知り合いの母親が少し認知症。


朝、娘からの一言が

気に入らなかったらしく、

昼過ぎになっても

リビング入り口付近に

拗ねて寝転がる始末らしい。


孫からも

いつまでそこに寝てんの!と、

怒られても拗ねたままだそう。


きっと若い頃から

随分と頑固な性格だったのだろう。


「拗ねる」感情は、

自分ではどうしようもない程

強力なエネルギーを持っている。


その拗ねた感情に

立ち向かおうものなら

もがき苦しむから、

無意識に避けたり、

蓋をしてしまう。


だから高齢になった時、

蓋が外れてしまうと

対応出来なくなるのだ。


何故若いうちから

自分の感情に対して、

「何故こう感じたのだろう?」

「何故こんなに頑なに思うのだろう?」

と、その時に対処せずに

過ごさなかったのだろう?


年老いてからでは、

あまりに巨大になり過ぎた

自分の感情を

操る事は難しいのに。


ボケるのは、

蓋をしていた

巨大化した感情が

手に余るからなのかもしれない。


そして、

一旦手の施しようが

無くなった感情を

放棄しないと

どうしようもないから、

ボケる事でバランスを

取るのかもしれない。


周りは大迷惑だ。


しかし、そのボケた姿から

沢山の学びがある。


今正に私は、

知人の母親が

認知症になった行為で

沢山知る事が出来たからだ。


実家の弟が頭を悩ませている。


両親と同居してくれているのだが、

玄関周りや駐車スペースに

鉢植えを並べる両親。


蚊が増える。


猫がトイレに来る。


猫避けに薬を撒く→臭い。


なんもえー事無しやのに、

鉢植えがどんどん増えていく。


都会のど真ん中に住んでいると、

自然を取り入れ、

バランスを取りたくなるのは分かるが‥


弟は、悩むのである。


昨日、元旦那が娘に連絡してきた。

癌の手術は成功したが、

あちこちのリンパに

17箇所も転移しているらしい。


抗がん剤治療を始めると。


又々、

仕事どないすん?

生活やっていけんの?

お金ないやん?


予想はしていたが不安になる。


襲いかかる恐怖に

問いかけてみた。


私は今まで他人の人生に、

お節介にも介入し過ぎてきた。

押し付けがましく、

口出しも悲惨なほど‥


別れたのに恐怖に感じるのは、

又昔のように

他人の人生に介入した時の

不安と恐怖の記憶が

蘇るからだ。


私は何も出来ない癖に、

その介入を受け入れてしまい、

他人の人生にまで

不安を感じる必要はないのに。


思考の癖は、

かなりしつこく

脳に焼き付いている。


マイナスな思考は

一度やってくると、

兎に角しつこい。


しつこい悪感情と

本気で別れを告げる勇気は、

現実直視した時出来るはずなのに、

どうしても逃げてしまう。


逃げれば逃げる程

追いかけてくる。


怖いと思う自分も

受け入れよう。


私が、

怖い思いをしている自分を

ぎゅーってしてあげたら

いいだけなのに、

逃げてたなぁ‥


自分が自分を安心させたら

怖かった現実は、

あっさり解決する。



過去に置き去りにした

何十年の毎日の恐怖も

全部ぎゅーってしてあげれば、

何にも怖くない。


簡単なのに

出来ないくらい、

人の「感情」って

強いエネルギーを持っている。