外回りはこんな感じになっています。
右奥に入口があります。
建物左曲がると京急蒲田駅、写真手前直進すると京急糀谷駅方面になります。
入口
父の形見となっています。
戦後、祖父が養殖園再開するに当たり、看板が無いと始まらない!という事で、近くの材木屋探しに行った折、空襲で燃えた平積みにしてあった木の板の外側が焦げて燃え、>゜)))彡 魚の形に見えた事から貰って来ました(風雨にさらされ今は尾の部分が小さくなった)。
彫ると言っても彫刻刀しかなく、祖父が板にデザインし、10代の父がそれを彫って完成しました。
かなり硬い板で、彫るのに大変だったと言っておりました。
2~3度、文字と左のらんちゅうの図は塗り替えて有ります。
土間入口
元々デザイン職に進みたかった父は意匠にこだわり、飛騨とか群馬とか旅行に行った際に木片や板素材を見つけて来て園内装飾をしていました。
真ん中の二文字は当て字のらんちゅう「魚蘭 魚寿」の崩し字となっております。