きのうは、福井の吹奏楽団の練習でした。

行きは台風の影響で雨風共に強く、早めに出て正解でした。

今日は、予定を変更してコンクールの練習ということでした。

場所も僕は始めていく場所で他の練習場所より狭いこともありました。

緊張感。

コンクールまで一か月切ってます。その中で、僕は県大会も、北陸大会も経験していない状態。

吹くパートも確定ではありません。

曲もよく知らないです。

練習に出られる回数は限られています(東京や大阪でレッスンや本番が重なっているため)。

この楽団のサウンドと、通ってきた道を知らなくては、と思いました。

結果。緊張しすぎ、考え過ぎでくらくらしました。

僕は普段練習でチューナーを使いません。ピアノは使うことあります。

聴音なんて全然。相対音感で頑張ります。

響きのベクトルをどうやって合わせたらいいか、どうもわからないのです。

チューナーのメーター?いや、音程はあっても、それでは響きのベクトルは合わない。
自分の音を針で見ることになってしまう。使い方は慎重にするべきと思っていました。

でもみんなチューナーを見ている。そのプレッシャー。音程があっていないのは自分だけ??

ハーモニーはメロディーラインに沿って、また、調性に沿って動いていきます。あるいはおきて破りの面白い使い方もあるかと思います。

メロディーラインが三度の音程を持っていることが多々あります。それは、おそらく三度の音程の音色、音程のさじ加減がもっとも音楽に反映されるから。そしてハーモニーからハーモニーへの移り変わりはどの調からどの調へと移動するかによって取り方が変わってくると思います。平均律では片付かない難しいところです。

何か、僕の経験してきた調性感が通用しない。多分なじんでいないからでしょう。

僕が様子を見てしまっている。こういう合わせ方はよくない。自分もサウンド作りに関わらないと。一部にならないと。様子を見ている場合ではありません。反省点。

曲の構造をつかむこともできていない。音源は昨日いただけたので、ストーリーはわかってきましたが、テクスチャーがまだ全然つかめないです。スコアもないし。

曲が分からないことと、音程と方向性がつかめないことがかなりのプレッシャーとなって、雰囲気にも慣れないまま練習を終えてしまいました。

ちょっと焦ってますね。軽減に努めたつもりでしたが、知らず知らずのうちに固まっていたようです。

帰り、身体のあちこちが見事に悲鳴を上げました。頭痛。首の後ろの妙な感じ。

考えていることが見事に身体に反映されてしまっていたのでした。

もう一度、どうして音楽したいのか、この団でやりたいのか、全国大会に出て何をしたいのか、よーく自分の願いにフォーカスしてみよう。自分の身体にアクセスしてみよう。

書いていて思いましたが、~なくては、という考えがいたるところに見受けられます。自分はこうしたい、じゃあみんなと合わせるのにこうしたい、という考えに置き換えていきます。

念のために。別に入っているところの批判をしているわけではないです。自分が感じたプレッシャーは、自分で作り出しているもの。いい解決方法が、あるはずなのです。

でも、出来るなら、団員の方と本番前にしっかりコミュニケーションをとりたいものです。

新入団員の悩みでした。

まあ、こういうのも悪くない。ふたつよいことさてないものよ。

解決して、明るい調へむかいませう。課題曲も、自由曲も、きれいな曲です。



しゅうまい