっていこうということは、歌手でいうところの全米デビューのようなものだ」
今まで、根拠もなく世界的な建築家になりたいと考えていた自分がハッとした瞬間でもあった。
建築家とは実際自分にまだ馴染みのない存在で、建築家として有名になるのはどれほど難しいかということを感覚的に把握できていなかったのかもしれない。
そこにして、この言葉は非常に的を得ていた。
三宮にいるストリートミュージシャン。
彼らの姿を見て、この人がいつかメジャーデビューするんだなと思ったことはまずない。
それどころかどこか哀れみの目で見てしまう自分がいる。
現実はそんなに甘くないぜ。
しかしどうだろうか。
気づけば自分もそう大差ないじゃないか。
土俵は違えど、
まわりから「スゲーあいつ。雑誌に載ってるよ」
といわれるほど建築家として成功しようと思ってやっている自分はストリートミュージシャンと何も変わらないじゃないか。
それからしばらく彼らを見ていた目で自分を見るようになった。
急に建築が怖くなった。
といよりも未来がとてつもなく黒く巨大な固まりのように思えた。
身震いして足が固まった。
後ろに下がることも前に踏み出すこともできなかった。
生まれてこのかたビンボーで、両親には苦労させられて育ってきた。
金に困り、悔しい思いも数えられないほどしてきた。
誰より大切な人を失いもした。
人生いつも苦労が喜びのおつりでついてきた。
なんど悔し涙をしたか。
だから将来は絶対笑ってやる!
幸せになってやる!
成功してやる!
でっかくなってやる!
苦労した自分に見とけよと言い聞かせて頑張ってきた。
自分ならできると信じていろんな壁も乗り越えてきた。
でもこのときばかりは初めて自分が目指しているものの難しさにひれふした。
肌で体感した、自分の力のなさを。
そして今の自分がまだまだ温い湯につかっていることを。
情けねー。
今まで目の色輝かせて何でもやってきた自分はどこに行ったのか。
自分で言うのも尺だが目だけはいつもギラついてた。
でも今はくすんでる。
そんな中、今建築の本を読んでいてある感覚を思い出した。
自分が建築家を志したある感覚。
今読んでいたのは西沢立衛建築設計事務所ディティール集
このなかのある建築を見て胸が漠々した。
これはいい!!
そう強く感じた。
こんなの建築でできるんだ。建築家になればこんなことができるんだ。
何、とりわけすごい建築ではなかった。
単身の住まいの16㎡のちいさなワンルームの床に階段がついていて、それが隠し階段のように下の浴槽とトイレにつながっているだけだ。
でも今の自分にはそれだけで十分だった。
こんなの自分の家にあれば毎日ご機嫌やなー
それだけ。
でもそれだけでドキドキした。
高2のとき、初めて建築家の本を買って読んだ。
アントニオ・ガウディ。
彼の作品を見て全身に鳥肌が立つのを感じた。
全身の毛が逆立つような衝撃が身体の芯を走った。
胸の鼓動がおかしなほどわかる。
そのとき建築家の偉大さを感じ、自分もその舞台に立ちたいと決意したんだ。
あの時の感覚を自分は忘れていた。
それがふとなんとなしに読んだディティール集の中にあった。
これだ。
建築を続けるのに一番大事なものはこの感覚なんだ。
これこそが俺が建築をはじめたきっかけで
これこそが俺が建築を続けるきっかけなんだ。
そう思うと血が熱くなってきた。
今の段階でもう、設計を断念し始めている同士がでてきている。
建築に力を入れていない大学ではその比率は更に上がる。
そんな中俺は頭ひとつ上にでている。
生意気なことを言っているのはわかってるが、俺は昔から人より上にいるのが好きで、何でも一番が良かった。
生粋の負けず嫌いで、かっこつけ。
だから大学で今、まわりから一目置かれるところまでこれた。
ここからもっと上に行く!
誰もついて来れないところまで。
一線で活躍してやる。
男は生意気なくらいが丁度ええ。
挫折や苦労はよろこんで受けたる!
んでおつりがでるぐらいでっかく返してやるわ。
ながながと書き綴ってもたが、これは自分への宣戦布告でもあるなー笑
久しぶりにこみ上げるものを感じた。
それを寝て忘れる前に残しておきたかった。
俺の建築はコレが心臓やな。
しんどくなったときはコレを思い出せばええんや。
んで俺の人生の心臓は雑草魂や。
こんなに悔しい思いをこの年でここまで経験できた俺はめぐまれとる。
でもここまでこれたのも色んな人に助けられて、支えてもらったからやな。
これはいつも思ってることやが、
神さんは俺に金は恵んでくれんかった
その代わり人柄と人との出会いは恵んでくれよった
多すぎて名前は出せませんが、そんなみなさんのおかげで今の僕があります。
本当にありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします。
建築に対する情熱が最近弱くなっていた。
これはこの前の記事にも書いたが実感していたことだ。
自分でもなんでかと毎日頭で考え続けていた。
建築家になると強い意志で決めた道だったのに今までにない感覚だった。
建築家、特に設計は骨が折れる仕事だ。
入社してまもなくは帰る時間は毎日12時を過ぎ、休日はなく泥のように図面や模型制作などでこき使われる。
どれだけ頑張ろうが作品に自分の名前はでない。
アトリエなどに就職なんかしてしまえば、初任給は過度の労働に対して月5万とか・・・
アルバイトをしているフリーター以下だ。
身体は痩せ細り、そのうち肉体から精神までやられる。
そうしているうちに建築家になり、独立。
自分の事務所を開き雑誌に載るほどに成長してやると野望を持っていた同士も目標を挫折させ、やりたくない仕事をして生計をたてるようになる。
これはかなりネガティブに書いたが、こんな人たちは現に山ほどいる。
実際建築業界の離職率というのは非常に高いのだから。
一級建築士の資格を取得するのは至難を極めるのにだ。
全く不公平だと思う。
この間、とある建築家の言葉が胸に響いた。
「建築家として世界でやっていこうということは、歌手でいうところの全米デビューのようなものだ」
今まで、根拠もなく世界的な建築家になりたいと考えていた自分がハッとした瞬間でもあった。
建築家とは実際自分にまだ馴染みのない存在で、建築家として有名になるのはどれほど難しいかということを感覚的に把握できていなかったのかもしれない。
そこにして、この言葉は非常に的を得ていた。
三宮にいるストリートミュージシャン。
彼らの姿を見て、この人がいつかメジャーデビューするんだなと思ったことはまずない。
それどころかどこか哀れみの目で見てしまう自分がいる。
現実はそんなに甘くないぜ。
しかしどうだろうか。
気づけば自分もそう大差ないじゃないか。
土俵は違えど、
まわりから「スゲーあいつ。雑誌に載ってるよ」
といわれるほど建築家として成功しようと思ってやっている自分はストリートミュージシャンと何も変わらないじゃないか。
それからしばらく彼らを見ていた目で自分を見るようになった。
急に建築が怖くなった。
といよりも未来がとてつもなく黒く巨大な固まりのように思えた。
身震いして足が固まった。
後ろに下がることも前に踏み出すこともできなかった。
生まれてこのかたビンボーで、両親には苦労させられて育ってきた。
金に困り、悔しい思いも数えられないほどしてきた。
誰より大切な人を失いもした。
人生いつも苦労が喜びのおつりでついてきた。
なんど悔し涙をしたか。
だから将来は絶対笑ってやる!
幸せになってやる!
成功してやる!
でっかくなってやる!
苦労した自分に見とけよと言い聞かせて頑張ってきた。
自分ならできると信じていろんな壁も乗り越えてきた。
でもこのときばかりは初めて自分が目指しているものの難しさにひれふした。
肌で体感した、自分の力のなさを。
そして今の自分がまだまだ温い湯につかっていることを。
情けねー。
今まで目の色輝かせて何でもやってきた自分はどこに行ったのか。
自分で言うのも尺だが目だけはいつもギラついてた。
でも今はくすんでる。
そんな中、今建築の本を読んでいてある感覚を思い出した。
自分が建築家を志したある感覚。
今読んでいたのは西沢立衛建築設計事務所ディティール集
このなかのある建築を見て胸が漠々した。
これはいい!!
そう強く感じた。
こんなの建築でできるんだ。建築家になればこんなことができるんだ。
何、とりわけすごい建築ではなかった。
単身の住まいの16㎡のちいさなワンルームの床に階段がついていて、それが隠し階段のように下の浴槽とトイレにつながっているだけだ。
でも今の自分にはそれだけで十分だった。
こんなの自分の家にあれば毎日ご機嫌やなー
それだけ。
でもそれだけでドキドキした。
高2のとき、初めて建築家の本を買って読んだ。
アントニオ・ガウディ。
彼の作品を見て全身に鳥肌が立つのを感じた。
全身の毛が逆立つような衝撃が身体の芯を走った。
胸の鼓動がおかしなほどわかる。
そのとき建築家の偉大さを感じ、自分もその舞台に立ちたいと決意したんだ。
あの時の感覚を自分は忘れていた。
それがふとなんとなしに読んだディティール集の中にあった。
これだ。
建築を続けるのに一番大事なものはこの感覚なんだ。
これこそが俺が建築をはじめたきっかけで
これこそが俺が建築を続けるきっかけなんだ。
そう思うと血が熱くなってきた。
今の段階でもう、設計を断念し始めている同士がでてきている。
建築に力を入れていない大学ではその比率は更に上がる。
そんな中俺は頭ひとつ上にでている。
生意気なことを言っているのはわかってるが、俺は昔から人より上にいるのが好きで、何でも一番が良かった。
生粋の負けず嫌いで、かっこつけ。
だから大学で今、まわりから一目置かれるところまでこれた。
ここからもっと上に行く!
誰もついて来れないところまで。
一線で活躍してやる。
男は生意気なくらいが丁度ええ。
挫折や苦労はよろこんで受けたる!
んでおつりがでるぐらいでっかく返してやるわ。
ながながと書き綴ってもたが、これは自分への宣戦布告でもあるなー笑
久しぶりにこみ上げるものを感じた。
それを寝て忘れる前に残しておきたかった。
俺の建築はコレが心臓やな。
しんどくなったときはコレを思い出せばええんや。
んで俺の人生の心臓は雑草魂や。
こんなに悔しい思いをこの年でここまで経験できた俺はめぐまれとる。
でもここまでこれたのも色んな人に助けられて、支えてもらったからやな。
これはいつも思ってることやが、
神さんは俺に金は恵んでくれんかった
その代わり人柄と人との出会いは恵んでくれよった
多すぎて名前は出せませんが、そんなみなさんのおかげで今の僕があります。
本当にありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします。
前回のブログにコメントを残してくださった方々。
ありがたく読ませていただきました。
筆者としてもとても良い動機付けになります。
というか素直に嬉しいです!
ありがとうございます(^^
さて、9日から今日まで神戸に用事で帰省していましたが、特に何も無く、家族との久しぶりの団欒を味わってきました。
おかんも親父も喜んでいたのでなによりか。
春休み中に車を借りて墓参りに行けるといいな。
さて、京都に帰るやいなやニュースは東北自身の話題で持ちきり。
幸い関西でなかったから被害は直接は受けなかったものの被災地は心配でならない。
なにぶん阪神淡路大震災の経験者だけにひとしおだ。
ニュージーランドに続き本国でもこの大地震。
エジプトの反乱からなんだか世界中が騒がしい今日この頃。
ありがたく読ませていただきました。
筆者としてもとても良い動機付けになります。
というか素直に嬉しいです!
ありがとうございます(^^
さて、9日から今日まで神戸に用事で帰省していましたが、特に何も無く、家族との久しぶりの団欒を味わってきました。
おかんも親父も喜んでいたのでなによりか。
春休み中に車を借りて墓参りに行けるといいな。
さて、京都に帰るやいなやニュースは東北自身の話題で持ちきり。
幸い関西でなかったから被害は直接は受けなかったものの被災地は心配でならない。
なにぶん阪神淡路大震災の経験者だけにひとしおだ。
ニュージーランドに続き本国でもこの大地震。
エジプトの反乱からなんだか世界中が騒がしい今日この頃。
