ブログネタ:Jリーグ観戦に行ったら、どんな“楽しみ方”してみたい? 参加中私はサポーターとの一体感派
1993年にベルマーレの
サポーターになってもう17年。
当時はホンマに子どもやったし
地元チーム以外のサポーターが
こんな大変とは思わへんかった(苦笑)
アウェイだけやなくて
ホームゲームに参戦するんにでも
当然、遠征費がかかる。
第一、なかなか試合に参戦でけへん;
いくら思い入れを持って
一生懸命応援しとう選手がおっても
会える機会なんてほとんどない。
小さい頃はJリーグブームで
今より当たり前に周りの友達も
グッズ持ったりしとって
自分も当時、家の都合で住んどった
平塚から今とは比べもんに
ならへんぐらい遠---------------い
町でごく普通にベルマーレの
服着たりしとったけど
ただ少人数派っていうだけで
石投げられたり罵られたり
怖い思いも沢山したなぁ。
それでも自分は
ベルマーレがホンマ大好きで
心から愛してきて
どんだけ暴言受けようと
チームがあって頑張ってれば
歯を食いしばって耐えられた。
ベルマーレ平塚のチーム存続危機、
そして湘南ベルマーレとしての
新しい歴史が始まって
クラブハウス問題も含めて
運営や経営の心配をしてるうちに
いつしか自分も成人して
昔育った町に戻ってきた。
ベルマーレの服を着て街を歩くんも
スタジアムで絶叫するんも
湘南や平塚が第2の故郷なんも
子どもの頃から変わらへんし
この17年、
家でも学校でも大変な事も
凄くあったんやけど
自分の芯みたいなもんは
何一つ変わってへんと思う。
ベルマーレのホームスタジアムは
神奈川県平塚市の平塚競技場。
その8ゲート(J2の頃はHIDEゲート)で
子どもの頃から愛するチームの
応援歌を大声で歌いながら
育った自分には黄緑と青の血が
流れてるんやと思うし
珍しがられるけど
平塚(や湘南地方)はきっと
出会うべくして出会った
町なんやろうと信じてる。
試合開始前から、試合後まで
応援歌を歌いながら手拍子したり
歌に合わせて飛び跳ねたり。
12番目の選手って言われる通り
どんなに汗をかこうと
どんなに疲れようと
選手や監督、スタッフさんの
背中を少しでも押す為に
参戦できた日は
全身全霊で頑張ってるねん。
普段、なかなか参戦でけへんのが
ホンマに申し訳ないけど
その気持ちをせめて応援の
声にして選手に届けたいから。
我がベルマーレが勝った時、
選手、サポーター、皆で踊る
勝利のダンスの瞬間は
大げさやなく“生きてて良かったな”
って想う瞬間!!
全力で応援しとうからこそ
得られる幸せやと思う。
ベルサポ仲間と肩を組んで
歌いながら踊るとき、
愛する平塚の空にその声が響いて。
幸せすぎて、泣きそうになる。
子どもの頃は、
「湘南や平塚の人と一緒になって
絶対一緒にこうやって
毎試合のように応援に来て
ここを自分の町にするねん、
自分の住所は平塚市になんねん」
って何の疑いもなく夢を描けた。
あの頃の事を思い出しては
切なく何とも言えなくなるんやけどね;
ベルマーレは、心の家族。
いつも無条件に自分を
受け入れてくれて
見守ってくれて、支えてくれて
見つめれば笑ってくれて。
そんな家族を早く築いて
子どもや孫の代、
いやいや、ひ孫、やしゃご‥
永久にベルマーレ魂を
受け継いでいきたい!
いつか、平塚に住めたら
今までできなかった分まで
チームや町のボランティアもしたい。
小さい頃や子どもの頃は
他チームサポーターが怖かったけど
今はセレッソやヴィッセルの
サポーターさんとなんて
ホンマにめっちゃ仲良し*
地元や育った町にあるチームが
この2チームで心から良かったと思う。
サッカー以外の競技の選手で
昔嫌な思いをしてから
プロ選手と接するんが苦手に
なっとったけど
セレッソの選手の皆さんや
スタッフの皆さんと話すようになって
プロ選手のイメージが
ホンマに良くなったし
毎日が充実して楽しくなった。
今では、もう一つの
自分の居場所になってくれてる。
ヴィッセルのスタッフさんも
とても優しくしてくれて
ホムスタでの写真、
部屋に飾っとうしね(^-^)
これからもずっと
ベルマーレを愛していきたい。
サッカーを愛していきたい。
セレッソ、ヴィッセル、
そしてサッカー仲間達を
愛していきたい。
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