4月もへいわ。
5月もへいわ。
5月はゴールデンウィークに帰りました。車で。
なんだか楽しかった

衣装きめてハンバーグ。
5月26日
茂おじちゃんが倒れたと
崎陽軒の準備でかなりバタバタ
不安すぎてもうやりたくない。今さらお金と友人だけでやる不安。
準備途中のまま新幹線で、旗の台病院。
もうだめだと聞く。
涙が止まらない。
必死で手をつなぐ。あったかい。むちむち。目はもう瞳孔が開いてしまっている。もうダメみたい。意識がちょっとあるみたいで、必死に話しかける。
お腹に手を当てる。
この子を喜んでくれているよう。
茂おじちゃんのきもちをこの子に伝わるように。
あとちょっとだった。
茂おじちゃんの希望とおり女の子なのに。
抱いてもらい連れていくのがめちゃくちゃ楽しみだった。
悔しい。
こうたくんと万葉で語って以来、ずっとおじちゃんにに赤ちゃん会わせるのが夢だった。
「かおちゃんの赤ちゃんが生まれるまで死ねないよ

」
ひろちゃんから聞いた。
仙台いきが決まってから
ずっとずっと味方だった
ありがとうおじちゃん。
12月に病院いったとき
プレゼントを喜んでくれたこと 強い意思
ありがとう。
いつも味方
いつも考えかたに賛同してくれた
かおちゃんは優しいから心配だって言ってたね。
おじちゃんのメール
いつも自分のことじゃなくあたしの体調気遣うメール
透析でふらふらなはずなのに
結婚式で仙台まで来てくれてありがとう。
中華街にいけなくてごめんなさい
もっと話したかった
もっと喜んでもらいたかった
いつも強気だから
いつもどっかで頼りにしてたのかもしれない
あと半年でいいから生きて欲しかった
最後に話したかった
赤ちゃん会ってよ
おじちゃん
産まれてくる命があるからおじちゃんは亡くなった
ありの会社のひとたちは
赤ちゃんに障害や悪いとこがでないように、いまおじちゃんが持って亡くなったと言う。
だからこの子が産まれてくるのかな
おじちゃんはなんて名前が良かったの
家族が減っていって寂しい
増えていくのが嬉しい
おじちゃんお父さんが死んじゃってからずっとありがとう。
いつもいつも味方してくれてありがとう。
いつも誉めてくれてありがとう。
ほんとに出来るならもう一回会いたいです
最後は病気と戦ってつらかったかもだけど
常に前をむいて弱音を全く吐かない
ほんと尊敬してます
ありがとう