千葉フィル第30回サマーコンサートへ | takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

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音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

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7月29日、すみだトリフォニーホールにて

 

曲目

バーンスタイン キャンディード序曲

マスネ 組曲第7番「アルザスの風景」

R.シュトラウス アルプス交響曲

 

前半のステージのキャンディード序曲はメディアを通して何回か聴いたことのある曲だった。景気の良い溌溂をした曲で、楽しく聴いていたのだけどあっという間に終わってしまった。

 

マスネの曲はたぶん初めて聴いた。この曲も随所に賑やかな合奏が展開されるものだったが、いつの間にか夢心地となり、途中の10分くらいをうつらうつらして聴いていた。たぶん冷房対策として着ていたパーカーが温かすぎたのだろう。いずれにせよ胸に迫ってくるタイプの曲ではなく、好きになれそうもない。

 

このように前半のステージが終わってしまったので、「アルプス交響曲」は大丈夫なのだろうかと心配になった。しかしこれは杞憂だった。

この曲は何回かFM放送で聞きかじったことがあるけれども、その都度途中で聴くのを止めたか、退屈しながらもBGMとして流しておいた程度だった。これを生で聴いたらどんな印象を受けられるのだろうか、というのがこの日演奏会に行った眼目であり、なるほど、これは生でなければ真価が分からないわ、と強く印象付けられて会場をあとにしたのだった。

 

この曲をより親しく楽しむために、演奏を聴きながらプログラムの楽曲解説を読めたら良かったかもしれない。(現実的には雑音が立つので無理だろう。かと言って事前に曲内部の表題を予習してくるのは億劫だ。) 或いは、アルプスの風景動画を背景に映しながら演奏を聴けたらどうだったろう、などとも感じた。

 

オーケストラの大規模化の行く着くところはこうなるしかないのだろう、と思いながら聴いていたのも確か。大編成のオーケストラとその左右上方に配置された二群の金管のバンダが全力で鳴り出すと賑やかなこと、このうえなかった。これに中央上方のパイプオルガンまで加わるとは尋常ではない。但しこういう音量で音楽を聴くのは好きでないということも再確認。去年だったか、マーラーの「一千人の交響曲」を渋谷で聴いた時もそう思ったことを思い出した。

 

と、こう書いてくると、この演奏会では一貫して大規模なブラスバンドの響きに包まれたような感じになることが多かったと気付いた。楽団としてこういうサウンドがお好みなのだろう。ちなみに次回一月の演奏会では、大序曲「1812年」とショスタコーヴィチの7番に挑戦するとのことです。