副題: 考古学・古代学課題ノート
著者が研究の末到達した古代社会のあらましを概観できる本ではないかと思って読んだ。
しかし本書の趣旨は違うところにあって、考古学・古代学を研究(勉強)するうえで注意せねばならない要点を項目別に挙げ、ややもすれば陥り勝ちになる早計な決めつけを戒める本だった。例えば銅鏡に記されている銘の年代。著者が若いころ目にしたラーメン鉢の底に記された「乾隆年製」・「大清乾隆年製」の句を例に挙げ、銅鏡の銘の年代をそのまま製造年と考えることはできないとしている。他にも考古学資料を目にした者が当然のこととして推定するような事項でもしっかりとした検証を経ないと誤った解釈に繋がってしまう危険を多く示している。
次々に読みにくく覚えにくい人名や地名、古代遺跡の名前が出てくるので頭がへとへとになることが多かった。この分野にニューカマーである私としてはもっとテーマを絞って書かれたものを読みたかったところだが、注意すべき要点をおさらいするための本として書かれているのだからこれは仕方がない。あとがきに「読むということには忍耐も必要だし、読みこなす能力も必要となる。」と書かれており、今更ながらそうだったのかと合点するところがあった。
それに続くあとがきには「読者のなかに、もし自説なるものをお持ちの場合でも、一度それを横において淡々とおさらいをしてほしい。そのような機会は、誰にとっても一生にそう何度もあるわけではなかろう。」と書かれており、ごく大まかに言えば著者の意図はこれに凝縮されていると思った。
とは言え例示される事柄は古代を概観するのに要点となる事柄ばかりであり、出てくる名前、地名に目も頭もふらふらになりながら、楽しく読めたし良い勉強にもなった。読み始めた時点で予測した読み終わりの時期より半分の期間で読み終えることができた。例として取り上げられていた事柄がこの分野には初心者の域を出ない私にとって初めて知ることばかりだったし、著者の見解が歯切れよく信頼できそうなところが楽しく読み続けられた原動力だったと思う。
邪馬台国に関し著者は当然のこととして在九州説。大和説のほうにも目を向けてみたい気もする。しかし現時点ではこの著者を導師として、より細かな古代史に入り込んで行きたく思っている。新しい遺跡の発掘が進むにつれ古代史もどんどん書き換えられつつある。今後の進展も楽しみだ。著者はすでに亡くなられているが、著者の提唱するように中国・韓国の研究者と連携した研究の進展にも期待したい。