3/30 FAF管弦楽団第56回定期へ | takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

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音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

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日時: 2019年3月30日13:30

場所: すみだトリフォニー大ホール

指揮: 森口真司

演目: ペールギュント1、シベリウス7、ニールセン「不滅」

 

FAFとはブラームス3番冒頭の「F As F]というモチーフに託されたという"frei aber froh"から取られているそうだ。「自由に、しかし楽しく」。自由なら自ずと楽しそうなものだが、あいだに「しかし」という語句が置かれているところに引っ掛かりを感じる言い方だ。

 

入場料2000円は私が毎週末土曜と日曜に演奏会を聴きに行くにはちょっと苦しい値建てだけど、翌日曜は折しも花見に最適の日でありそちらに行くことを考えれば何とかなる。心貧しき私はこのくらいの出費になると演奏がそれに相応しかったかどうか、などとつまらない聴き方をしてしまう癖があり、その点がちょっと心配だったけれど聴いてみればそんなことは全く忘れてしまう素晴らしい音楽会だった。

 

ペールギュントは曲に沿った実に抒情的な演奏。とても良かったと思うけど、ガンガンと盛り上がって終わる曲でないから、拍手はそこそこで奏者の出入りが始まった。

 

シベリウスはここのところかなり楽しめるようになっていたつもりだったので楽しみにしていたが、元は「交響的幻想曲」と名付けられていたという解説の通り、交響曲らしい?形式感、長大さやドラマは感じられず、聴く準備に失敗し、以前シベリウスの交響曲に持っていた「もやもやしている間に終わってしまう。」という印象で終わってしまった。

 

最後の不滅になると雰囲気がガラッと変わり、これは伝統的なクラシック音楽に根差した曲だなあと驚いた。相当ひねくれてはいるがモチーフが明快であり、それが展開されていく様を聴いていると、これは私が楽しめる範囲の曲であると感じられたっぷり楽しめた。狂暴とも思える響きはたぶん戦争が背景にあるからなのであって、楽しむなどと言ってはいけないのかもしれないけれども、存分に曲に浸ることができた。弱音から最強音までの幅が恐ろしく広く、オケの力が凄い。私がこれまで曲に持っていた印象は吹っ飛び、まるで初めて聴いたような印象を持った。こういう音量は自宅でながらオーディオで聴いていても体験できないものだ。改めてそう実感した。つまり、自宅で聴いていても分からない曲なのだ。

熱狂的なブラボーが飛び交った。でもそういう性格の曲なのかなあ。

あれだけの熱演をした後だからアンコールは無いな、と思っていたらフィンランディアが始まった。もちろん安定した熱演が繰り広げられ、感心するばかり。観衆の反応も大変なものだったけれど、私としてはそんなに好きな曲ではなく、不滅の印象が掻き消された気がしてちょいと残念だった。

 

次回は7月に劇場支配人序曲、ベートーベン2、シベリウス2。アンケートにアドレスを書けば招待券を頂けると書いてあったけれど、曲目重視の観点から私は遠慮した。かと言って、この日の演奏に満足しなかったからでは断じてない。