法政大学交響楽団の「巨人」を堪能 | takacciの「見た・観た・聴いた・読んだ」

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音楽に関すること、観たこと、読んだことへの感想などを書いていきます。(文中敬称略) 2019年4月より別サイトで掲載していた写真の記事も同居させましたが、20年7月に元に戻しました。

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昨晩すみだトリフォニーホールで同団の第138回定期演奏会を楽しむ。

今回聴きに行ったのはマーラーの1番を聴けるから。

 

前半のドリーブのコッペリアやシルヴィアを聴くと実にピンと来なくて、これだとマーラーはどうなのかな、と思った。

 

しかし、マーラーの演奏が始まると瞬く間に演奏に引き込まれた。前のステージと緊張感が全く違う。この楽団はこの曲に賭けていたな、と思った。曲の難易度が違うのだろう、管楽器の小さなミスが前のステージより目に見えて増えたけれども、それがどうした、こんなに張りつめた演奏をし続けて居られると、そうしたことがさほど気にならなくなってきた。これだけのテンションを保ち続けられること自体が凄いことだ。大体からしてマーラーの管楽器の使い方は過酷すぎないか。そういう部分が何回も何回も出てくるので、奏者は逆に、一回失敗しても挽回できるし、小さな失敗にがっくるすることすら許されていない、とも言えるのかも。

 

マーラーの交響曲は近年になってようやく好きになったのだけれど、1番は歌曲のメロディーを使っていることから何となく他の交響曲よりも作り込みの浅い作品なのではないか、と感じられ、メディアから流れてきてもじっくり聴いたことが無かった。持っている交響曲全集のCDの中から選ぶことも少なかった。と言うか、全集を通して聴いた時に一度聴いたきりだった。初期の交響曲ということで、ベートーベンの1番のような、全交響曲の中で比較した場合の軽さを、勝手にイメージしていたのかもしれない。

 

法大オケの演奏を聴いたおかげで、そういう先入観がすっ飛んだ。よーく作り込まれた、実にマーラーらしい曲でした。マーラーらしいということは静謐と狂気を行ったり来たりする、ある意味「疲れる」曲であるわけであり、演奏が終わったときはもうへとへとになっていた。そういう毒気を抜く意味で演奏されたのかどうかは分からないけど、アンコールのポルカ「雷鳴と稲妻」の心地よかったこと! ほんわか気分を交えて帰路に就くことができました。アンコール時、指揮者の山田慶一はヴァイオリンの弾き振りを披露。

 

次回定演は5月12日。ラフマニノフのP協2番と「新世界」をやるそうだ。