「京大」を7回受け、英語8割の英検1級講師「京大セブン」が添削したら、8年連続「京大」合格(うち3名は医学部医学科)。

「京大」を7回受け、英語8割の英検1級講師「京大セブン」が添削したら、8年連続「京大」合格(うち3名は医学部医学科)。

 訪問していただき有り難う御座います。このブログでは、京都大学、大阪大学、名古屋大学、国立大学医学部に合格できる学力をつけるためのアイディアを真摯に書かせてもらっております。

 私がアメリカで教師をしていた頃、よく地元のラジオ局の放送を聞いていた。英語の勉強のためもあったが、ローカルなニュースがとても身近であったからだ。

 1980年代の日本にはローカルなラジオ局など存在しなかった。当時は、ここ三重県北部なら名古屋の放送局のラジオ番組くらいしか聞くことが出来なかった。

 ところが、数年前から「いなべFM」というローカル曲のラジオ番組が始まった。嬉しかった。20年遅れで日本もローカル曲が出来てきたわけだ。

 今はインターネットラジオで全国のローカル曲の放送も聴くことができる。「いなべFM」 はここ。↓

 

 金曜日の担当は「カオリン」 ↓

 

 

文系出身で「数Ⅲ」を指導する塾講師になるまでにしたこと。

 私の亡き父はウザかった。高校入試の合格発表についてきたし、就職したら2時間以上かけて勤務していた塾まで挨拶にきた。

 高校2年生の時までは、理系に進むつもりだった。ロボットを作りたかった。しかし、四日市高校は当時男子の割合が高くて男子クラスがあり、私はその男子クラスに放り込まれた。

 今もその傾向があるが、当時も男子生徒は理系が多くて私はその中で理系に行くのが当然だと思って勉強していたが、数学の勉強を始めるとめまいがするような感じがし始めた。

 それは、公式の成り立ちを納得していないのに無理やり使わされることに生理的な拒否感が生まれたらしい。模試の結果によると、文系なら難関国立大に合格できるけれど、理系だとそこまではムリという結果。泣く泣く「教育学部」に進むことになった。

生きていくには英語講師になるしか選択の余地はなかった。しかし、その英語でも真摯に向き合うと問題だらけだった。

  最初に

「何かおかしいぞ」

 と気づいたのは、1982年にアメリカのユタ州ローガン中学校で社会の授業をしている時。同席していたネイティブの教師が、しばしば私の授業を中断して生徒に向かって説明し始めた。

「ミスタータカギが今使った単語の意味はね、---」

 と解説を始めた。それで、一番仲のよかった理科教師のアランに

「なんで私の授業を中断するのかな?」

 と相談したら

「お前の英語は綺麗だけど、ビッグワードを使いすぎなんだ」

 とアドバイスをくれた。それで、注意して職員室の会話などを聞いていると、確かに中学レベルの英語を使っている。自分が受験勉強で習った難解な単語など全く出てこない。

 not more than と no more than の違いなど、使わないのだからどうでもよかった。私の塾生たちは、高校で与えら得た「システム英単語」を使って単語をいっぱい覚えているが、多分ムダになる。

  アメリカから帰国した私は公的な資格を取ろうと思って、とりあえず英検1級の過去問を書店で入手した。そして、知らない単語や表現を見つけてウンザリした。

  もはや、高校生の時のように

「頑張って勉強しないと」

 と自分を責める気になれなかった。私はネイティブの助けを借りて問題を解き始めたが

「これは何だ?なんで、日本人のお前がこんなものを」

 と言う。それで、

「どういう意味?」

 と尋ねると

「こりゃ、シェークスピアの時代の英語だよ」

 と笑っていた。

  しかし、アメリカから名古屋にある7つの予備校、塾、専門学校に履歴書を送付しても全て無視されたので、私は日本の英語業界で認知されている資格を取らざるをえなかった。

  事実、英検1級を取ったらどの予備校、塾、専門学校も返事が来るようになった。結局、コンピューター総合学園HAL、名古屋ビジネス専門学校、河合塾学園、名古屋外国語専門学校などで14年間非常勤講師をすることになった。

  その間に出会った英語講師の方たちの中に、英検1級を持っている人はいなかったし、旧帝卒の講師の方もいなかった。資格を持たないと雇ってもらえないという私の見方は誤っていた。

  私はその頃には受験英語を捨てていた。どの資格試験の英作文も面接試験も、すべてアメリカで使っていた英語で通した。つまり、中学生レベルの英語を使って難解な内容を表現する英語だった。

  ところが、今はまた受験英語を指導している。高校の入試問題も、大学の入試問題も30年前から何も変わっていないのだ。受験参考書の構文も、相変わらず take it for granted that や not until の世界なのだ。

  日本にやってくるALTが増えて、

「日本の教科書はクソだ」

 とか

「英語が話せない教師が英語を教えている!」

 と言っても誰も耳を貸さない。そして、偏差値追放、小学校から英語を、と意味不明の政策を打ち出す。私のいる予備校、塾業界も暴走族講師やらマドンナ講師やらパフォーマンスばかり。

 そして、それをマスコミが煽る。賢い生徒はあきれ返って「マスゴミ」と揶揄している。

 しかし、一体いつまでこのようなバカな状況が続くのか。

  でも、本当に英語教育界にまともな人はいないのだろうか?私が四日市高校や名古屋大学の教育学部で出会った学生の中にはまともな人もいた。それで、日本一レベルが高い東大や京大を受けてみることにした。

  京大は英語の試験が和訳と英作文という珍しい大学だ。それで、まず「京大模試」とZ会の「京大即応」を受講してみた。京大模試は河合、駿台、代ゼミなどを10回。Z会は8年間やって、じっくり研究してみた。

  ランキングに載り、Z会からは「六段認定証」というのももらったが、毎回の添削は納得がいかなかった。京大模試の採点も同様だ。それで、

「いったい、だれが採点してんだ?」

 と思い調べてみた。しかし、企業秘密で分からない。ただ、自分が勤務していた予備校の講師レベルだろうとは推測できた。受験参考書どおりの訂正がなされていたからだ。

  京大を受けた時は、最初の2回は「受験英語」で書いてみた。すると、6割正解くらいだった。私の英語がそんなレベルであるはずがない。それで、次の2回は「資格試験」の参考書に書いてあったような古い口語で書いてみた。それでも、7割くらいの正解率だった。それで、最後の3回はアメリカで使っていたような中学レベルの英語で書いてみた。すると、8割正解に跳ね上がったではないか。

 やっぱり、京大の先生は一流だ(笑)。

  私の指導させてもらっている優秀な生徒も同じ感想を持っているらしい。

「あの先生は、自分で京大を受けたら確実に落ちる」

  と、京大医学部に合格した子が言っていた。それで、

「この子たちなら、私の言うことが分かる」

  と、英語の添削を始めた。

 すると、やっぱりというか次々と京大合格者が出始めた。それだけで

はない。京大医学部、阪大医学部、名大医学部、東京医科歯科大学、三重大医学部など、どこにも有効なのだ。

  大学の先生は、やっぱり賢い(笑)。

 でも、そんなことを言ったら蛇蝎のごとく嫌われた。日本は和を重んじるだけで、議論をさせないプレッシャーが半端ない。

  みんな食っていかないといけないので、英語が話せなくても、生徒が志望校に落ちても、そんなこと関係ない。自分の生活が優先。そういうことらしい。でも、それで犠牲になる生徒たちはどうなるのだ。大人の責任を放棄していることにならないか?

北勢中学校にいる時は英語が一番嫌いだった。点数もよくなかった。数学は理科、社会、国語と同じで特に意識した科目ではなかった。総合点でトップクラスにいたので、それで満足だった。

  試行錯誤を繰り返す私に父は

「大学院に行きたいならお金は出してやるぞ」

 などと言った。

数学に対する執着は残っていた。

最初に

「ボクは数学が苦手なのだろうか?」

  と疑問を持ち始めたのは、四日市高校の2年生の頃。1970年代の四日市高校は男子の割合が大きく、男子クラスがあり私は男子クラスに在籍していた。

  当時、男子は理系に進むのが大多数だった。その中にあって、テストの度に数学が壊滅的な点数になっていた。全国の模試なら、そこそこでも四日市高校の男子クラスではどうしても周囲の子と点数を比較してしまう。平均点と比べてしまう。

  点数だけでもない。三角関数、対数、微積分と進むにつれて

「もうボクの頭には入りきれない」

  と友人にぼやいていたのを思い出す。物理で13点を取り、

「こんなのありえない!」

  とショックを受けて、クシャクシャにして捨ててしまった。私は数学の公式を使う場合に、

「証明できないと、使う気になれない」

  というタイプだった。今思うと、それでは前に進めない。結局、自分が何をやっているのか分からなくなり気持ちが混乱し始めた。そして、1974年の大学受験の5日前を迎えた。

  2階の勉強部屋で数学の勉強をしていたら、突然手足が震え始めて椅子からズリ落ちてしまった。そして、

「お父さん、ボク変だ」

  と叫んだ。二階に駆け上がって来た父は、ひっくり返った亀のように手足をバタバタしている私を見て

「お前、何をしてんだ」

  と言った。そして、近くの総合病院に担ぎ込まれた。

病院の看護婦さんは、私の手足を押さえつけながら

「アレ?高木くん、どうしたの?」

  と言った。北勢中学校の体操部の先輩だった。
 
 
 

2005年度、京都大学英作文  

(1)

 女性が従来学問の世界で十分活躍できなかったのは、男性中心で作られてきた社会に原因があったことは疑う余地はありません。とくにわが国は従来年功序列の社会でありましたので、出産、育児のため女性が休むことは昇進の面で著しく不利でありました。今後は休んだ後の復職を容易にするとともに、復職後業績を上げれば速やかに昇進できる体制を作り上げて行かねばなりません。

 

(2)

 わたしたちの健康にとって歯は大切な役割を果たしています。歯の健康は治療だけでは守れません。その場限りの治療から、さらに前進して、病気を予防し、健康を管理していくように心がけましょう。そのためには毎食後の歯磨きの励行にとどまらず、野菜を含めバランスのとれた食事をとることや、さらには、過度のストレスに陥って病気に負けることのないよう精神的な安定を保つことも大切です。

 

 

AI(人工知能)DeepL による翻訳 キミはAIを超えられるか?

 

(1)

   There is no doubt that the reason why women have not been able to play an active role in the academic world in the past is due to the male-centered society that has been created. In particular, since Japan has traditionally been a seniority-based society, women who take time off for childbirth or childcare are at a significant disadvantage in terms of promotion. In the future, we need to make it easier for women to return to work after a leave of absence, and at the same time, create a system where they can be promoted quickly if they perform well after returning to work.

 

 

(2)
 Teeth play an important role in our health. Dental health cannot be protected by treatment alone. It is important to take a step further than just temporary treatment to prevent diseases and manage our health. This means not only brushing your teeth after every meal, but also eating a well-balanced diet that includes vegetables, as well as maintaining mental stability so that you don't fall victim to excessive stress.

 

添削希望の方は ↓

 

2004年度、京都大学英作文  

(1)

 わたしは、家具や道具はなるべく木の素材を選んでいます。木は命あるもの独特のやさしい雰囲気があるので、心地いいんです。人工的な素材は新しい時が最高の状態だけれど、木は新品の時が出発点です。年月に磨かれて、味わいも美しさも増していく。そこが一番の魅力です。

 

(2)

 「イタリアといえばトマト」という印象が一般にはあるが、トマトの原産地はイタリアではなく南米である。さらに、イタリアでトマトが食用とされるようになった歴史はたいへん浅い。せいぜいこの二百年あまりにすぎないのである。イタリア料理の原点が古代ローマ時代にさかのぼることを思えば「昨日」からの付き合いのようなものなのである。

 

AI(人工知能)DeepL による翻訳 キミはAIを超えられるか?

 

(1)

 I try to choose wooden materials for my furniture and tools. I feel comfortable with wood because it has a gentle atmosphere unique to living things. Artificial materials are at their best when they are new, but with wood, the starting point is when it is new. As it is polished over the years, its taste and beauty increase. That is the most attractive part of wood.

 

 

(2)
 People have the impression that Italy is famous for its tomatoes, but tomatoes do not originate in Italy, but in South America. Furthermore, the history of tomatoes being used as food in Italy is very short. At best, it has only been around for a couple of hundred years. Considering the fact that the origin of Italian cuisine dates back to the ancient Roman era, it is as if we have known each other since "yesterday".

 

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奈良・天理大学で62人の大規模クラスター 運動部に所属の学生、クラブ活動中や飲食中に感染拡大か

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2003年度、京都大学英作文  

(1)

 ヨーロッパでは、夏ともなると人々は大挙して南の方に旅行に出かける。多忙をきわめる一国の首相も何とかやりくりして長期の休暇を取るし、かき入れ時の観光地のレストランやホテルでさえ、経営者や従業員のために、休業する所も少なくない。彼らにとって夏の休暇は、日本人には思いもよらない意味合いを持っているようだ。

 

(2)

 自分の仕事に妥協するようだと誰もその道のプロにはなれないと思う。私は頑固者だとよく言われるが、仕事に対する姿勢がまじめだからそう言われるのだ、というように理解している。融通がきくタイプの人間は周囲には受けがいいかもしれないが、仕事の方は何か物足りないところがあるように思われる。

 

AI(人工知能)DeepL による翻訳 キミはAIを超えられるか?

 

(1)

  In Europe, people travel to the south in droves in the summer. Even the prime minister of a country, who is extremely busy, manages to take a long vacation, and many restaurants and hotels in tourist spots are closed during the peak season to make room for the management and employees. For these people, the summer vacation has a meaning that Japanese people would not expect.

(2)
 I don't think anyone can become a professional in their field if they compromise their work. I am often told that I am stubborn, but I understand that people say that because I am serious about my work. A person who is flexible may be well received by those around him or her, but there seems to be something lacking in his or her work.

 

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「京都大学の英語で8割を超える」ための一考察

「京都大学の英語で8割を越える」ための一考察
1、問題意識(1)

  京都大学の入試問題は「英文和訳」と「英作文」のみのため、その採点基準がブラックボックスとなっている。「どのような基準で採点されているのか」正確に答えられる教師、講師はいない。採点されている先生も分かっていない可能性がある。

  私は名古屋大学の教育学部を卒業し、アメリカの公立中学で教師をし、30年以上予備校・塾・専門学校で受験指導を行ってきた。その関係で多くの英語教師、英語講師に接する機会があった。アメリカ人はもとより、イギリス人、オーストラリア人、アイルランド人など多くのネイティブと接する機会があった。

  そこで分かったことは、日本には大別して3種類の英語があることだ。それは、「受験英語」「資格英語」「ネイティブ英語」の3種類だ。

  受験英語と呼ばれるものは学校や塾で指導されている。受験参考書や問題集も多い。

  資格英語は、英検やTOEICなどのことを指す。こちらは、塾や予備校とは別系統のECCなどの英会話教室で指導が行われている。ネイティブが指導することも多いし、LLや音声教材を使用することが多い。

  そして、最後がネイティブの英語だ。私は英検1級や通訳ガイドの国家試験の勉強の途中でネイティブと話すことが多かった。彼らに英検などの問題を見せるといつも

「なんだ、これは。なんで日本人のおまえがこんな問題をやらねばならぬのか」

 と尋ねられた。アメリカに住んだことがあるので、彼らの疑問はよく分かる。実用英語検定という名前だが、現在使用されている英語とは異なっている。

 そこで、

「では、京都大学の入学試験の英作文ではどのタイプの英語が評価されるのか」

 これが、この考察の問題意識だ。


問題意識(2)

  第一段階として、英語の実力がなければ調査ができないテーマのため「受験英語」「資格英語」「ネイティブ英語」を知ることから始めた。

  受験英語は現役で名古屋大学教育学部に合格し、受験指導を30年間行ってきたので、よしとした。

  資格試験は英検1級、通訳ガイドの国家試験、国連英検A級、ビジネス英検A級を合格した時点で、よしとした。

  ネイティブ英語は、アメリカのユタ州ローガン中学で1年間教師をし、帰国後英会話教室などでネイティブと20年間交際してきたことで、よしとした。

  第二段階は、京大英語の専門家と呼ばれる人たちの英語力と指導方法を確認することだった。それで、まず名古屋の7つの予備校・塾・専門学校で英語講師を14年間した。

  また、河合塾と駿台の「京大模試」を計10回受けてみた。定評のあるZ会の京大即応コースを8年間継続して、どのように採点されるのかもチェックしてみた。その結果、
1、講師に旧帝卒レベルの方がほとんどいない。

2、英検1級所持の方はほとんどいない。

 ことが判明した。

  講師や採点者の応募資格をチェックしても、明確な基準がない。提出した答案に対する添削も受験英語の域を出るものではなかった。赤本の模範解答を作成する予備校講師も、受験英語の参考書の域を出るものではなかった。

  そこで、自分で京都大学を受けて確認する必要性を感じた。

2、研究方法

 京都大学を実際に6回受験してみて、成績開示をする。その際、最初の2回は「受験英語」、次の2回は「資格英語」、最後の2回は「ネイティブ英語」を意識した書き方をしてみる。

  その結果の平均値を比較することにより、どのタイプの英語が高く評価されるのかを考察する。年度による難易度の差、学部により採点者が異なると思われるので、そこも考慮して考察してみる。
 
 
 

“机にコンパス” 複数の生徒が受験無効に 広島の公立高校入試

 

先月行われた広島県内の公立高校の一般入試を受験した複数の生徒が、持ち込みが認められていないコンパスを机の上に置いていたことを理由に受験が無効になっていたことが分かりました。県教育委員会は「ルールにのっとった対応だが、受験生に対して事前の周知を図るなど再発防止に努めたい」とコメントしています。

県教育委員会によりますと、先月8日、公立高校の一般入試を受験した複数の生徒がコンパスを机の上に置いていたことを理由に受験が無効になっていたことが分かりました。

PTAの役員決めで、病気や宗教の公表まで「できない理由」を言わされるつらさ

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 この時期になると話題になるのが「PTA」の役員決め。人には言いたくない事情があるにも関わらず、“できない理由”を公表しなくてはならない学校が今もあると言います。そこにはどんな苦しさがあるのでしょうか。『PTAをけっこうラクにたのしくする本』の著者・大塚玲子さんによる解説です。 

本来は「できない理由」を言う必要はない

 毎年恒例、PTAクラス役員決めの季節です。PTAの役員決めではよく、クジ引きやじゃんけんで無理に役をやらされる人が出たり、「できない理由」を言わされたりして、ときには泣く人が出ることもあります。「あの時間が苦手だ」という人は多いでしょう。

 

  PTAだけじゃない。自治会もそうだ。私は塾の講師だから夜の会合は出られない。アルコールは飲まないので新年会などは出ない。クリスチャンだから、香典やお経を読むような仏教の儀式は出来ない。

 しかし、そうすると田舎では「つきあいが悪い」とか「変なヤツ」扱いをされる。日本は信仰の自由があるはずなのに、田舎では「なぜ会合に出ない!」「なぜ香典を出さない!」と陰口をたたかれる。

 自分が信仰の自由を踏みにじっている自覚さえない。こんな田舎を脱出すると私の塾生の子たちは言う。当たり前だ。過疎に悩んでいるお年寄りたちは、自分たちが若者を追い出している自覚もない。

 私はめんどうくさいので、そういう人には近寄らないことにしている。