久し振りの芝居鑑賞となった。
気が付けば2024年まる1年鑑賞が無く、芝居鑑賞は2023年7月のKENプロデュース公演【烈火の人】以来ちょうど2年振り。
※本当は2月にも同じKENプロデュースの公演に行く予定だったが体調不良で叶わず。
-今回の公演は…-
映像劇団テンアンツ【ひとくず】


"映像作品も舞台作品も作る"同劇団が制作した2019年の映画【ひとくず】を舞台化したもので、2022年初演の舞台の再演。映画出演俳優の一部が映画と同じ役で出演しているとの事。
劇場は下北沢に於いて"演劇の聖地"と呼ばれている本多劇場。


この劇場で公演をする事を目標にしている劇団は少なくないと聞くし、テンアンツにとってもそうだった様で…。
本来は前楽の8日に鑑賞予定だったのだけど、諸々の事情により前倒しで4日鑑賞…って、初日やないかい!(途中まで気付かなかった)
-かくして劇場に向かったのだが…-
14時開演という事で早めに下北沢に行き、強烈なインパクトの超極太麺を使うラーメン屋さんで塩ラーメンを食べつつ…

太っ
13時頃には本多劇場に到着。
すると開場前の劇場入口には劇団か出演俳優か、とにかく熱心なファンの方々が早くも長蛇の列を暑い中作っていたので、どうせ指定席だと思い30分ほど時間を潰してから再度劇場を訪ねると、劇場前の行列はまるっと無くなっていたので、開場したのかな?と思ったが、暑い中並ぶ行列を見て劇団側が気を利かせたのか、空調の効いたロビーを開放して行列を丸ごとロビーに移動しただけだった。
そしてこれが、悲劇の始まりだった…(大袈裟)
運営側の見立てが甘かったのか、本来は行列を作る様には出来ていない場所に強引に行列を作ってしまったのもあってか、場内整理やチケットの受付も儘ならずロビーは大混乱…並ぶ客側からも苛立ちを感じる声が飛ぶ…
素人意見だが、何が失敗って「並んだ順」ではなく「席種順」に受付をしたのが一番の失敗だったんじゃないかな。
SS席の方~、S席の方~、なんてやってたらそれは行列も崩れてぐちゃぐちゃになるし、並び順の受付じゃないなら何のために行列作ったんだよって、それはそうなるよ。
それぞれお客の名前をピン止めしたチケットをずらりと並べる、比較的ありがちな受付スタイルだったので色々な席種が混ざると受付スタッフが混乱するというのもわかるが、であれば受付テーブルをもう一脚置いて席種ごとに完全に窓口を分けてそれぞれに並ばせれば今回の様な混乱は無かったかも知れない。
開演時間の14時になっても未だチケットの手続きが出来ずに客席に入れないお客がロビーに100人以上いる異常事態に、初日限定で前説を担当すると告知されていた"前説師"ホーネット加藤さんと仰る方が「客席に誰もいないから」と言ってロビーに出て来てロビーで前説を始める始末。
調べたら"前説師ホーネット加藤"というのは同劇団の別の作品のキャラクターの様で、マスクを着けて素顔を隠し、演出家の大親友を自称しているが、演じてるのはどうやら同劇団の演出家兼主演俳優ご本人。道理で様々な権限を発動しまくってた訳だ(笑)
ロビーで前説というのは苦肉の策だったんだろうけど、ファンの人からすればたまらないプレミアなんだろう、以降大きな声を挙げるお客はいなくなった。
…とは言え、大幅に開演が押しているのは事実。
前説の場所を舞台上に移しつつ、ホーネット加藤さんが一人でヘロヘロになりながらあの手この手を使って笑いを取りまくった前説で引っ張る事、実に40分!
つまり開演時間が40分押すという異常事態。
X-JAPANのLIVEとかなら別としても、なかなかこれは"ごめんなさい"では済まない規模の遅延になってきていた。
本番を控えた役者陣が衣装のまま総出で客席に出て飲料水を配って歩く…など異例の対応に追われる中、前情報では上演時間休憩込み3時間と聞いていたのに、休憩込み3時間半である事が判明…
14時開演・上演3時間で17時終演の予定が14時40分開演・上演3時間半で18時10分終演に変更になれば、それは色々不都合が生じる人もいるだろう。
…と、作品の感想に入る前にここまでの長文になるのもまた"異例"である。
-やっとお芝居の話になるよ-
以下、めちゃくちゃネタバレあり、記録の為にご容赦願いたい。
---少女を救ったのは人間のくずだった…---
チラシやパンフレットの表紙に書かれた、扉文と言っていいんだろうか。
都合の良い言葉が次々と生まれてくる世の中、ここ10年近くの間に耳にする様になった言葉の中に【毒親】とか【親ガチャ】とか、そういう言葉がある。
生まれた時から既にマイナススタート、そんな境遇の人達の物語。
実は主演、演出、脚本を務める上西雄大さんの実体験が下敷きにある様子。
空巣家業をする男が盗みに入った家で出会った少女に自分と似た境遇を感じ、食べ物を買い与えるところから交流が始まる。
何を聞いても答えずただ怯える少女、電気もガスも止められたアパート、男は少女の腕に根性焼きの跡を見付け、虐待されている事を知る。
作品は、男と少女の交流を中心とした"現在"と、男の少年時代の出来事を描いた"過去"が交互に展開していく。
"現代"と"過去"は完全には切り替わらず、"現代"にいる人物の回想である事を印象付ける為か、"現代"の人物はその場に居て背景と化し、同じ舞台上で過去のシーンが繰り広げられる…という見せ方が多かった気がする。
(もちろん盆を回す事でセットを変えて完全に時代を切り替える場合も存在する)
…まぁ、実態としては、現代と過去を交互に繰り返すという構成上どうしても場面転換が増えてしまう為、舞台上の転換をなるべく減らす為の工夫、というのもあるのかも知れないな。
少女の母親がそうである様に、男の母親もまた「母親になれず女で居続け、女で居続ける為に子供が邪魔だった」人物であり、その近くには"惚れた弱み"につけ込んでオラつく男がいて子供を虐待し、母親はその男の近くに居続ける為に我が子を見殺しにする。
そんな境遇が合致したのか、男は少女を放っておけずちょくちょく顔を見せては世話を焼く様になり、そして鉢合わせた少女の母親に対しその不甲斐なさを怒鳴りつける。
徐々に男に対して心を開き、無邪気さと笑顔を取り戻していく少女と、逆にヒステリックになる母親。
まぁ、それは突然我が家に身元不詳の男が上がり込んできただけでも恐怖しかないのに、我が物顔で居座られた挙句に家庭の事情に口を挟まれて説教までされたら、そりゃ正気じゃいられないよね、と思うんだがいかがなものだろうか。
過去の経験からか心が荒んでいる男は、そんな母親と売り言葉に買い言葉と衝突を続けるが、やがて少女の母親も自分と同じ境遇の人間だという事に気付く。
また母親も男の乱暴な言葉遣いとは裏腹に、男に悪意がない事は感じてるんだろうな…という表情を時折しながらも、やはりこれまでの経緯が邪魔をして素直に受け取る事が出来ずに突っぱねてしまっている風な印象を受けた。わかるわーその気持ち。
一般的には"奇妙"としか映らないこの状況で、男、少女と母親、三人が三人とも不器用なりに一番収まりが良さそうな場所を模索する中で、母親の"彼氏"がそれを黙っておらず…。
かつて思春期時代に自分の母親を守ろうとして"彼氏"を殺めてしまった経験がある男、歴史は繰り返すのかとばかりにこの場でも母親の彼氏を殺めてしまう。
そんな状況で男と母親の関係は一層険悪に…と思ったが、少女へ真摯な態度で接し続ける男に、母親もまた徐々に態度を軟化させていく。
しかしある場面で、急に男にベタベタしだした母親にはびっくりしたなー…
軟化どころか"ふにゃふにゃ"じゃねーか!
冗談はさておき、仕方ない事なのかも知れないが、マイクを通さない生の声で怒鳴りあう為、セリフとしての聞こえは些か不十分に感じる箇所がいくつかある様に感じた。特に母親は甲高い声と怒鳴る発声が合わさって感情が昂る表現がとても良く伝わってきた分、セリフの明瞭さが犠牲になってた印象を受けたな。
まぁ、某大手ミュージカル劇団の様に感情を殺してまでセリフに明晰さを求める趣旨ではないのかも知れない。
自身の少年時代を投影した少女とその母親との交流を経て、自身も徐々に態度を軟化させていった男は少女の身体にある虐待の跡が原因で少女が虐められている事を知り、少女の身体の傷を治してやると約束する。
そして、そんな少女の事を理解してやれない母親に怒りをぶつけ、それを受けた母親は子供の愛し方がわからないと思いの丈をぶつける。
男も自分の過去を母親に話し、そして少女の母親に本当の家族になって少女の父親と母親になれないかなと呟き、母親も少女もそれを受け入れる。
少女の誕生日当日に少女の担任、児相職員、かつて男と何らかの関わりがあったと見えるこども食堂の運営者…かつて虐待される自分を身体を張って助けてくれようとした当時の担任であったその人を単身訪ねた男は、母親と少女と家族になる事を報告し、そして頭を下げて、少女との約束…虐待の跡を治してやれる医者を探す協力を依頼する。
このシーンで、過去の記憶の中で歌う担任の先生と、現在のこども食堂の運営者の歌声が重なる美しい演出がある。
男の中にある当時の記憶と同じ記憶が、先生の中にもあるんだという事を印象付ける感動的な演出だった。
がしかし、ケーキとプレゼントを抱えた男は家の前で突然警察に取り囲まれ、件の殺傷容疑で少女の目前で逮捕される。泣き叫ぶ少女の目の前で連行される男。
このシーンが本当にすごかった。
今作品唯一の子役である少女の凄まじい熱演。
その熱演ぶりに、シーンが終わる前に客席から拍手が巻き起こる。
凄いなあの子…。
あ、そう言えば男の子供時代も子役だとばかり思ってたけど、27歳の女性劇団員だった…そう言えば前説で弄られてたな。身長131センチしかないんだとか。
上を向きかけた生活がまた転落してしまった母親だったが、自分が娘に対し愛情を注げなかった事を後悔したのと同じ様に、やはり後悔に苛まれていた自分の母親と会い、許す事でわだかまりを解き…、長い時間が過ぎて出所した男を出迎えたのは手術を受けて虐待の跡が消え、そして大人になった"娘"、すっかり角が取れた"妻"、それから大きな後悔が残ったままになっていた"母親"
母親と抱き合い、それまでの過去を清算する様に大声で泣いた男。
不器用な人間同士が、過ちを犯しすれ違い、それでも頑張って愛そうとした、親子三代に渡る感動的な愛の物語だった。
作品の性格上、暴力的な言葉遣いやシーンを多用していて子役が出演している舞台とは思えないくらい教育上よろしくない台詞やシーンも多い。
しかし、これが全くの架空の物語ではなく、実際にこの様な境遇に置かれてる人がいるんだという問題提起をしている様にも見える作品だった。
カーテンコールでは、開口一番に不手際の謝罪をしつつ、この作品の未来について語られた。


この舞台の元になったのは映画だが、当時の映画には盛り込めなかった要素を沢山盛り込んだこの舞台を足掛かりに、今度は映画のリメイクを目標にするとの事。
リメイク版映画が出るなら是非観たいが、その前に原作の映画のDVDをamazonでポチっとやらかした。
※オンデマンドより実物が欲しい世代。



