なたを大切に

してくれる人はいますか?

 

 

 

私は、

今年20歳になる男性です

 

 

野球を

高校までしてました

 

 

☑️人に

喜ばれることが好きです

 

☑️人を

見ているのが好きです

 

☑️人に

気を使わせるのが嫌いです

 

☑️人に

気を使ってしまいます

 

☑️友達が

困っていたら助けたいです

 

☑️自分が

困っていたら頼りたいけど

うまく頼れません。

 

☑️自分が楽しくても

周りが楽しくなきゃ嫌です

 

☑️意識すると

緊張してしまいます

 

☑️怒られると

小さくなってしまいます

 

☑️怒ると

後で変に後悔します

 

☑️お金があると

使ってしまいます

 

☑️異性がいると

なぜか楽しくなります

 

☑️同性ばかりだと

何かもの足りないです

 

☑️親友は

死んでも守りたいです

 

☑️誰にでも

愛情を持って接したいです・・・

でも、

苦手な人にはできません

 

 

んな人間です。

 

 

普段生活していて

楽しかったり寂しかったり

 

 

誰かと話したかったり

たまに甘えたかったり

 

 

する時があります。

 

 

自分を客観的に見たら

目を瞑りたくなります

 

だって、

心の底から笑って

ないのが分かるから

 

 

あの人は羨ましい

あの人になりたい

 

 

あの人にみたいになりたくない

あの人は理解できない

 

 

そんなことを考えたり

 

 

自分がカッコイイと

思ったことをしてみたり

 

 

尊敬する人の

真似をしてみたり

 

 

どんどんが

「素」の自分が

わからなくなり

 

 

環境や心情の変化で

自分が成長する

 

 

れが

良いのか悪いんか

 

 

いや、

 

 

それが普通なのか・・

 

 

そんなことを考えて

生きているかもしれない

 

は少し変わってる

 

 

大人数が集まり

多数決を取ると大体

少人数の意見の方になる

 

 

大人数の意見が正しいのか

少人数の意見が正しいのか

 

 

答えは明確に

分からないけど

 

なぜか、

大人数の意見が正しくなる

 

 

結果的に、

 

いつも

「ほら、だから言うたやん」

「それじゃあ、あかんて」

 

 

そんなことを思う

 

 

もちろん逆に

「そんな考えがあるのか」

「人がいればいるほど案が出てすごい」

 

 

なんて

思うこともある

 

 

結局人は、

今まで自分が

生きてきた経験を

 

もとに自分の中の

正解を持っている

 

 

それが今自分の

知っている正解だから

 

でもそれが不正解に変わり

新しい正解が見えた時は

 

 

感動する人と

その場から離れる人がいる

 

 

はここが

その人の分岐点だと思う

 

 

自分の失敗を認めて

新たに、経験値を上げて

 

 

人生の質を上げることが

楽しい人生への近道。

 

 

自分の価値観と違う人と

関わるのをやめるのでは無く

 

 

もっと関わる方が

今後の人生が楽しくなる

 

批判したりするのでは無く

一旦聞き入れてみる。

 

 

それで

なのが本当に正しいのかを

考えてみるのが

 

 

正解だと思う

 

 

あれ???

結局何が言いたいの??

 

 

 

が今言いたいのは、

環境や周りの人で

 

 

「素」の自分がなくなり

新しい自分ができるということ

 

 

近は、

環境に流され

 

 

「人」が変わって

しまう大学生が多い

 

 

しかも、自分が環境に

流されていることに気づかずに

 

 

それが良いのか

悪いのかも判断できない

 

 

まるでアリ地獄の

ような場所にいる人が多い

 

 

そうなると、

 

今の自分の考え方を

「絶対正しい」と思ってしまう

 

自分の考えと

違う人がいれば

 

 

批判するようになり

見下すようになってしまう

 

 

そして「自分」という

存在を忘れてしまい

 

 

今の現状にコミットしてしまい、

気づいた時には、

 

 

「あれ?」

「私何してるんだろう?」

「やばくない?もう大人だよ」

 

 

ってなってる

その時点から

 

もがいても、

今までの時間は取り戻せない・・・

 

いつからこんな

自分になってしまったんだ。

 

 

そんなことを考え出す。

でも、その中には「後悔」というのが

あまり出でこない!

 

 

なぜなら

 

「いつ」「どこで」

踏み外したのか

自分では分からないから・・

 

 

 

人に聞いても

周りにいるのは

自分に似た人間ばかり・・

 

 

完全にアリ地獄の中に

入ってしまった状況と同じである・・

 

 

 

ちなみに

この状況に

1回僕がなっている・・・・

 

 

この状況から救ってくれたのは

「仲間」だった。

 

 

近くにいるのに遠くから

静かに見守ってくれていた仲間がいた

 

 

私はその仲間に、

「俺がおかしくなった言ってな」

 

 

と言っていたらしい・・

 

 

それで僕は知らされた。

いつから暴走したのか分からない。

 

 

話を聞くと、

周りにも迷惑かけていた。

 

 

仲間が自分に

言いづらいことも言ってくれた

 

 

しかもそれは、

 

 

後輩だった

大事にしてきた後輩だった

 

 

自分なりに愛情を

持って接していた後輩だった

 

 

そんな後輩が

自分に話してくれた。

 

 

1人になった時に

涙が溢れ出てきた。

 

「バカだ・・」

「何してるんだ・・」

「大切な仲間を巻き込んだ・・」

 

 

と後悔する涙と

 

「後輩」と

「後輩の背中を押してくれた

タメの友達」

 

への感謝と嬉し涙が

入り混じっていた記憶がある

 

 

それから

自分は、暴走しなくなった

 

 

迷惑かけた人に謝った。

もちろん、謝れなかった人もいる

 

 

でも、それからは

みんなに恩返しをすることを決めた

 

 

でも、自分の中での

最高の恩返しは

「結果」としてできなかった。

 

 

悔しかった。

申し訳なかった。

 

 

学からの付き合いで

高校でもお世話になった先輩が

 

 

その日に、

大事な予定があってこれないと

連絡が入っていた

 

 

負けて、言葉が出ずに

下を向いている自分の背中を誰かが叩いた。

 

 

 

その先輩がいた。

 

 

 

「なんで」「え・・」

 

 

先輩「お疲れ!予定ドタキャンしてきたわ」

「けど、来てよかった。よく頑張ったな」

 

 

そう言われて

私は号泣しました。

 

 

 

嬉しかったし、

貧血のように力抜けた

 

 

おそらく1時間ぐらい

泣いていたであろう

 

 

仲間に恩返しが

できなかった

 

素直に謝りたかった

 

 

みんなが負けて

泣いてるのを見ていたら

 

 

なぜかみんなが自分に

「ありがとう」と自分のところに来る

 

「お前がいなきゃ

ここまで来れなかった」

 

「もう後悔ないわ」

 

「よく揉めたけど、

楽しかったな」

 

 

この経験から、

私がわかったのは

 

 

「私何してるんだろう?」

 

「これあかんやろ」

 

 

と思った時は

絶対にやめなければならない

 

 

何かに流されている時も

必ず、自分の中で

 

 

「あれ??」

 

という

感覚があるはずです

 

 

 

自分はそれを

 

 

「これでいい」

 

 

と自分に言い聞かせて

それが最悪な

結果になってしまったんです

 

 

「素」の自分なんて

どこにあるか分からない

 

 

だからこそ、

自分が浮かれて

しまっている時こそ

 

 

自分の心に

「それで良いのか?」

 

 

聞いてみることが

良いんだなと思いました

 

 

18歳で

この経験を出来た私は

 

 

今、人に喜んで

もらえる仕事をしています

 

 

まだまだ未熟ですが

素晴らしい師匠の元で

精進しています。

 

 

だまだ若い僕ですが

生きていて気づいたこと

 

 

わかったことをブログに

残していこうと思います

 

 

最後まで読んでいただき

ありがとうございました。