1.はじめに
 働くことは「生活の糧」であるとする意見が大勢を占めるものであると考えますが、これは当然のことであり、その労働機会(雇用)があってこそ日常における生活が成り立つ訳であり、その労働機会が安定的に継続されることこそが安心・安全に暮らしていける基盤となることが基本中の基本であります。
 この働くこと(労働)というものに対する価値は個人によって様々であり、その個人の価値による労働環境の実現が求められており喫緊の課題であるといえます。
 まず、そもそも「勤労」とは社会において自己の生活を維持ないし向上させていくために賃金等対価を得る目的の活動であり、「勤労者」とは、それを具体化実現する活動主体であると推測できるのではないでしょうか。
 日本国憲法27条1項は「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と定められています。
 ここでいう「勤労の権利」(労働権)は国に対して一定の政策的な義務を課したものであり、その権利を保障したものではないというのが通説になっています。
 この政策的な義務については、①労働者が自己の能力と適正を活かした労働の機会を得ることができるような制度を設ける義務②そのような労働の機会を得ることができない労働者に対し、所得の保証を行う制度を設ける義務であります。
 以上のことを踏まえながら、今回のテーマ「働く」ことについて多角的に考えてみることにします。
2.現代情勢
 時代も昭和から平成になり、産業構造が大きく変化をして、第二次産業から第三次産業へと主たる産業がシフトをし、産業・情報技術の発達が目覚ましく、IT化という言葉すら造られるような社会に変化を遂げました。 社会全体で見て人々の学歴が高くなったことや、働く人々の意識も含め、 職業生活と家庭生活の調和が社会全体の問題として意識されはじめました。
 具体的には、①主として、サービス経済化という言葉に代表されるように、サービス産業が主たるアクターとして経済活動を行う中で、各企業の国際競争力の維持・向上、人件費(報酬、雇用管理コスト、 税・社会保険負担)の削減を背景に、非典型労働者と総括して呼称されるような、パートタイム労働者、 派遣労働者、請負等契約労働者が活用される割合が従来に比して高まった。②また、主として体を使う仕事よりは、むしろ頭脳を駆使して独自の判断で業務を処理する職種・職務が広がりを見せているが、このために、職場組織がホワイトカラー化の状況になった。③さらに、特に女性については、高学歴が進む中で、従来であれば結婚・妊娠・出産により就業を継続していなかった人々が、何らかの形で就業を継続しようと試みる場合も多くあると考えられるところ、仕事と家庭の両立という問題が社会的に関心を引くこととなった。④このため女性は、先のような非典型労働者として就業する場合も考えられようし、SOHO・在宅・テレワークといった職場外における労働形態により就業することも選択肢として十分考えられるようになってきた。⑤さらには、若年者や高齢者の就業の場としても十分にありうると考えられ、近年爆発的に認証件数が増加しているNPOにおける主として営利を目的としない社会貢献活動としての就業を行うということも考えられるのであります。
 つまり、社会経済が大きく変化した今日、企業や組織が活用したり人々が利用したりする就業形態が、 詳細に把握しきれないほどに多様化しており、従前に言うところの製造業を中心とした労働者層ではない、想定できない、画一的統一的に把握しきれない労働ないし労働者層が、社会全体で広がっているという動かしがたい事実が存在するのであります。
 変化し続ける社会が旧来の社会産業構造へと回帰するとは現時点では到底考えられず、そうであるならば、この多様化という現象は今後より一層広がっていくことが予想されます。
3.心理学から労働を考えてみる。
 心理学の一部に産業・組織心理学という学問分野があります。
これは、心理学の一分野で、仕事あるいは広く職業についている人々の行動を研究する学問領域と定義がされ、1913年ミュンスターベルクの著書「心理学と産業能率」が刊行されたことがきっかけで、この学問分野が誕生したといわれています。
 この学問領域として主なものには、①組織部門②人事部門③作業部門④市場部門などがあり、アーゴノミクス(人間工学)や人事評価、キャリア発達・育成、日本的経営、組織の有効性、組織文化、組織環境、職務満足感と生活満足感など、多種多様なテーマでの研究が行われています。
 今回は、人事評価とキャリア発達・育成について考えてみることにします。
(1)人事評価
 人事評価を大別しますと人事考課とヒューマンアセスメントの2つに分けることができます。
 まず人事考課でありますが、これは働く人の処遇の決定に必要な情報(能力・適正・業績・成績等)を的確に把握し主に昇給・賞与・異動・昇進の判断基準とする考え方であります。
 人事考課の評価内容には大きく①情意や態度などのパーソナリテイ特性②能力③適正④勤怠⑤仕事の結果である成績・実績・業績・職務行動などであります。
 人事考課の考課方法として、評定尺度法やプロブスト法、成績順位法、記録法、相対比較法など多様な方法があります。
 人事考課は人が人を評価するものであり、そこにはハロー効果をはじめとして、中心化傾向、寛大化傾向、論理的誤差、対比誤差などの心理的エラーが付きまとう可能性が強く、また考課者自体が考課の意義や目的、結果の利用について十分理解しておらず、おざなり、もしくは恣意的な評価をする危険性を孕んでおりそれらの問題点を克服していくことが必要であります。
 なお近年、評価に関してはコンピテンシーという言葉が業績や成果の結びつきが強い概念として用いられていますが、未だ明確な概念が定まっていないのが現状であります。
 続いてヒューマンアセスメントでありますが、人事考課が結果を重視しそれを処遇に反映したり、そこから今後の能力開発の課題を発見しようとするのに対して、今後想定される職位や管理的な職位に候補者が十分耐えられるかどうかを評価するものであります。
 具体的には、プレゼンテーション、集団討議などの課題を遂行させ、専門家に評価をしてもらうという方法であります。
 この方法は時間と費用がかかるという欠点がありますが、潜在的な能力を事前に判定するという意味においては有効な手段だといえるのではないでしょうか。
(2)キャリア発達・育成
キャリアは一般的には職務経歴と定義されます。最近では、個人のすべての生活役割をカバーするものにまで拡大してきており、生涯におけるすべての役割を扱うとする考え方があります。
 キャリアの発達研究としては、人の一生を成長、探索、確立、維持、下降の各段階にわけ成長期を除く4段階について検討しているスーパー(Super,D,E)の研究が著名であるが、アームストロング(Armstorong.M)は人事労務管理の視点からキャリア発達をキャリアの出発点の拡大期、キャリアパスの確立期、成熟期に分類し、成熟期に人々は、成長を続けたり、プラトー状態に陥ったり、停滞もしくは下降状態のいずれかをたどり、人によって発達や進歩の度合いは異なるとしています。
 また、キャリア発達過程におけるキャリア選択には個人のキャリアを導き、制約し、安定させ、かつ、統合するキャリア・アンカーが大きな影響をもつとされ、それはその人が最も放棄したがらない欲求、才能、価値観の組み合わせであるとされています。
キャリア発達を促進する要因
個人のキャリアは、様々な支援を含む促進要因を受けて発達が遂げられるのであります。
 この促進要因として大きく4つに分類されます。
一つは、キャリア・アンカーに支えられた自己啓発であります。働く人々のキャリア形成・発達は、自分の意思で積極的に仕事に関する知識・技術を高めていこうとする意欲、すなわち自己啓発意欲がないと以下の第二、第三、第四の条件が整ったとしても円滑に進まないとされています。
第二は、職業生活に入る前の家庭生活、学校生活、そして地域社会における生活の中で学習や友人や先輩との交流、テレビや読書から得られる知識・情報などであります。
第三に、企業が企業目的の円滑な遂行を目的に行う教育訓練・能力開発であります。能力開発には仕事をしながら行うOJTと仕事から離れて行うOFF-JTがあります。
 キャリア開発の視点から、この2つの組み合わせを計画的に行い能力開発を行う必要があります。
 また、自己啓発を奨励し、それを支援する様々な制度が必要であります。
第四は、メンターとメンタリングであります。メンターとは、その人が持っている知識や経験、ある種の力を用いて、それらを持たないプロトジーのキャリアの成功を助ける人のことであります。
 メンターの多くは年長者であり、メンターとプロトジーの関係は両者の共通する価値観やシンパシーなどの上になりたっている私的な関係であるが、近年は、組織が両者の組み合わせを仲介して積極的にキャリア開発に役立てようとする事例もみられるようになりました。
 多くの研究はクラム(Kram,K.E)の分類に従い直接キャリア発達を促進するキャリア機能と情緒的な安定や心理的な変容・承認の面で支える心理・社会的機能に大別していますが、現実に職業人としての手本となる役割モデルをひとつの重要な機能として独立させている研究も進められています。