オハこんにちは!毎度!儲かってまっか?

さてタイトルのお話を綴っていきます。
ここで生活をしていく中で、毎日何度も何度も
生活の中でちょっとした困り事が起きた時、
『(心の声)あぁ〜持ってこれなかったアレがあればなぁ〜』頻繁にある、1にち数回、たびに介護認定を下げた評価をした、調査員、前の施設の職員、市役所のケースワーカー、恨み言を思ってしまう(怒)💢

そんな自分に嫌気がさす!😭
『もう済んだことだし、取り戻せるものでも
ない』といくら、自分に言いきかせても?
いちど思ってした事は、単純にストレスになってしまう。

マイナスなイメージを持たないようにしようと心に決めても、『あの工具が有れば!?』
みたいな事で、また繰り返してしまう。

何か他に興味のあることや、楽しいことがあればそれも少し和らぐかと思うけど、何も見当たりません。唯一の楽しみは、老人ホームでは味わえなかった普通の味の食事、普通に生活する人の男子の食事量(糖尿病には良くないけど)いろいろ調べたり、思ったり、考えるのだけれども何も見つかりません。

前回のブログで綴った状況が私を追い詰めてくるんです!
最近愚痴のようなマイナーなブログばっかりで申し訳ありません。心がその問題にとらわれ変われないのです。

介護認定の再調査の結果がもし良くて要介護になって施設に入所して車椅子に乗れたとしても、食事は前みたいに量は少なく、味も薄味、外出もままならない囚われの身になるのです。

介護認定が変わらなければ、生活保護を受けた市内でアパートを借りて独居するか? 自炊しなくてはならなくなり、買い物も自分で出かけなくてはなりません。車椅子も望めなくなり、良い事はありません?独居するにあたり、そこのY市内しか転居できず、さらに地方都市なので病院がほとんどありません、そこは前に書いたかもしれませんが私の骨折を捻挫と診断したやぶ病院です。(退院してから近くの整形外科でレントゲンを撮り診断していただいた結果骨折と確認されました。)ここ10年の間、意識障害で、気を失ったのはこの病院に2回の入院中だけです。他は一切無い?なぜ?
原因も特定せず退院させられてしまう、私にとっては鬼門と言うべき病院しかありません。

時間は有り余るほどあるのでまたじっくり考え調べて自分の生きるべき場所はどこなのか探るつもりです。

『何言ってるんだ!生活保護で人の手を借りなければ生活できない体なのに贅沢だ!』と言う自分の声も感じてしまいますが、別に自分の人生の残りをどうやって生きていくのか考えていくつもりです。

毎度、お読み頂きありがとうございます😊