小4の11月に右耳を失聴して以降、左耳(50dB)だけで過ごす。

小4の2月に再び突発性難聴を発症し、左耳も80dBまで低下したが、
対応が早かったため60~70dBに戻すことができた。

先生やクラスメイトに恵まれたことは幸運だったと思う。
たくさん遊び、たくさん本を読んだ。

中学から学び始めた英語の発音・アクセントに大苦戦。
たまらず、左耳に耳穴式の補聴器を使用することを決断した。
耳掛け式は高性能だが、走るとき(陸上部)の邪魔にならないよう、
小さいことを重視した。

大学4年のとき、障害者手帳取得のため大学病院へ検査通院。
聴力は6級相当(左耳70dB、右耳100dB)だが、語音明瞭度は10%という
低さのため、4級に認定された。

これ以降、59歳の12月まで耳鼻科への通院履歴がない。

そこそこ大手の金融機関に就職。
合併によって4つの社名を経験したが、自分は転職したことはない。
いつのまにか40年目に突入した。