『フランダースのいぬ』
フランダースの村に住むネロはまだ12歳でした。
ネロは1ヶ月ほど前に、たった1人の身寄りである
おじいさんが亡くなって全くの1人ぼっちになって
いたのです。友達といえばフランダース生まれの
年老いた犬パトラッシュだけです。アントワープの
教会には、この町の生んだ偉大な画家ルーベンスの
絵が飾ってありました。でもこの絵を見るためには、
ネロが2ヶ月も3ヶ月も暮らせるほどのお金を払わな
ければなりません。ネロの夢は一目この絵を見ること
でした。村から町への牛乳配りがネロの仕事です。
1日中牛乳を配って乾いたパンが3つ程買えました。
それもおじいさんが死んでからのネロとパトラッシュの
乏しい唯一の収入でした。ルーベンスの町アントワープ
では、もうじき少年だけの絵のコンクールが行われ
ようとしていました。そこで優勝した少年には
200フランもの賞金が与えられ、画家としての将来が
約束されるのです。ネロは全てをこの絵にぶつけて
いました。ネロには親友のアロアがいて、ネロは
アロアが大好きでした。アロアもネロが大好きでした。
でも2人はもう以前のように仲良く遊ぶことは出来なく
なっていたのです。村一番の金持ちで有力者でもある
アロアの父コジェは、娘がネロのような貧しい子供と
付き合うのが許せなかったのです。コジェはいつも
貧乏人は心まで卑しいと言って、お金のない人々を
軽蔑しているような人でした。ネロは思います。
“大人になったら僕は必ず偉い画家になって、
アロアに会いに行くんだ”
その日の夜からこの冬一番の厳しい吹雪が吹き荒れて、
ネロたちは食べる物も無くなってじっと吹雪が過ぎるのを
待ちました。そして5日目の朝、吹雪はあがりました。
ネロたちは寒さと飢えで疲れきっていましたが、しっかりと
立ち上がりました。今日はクリスマス・イヴ。
コンクールの発表がある日なのです。
“僕の絵は必ず優勝してるさ。そうに決まってる。さぁ元気を
出そう。町へ行きさえすれば何もかも上手くいくんだ”
ネロはそう自分に言い聞かせながら町へ向かいました。
しかし優勝作品はネロの絵ではありませんでした。
これからどうしたらよいというのでしょう。
今のネロには一切れのパンも、1フランのお金も、
そして帰る家さえも残ってはいないのです。そんな時
パトラッシュが2,000フランという大金を拾いました。
そしてその袋には、アロアの父コジェの名前が書いて
あったのです。ネロはパトラッシュに言いました。
「このお金を今すぐコジェに届けるのだ。大丈夫。
僕はここを動きはしない。お前が帰ってくるまで待ってるよ」
しかしなかなか行こうとしないパトラッシュに
ネロは言いました。
「さあ行くんだ、パトラッシュ。僕の言う事が聞けないのか」
パトラッシュは何か悲しい目をしながらようやく行きました。
ネロは泣きながら呟きました。
“さようなら、パトラッシュ。僕はもうお前には何もして
やれないんだ。さようなら”
ネロは思いました。
“あのお金を届ければいくらコジェだってパトラッシュを
追い出しはしない。それに優しいアロアがいる。さようなら、
パトラッシュ。アロアに可愛がってもらうんだよ“
その頃お金を落としたコジェは、絶望に打ちひしがれて
いました。
「破産だ。わしはあのお金がなければ、もう破産だ」
そこへコジェのお金をくわえたパトラッシュが届けにきました。
コジェがあれ程嫌った貧乏なネロ。そのネロが今コジェを
救ったのです。コジェの目に後悔の涙が光ります。
「腹を減らしているだろうに。1フランもわしのお金に
手をつけなかった。許しておくれ、ネロ」
お金を届け温かいスープを出されたパトラッシュは、
一口も口にせず家を飛び出しました。暖炉の火も温かいスープも、
パトラッシュを引き止めることは出来ませんでした。
パトラッシュは最後の力を奮い起して走ります。パトラッシュに
とってネロは暖炉の火よりも、温かいスープよりも、もっともっと
大切なものなのです。ネロの行き先は分かっていました。
ネロはルーベンスの絵が飾ってある教会で倒れていました。
その時神の思し召しでしょうか。一陣の風が教会の中を通り
過ぎたのです。ネロは意識が薄れていく中で、とうとう夢に
まで見たルーベンスの絵を見ることが出来たのです。
ネロはきっと暖かい春のお花畑で寝ているかのような安らかな
気持ちで、息を引き取ったに違いありません。
それはパトラッシュが、自分の温もりを全てネロに与えるように
して息絶えていたからです。
