その日以来、悠子が持っている陰はさらに強くなった。
俺は変わらず毎日のように英国茶館に行っていたが、あのゴルフ部の部長で金持ちのボンボン、井上慶介が惚けて言う他愛無いギャグにも強いて悠子は笑う事はなかった。

みんな口には出さずとも悠子が一平と別れたことはわかっていて、悠子を何とか元気づけたいと躍起になっていたのだ。

もう一人ゴルフ部の後輩で大学2年の田沼博という奴が慶介に連れて来られ、この店の常連になっていた。身長が187cmもある大男だったが、痩せぎすで体重は俺より軽く70kgに満たなかった。しかも大柄の癖に話にならないくらい気が小さいのだ。こいつも裕福な家庭のボンボンで、いまでも親から『ひろしチャン』と呼ばれているらしい。こういう奴は俺のような危険な匂いのする人間に憧れを持っていて、出会うと俺の些細な武勇伝とか『こういうときどうするのか』とか根掘り葉掘り聞きたがる。そんなことはいざとならないと俺自身もわからないのだ。

彼がこの店の常連になったのは、一才歳上になる美由紀がお目当てだったからだ。信じられないが物好きとしか言いようがない。長身とは言っても見た目ヌボーとしているので、とてもイケメンとかいい男とか言えない。しかも低レベルで同等でも美由紀は身長155cmくらいだから、
二人並んでもお似合いとはお世辞にも言えなかった。もっとも自分がいい女だと勘違いしている美由紀だから彼など眼中に入るはずもなかった。

1ヶ月もせず俺は別の運送会社に転職し、あの一平の運送会社はその後1年もせずに社会から消えた。
大学の新学期が始まると同時に優子は英国茶館のバイトから離れ、たまに俺と一緒に来るくらいで滅多にここに訪れることはなかった。しかし、悠子とは電話で連絡を取ってたようで悠子の状況には俺より詳しかった。

優子は英研部に入っていたので大学が終わるのは夕方6時~7時頃だった。
夏休みより会える回数は少なくなったとは言え、やはり出来るだけ俺は迎えに行くというライフスタイルを変えなかった。
俺と優子の仲は益々深まり、強いて話せるようなドラマチックな出来事は何も起こらない平穏無事な日々が続いた。

優子は賢く素直な性格で兎に角俺の気分を害するような余計な事は全くしなかった。
勉強やクラブ活動に励み、目標に向かいながら両親の要望にも応え、その上で俺との時間を大切にした。実際会えたとしても一日1時間程度だが、それでも何よりも充実した時間だったし、いつも一緒に生きてる感覚を持っていた。

出逢会って2ケ月もしないうちに相手のことで知らない事はないという程にまでなって、相手が何を考えているかがわかる。相手が何を望んでいるのか、どう判断するかもわかる。
そんな不思議な感覚がずっと続いていた。だから、この時間ここにいるのではないかと思うとそこで出逢ったり、何かをしようと提案すると同じ事を考えていたり、そんな言葉を超えた偶然が起こることも頻繁にあった。

確かに優子に出会う前の俺とは全く変化し、殆ど他の若い奴と変わらない感じになっていた。ただ、強いて言えば部活の発表会や学園祭に来て欲しいと言われると、やはり不自由な違和感を覚える。ましてや友達と会って欲しいなどと言われると益々閉口する。
それでも優子の希望だから出来るだけ俺は付き合うことにしていた。
しかし、優子の友達の俺に対する第一印象はやはりこれまでの女性と同じだった。
『優子の彼氏って感じじゃないね。』とか『ナンか似合わないって感じ。』
生活はある程度変えることができても、俺が発散する波動はまだまだ変えることはできなかったのだ。もっとも優子がそれを気にする事は全くなかった。

彼女が短大に入って半年も経つとクラブの打ち上げとかで遅くなったり、次第に親の厳しさも緩くなってきた。彼女と揉めたというほどではないが、彼女が友達と野外のロックコンサートに行くということになった。いくつものアマチュアバンドが参加するフリーのイベントで夜中まであるということだったが、9時には帰るから迎えに来て欲しいと言われ俺は行く約束をした。

会場に着くと会場の周りはヤンキーを含む若者でごった返していた。実はこれまで俺が車以外に関心を開いてきた一つに音楽があった。俺は中学からギターを弾き始め、大学に入学したころは走り仲間と2年間くらいバンドを組んでいた。だからライブなども何度も経験している。
しかし、自分がやるのは全然構わないのに他人のライブとなると行く気にはなれない。
自分の実力はさて置き、タダでさえ人ゴミが嫌いな俺は会場内に流れる聴くに耐えない、けたたましい騒音に気分を逆撫でされ段々イライラしてくるのだ。
それにもましてヤンキーの荒々しい波動がビンビン伝わってくる。

俺は駐車場に車を置いて待ち合わせらしき場所に向かったが、人ごみの中で中々優子を見つける事が出来ずにいた。優子が慌てたように俺の前に現れたのは9時15分を過ぎていた。しかし、様子が何かおかしい。

「タカさん、スケジュールが押しちゃってお目当てのバンドが今からなのもうちょっと待っててくれる。」
「わかった。」かなり限界まで来ていたが30分という事で待つことにした。
当然優子のことが気がかりだからだ。

やがて30分が過ぎたが優子は中々戻って来なかった。
優子が現れたのは10時ちょっと前、既に俺はかなりイライラしていた。
しかし、優子から出た言葉は「友達が楽屋まで行こうと言うの、行ってきていい?」だった。

この言葉に俺は切れた。
後にも先にも俺が優子に切れたのはこれが最初で最後だった

「行って来いよ。俺は帰るから、タクシーで帰るんだぞっ。」
俺は無表情で言葉少なにそう言うと優子に背中を見せて車の方に向かった。
優子は呆然としていたようだったが、追いかけてくる気配はなかった。
俺は振り返ることなく足早に先を急ぐ。
情けないが気持ちが抑えきれず、その辺のヤンキーをブン殴りたい衝動に駆られる。
本当に久しぶりのことだった。
優子に対する独占欲か或いはジェラシーなのだろうか?

車について煙草に火をつけた。『クソッ!』という言葉が口をついて出る。
俺はまだまだ未成熟で人に振り回されるのは例え優子でも我慢ならなった。
おまけに、帰る車で混んでいて中々公道に出る会場の出口に着くことができないでいた。
自分の心の狭さを悔やみながらもどうしても人間関係に振り回される憤りが葛藤となって俺の中で闘っていた。

しかし、出口に近づくと意外なことに先周りして待っている優子が目に入った。
不安な様子で一台一台確認しながらこちらに向かってくる。
ヤンキーが窓を開けて身を乗り出し優子に声を掛けたり、口笛を鳴らしたりしているが、優子は全く気にもせず多くの車の中から必死にシルビアを探そうとあたりを忙しく見回していた。
やがて彼女の視界にシルビアが入ったのか動きが一瞬止まる。
直ぐに笑顔を取り戻し一直線にこっちに向かって走り出してきた。

俺の車に着く頃には目に涙を溜めていた。
彼女は乗り込むなり大粒の涙を流しながら『ごめんね。ごめんね。』と何度も呟いていた。

優子は嬉しくても悲しくても本当によく泣く女だった。

『俺と出合わなければもっと青春の時を自由に謳歌できたのに・・・。』
と俺は彼女に申し訳ない気持ちになった。

俺は他人が俺の中に入ってくることに不慣れで違和感を覚えるが、
逆に自分が人の負担になることも気持ちが悪く落ち着かないのだ。

優子はシートに深く身を沈めたまま、泣いているのか笑っているのかわからない表情で話し出した。
「どうしたんだろうねえ、わたし・・・。高校のときも好きなバンドだったからライブのあと楽屋に遊びにいったの。友達に行こうって誘われた時も行きたいと思ったからタカさんに我侭言ったんだけど、たまにはいいかなって思った。でもタカさんがわたしの前から消えて、友達と楽屋に向かっていたら、そのバンドに全く興味がないってわかったの。わたし何してるのかしら、みたいに。多分タカさんへの思いはあっても自分は自由に動けるんだ!みたいな気持ちだったのだろうけど・・・でも駄目だった。それから必死で走って追いかけて間に合わなかったらどうしようと思ったら悲しくなっちゃって、会えたからよかったけど、でもまたそれで涙ができてきちゃって。何でだろうねえ。」
そう笑い泣きしながら目じりの涙を拭う。
優子の話は支離滅裂だったが、何となく気持ちはわかった。

優子があまりにも素直だからこれまで気がつかなかったが、
この娘も自分の人生に突然訪れた出会いを消化できずにそれなりに葛藤していたのだ。

俺の気持ちを支えていたのは初めて出会った時感じた『こいつだ!』だけしかなかった。
しかし、この先本当にどうなるかはわからない。
俺は自分の人生は自分で切り拓くしかないといつも思っていた。
しかし彼女とのことだけは自分の努力だけではどうにもならないと感じていた。
何故か『天の意志に任せるしかない。』そんな思いがいつもあった。
彼女とのことだけは天に委ねて真摯に生きようと思っていた。

さらに焦らず気負わず自分の欲望に惑わされず、
優子との時間を大切に生きようと決心したできごとだった。

やがて、優子と出会って4ケ月を迎えクリスマスも間近になっていた。
俺らの仲は言うまでもなく順調に進んで行った。

新しい運送会社に入って中距離になったため夜間に走ることが多くなった分休みも増えた。
休みと言っても夜勤開けだから昼過ぎまでは寝ているのだ。
滅多にないことだが、優子が休みのときや休講とかあるとアパートに俺を起こしに来てくれることもあった。
別にそれは今始まったことじゃなく、付き合い出して1ケ月もしないうちから時間が合えば
俺のアパートに朝飯とかを作りに来てくれていた。
彼女は素直なので、ただそのためだけに喜んで来るのだ。

鍵のありかがわかるので俺を起こさないよう彼女はそーっと入ってきて朝食の準備に取り掛かる。
目が覚めたとき彼女が料理をしている後姿を見るのは何とも言えない幸福感を感じるのだった。
出来上がっても彼女は俺を起こさない。
時間があれば起きるまで待っていたし、ないときは置手紙をしてそのまま帰ることもあった。

彼女の素直さは単純で何も考えていない。よく言えば恣意がないのだが、この頃になると
「タカさん一度うちに遊びに来てよ。おかあさんにも会って欲しいし・・・。」
としつこく口にするようになった。
行ったらどうなるか俺には想像付いたが、彼女には俺が行かない理由が理解できなかった。
その度に俺は「いつかね。」としか言えない。
彼女のためには行ってやりたい気持ちもあったし俺は平気なのだが、
警察官のエリートの家庭となると自信はなかった。
俺はジーパンに革ジャン、サングラスしか持たないのだ。

正月も近づき「毎年正月は両親と三社参りに行くの。今度はタカさんも一緒に行こう?」
と言われると最悪だった。俺は人ごみが嫌いで三社参りは中学のときから行っていない。

いつになったら優子の願いを叶えてやれるのか想像もできないほど遠い道のりだった。


新しい職場に変わったと言っても、所詮運送会社だ。
その頃はどこにいっても同じように学歴のない、
脛に傷を持つ運転免許しか資格のない野郎ばかりが集まる吹き溜まりだった。

たまたま昔知り合った大手の運送会社の社員にばったり会ったので、
プー太郎だと言うと上司が引き抜かれて社長になった会社があるのでと紹介された。

誰々の紹介でと訪ねていくとその社長自ら応対してくれてそこで働くことになった。
地場の小さな運送会社の社長にしては珍しくスーツを着て人間的にも品格があった。
さすが大手出身という感じだ。

前社長がかなり高齢で現場管理に無理が生じてきたため会長に退き、跡継ぎの息子はまだ若かったので
10年ほどその息子を鍛えるために社長として引き抜かれたと彼は説明した。

そこも車両は30台そこそだった。しかしいままでと違って殆どがチャーターの中距離を走っていた。
路線と言われる荷物を大手運送会社の下請けとして各企業に配送するのに比べ圧倒的に請負金が高く、
労働時間は長くても荷物の積み下ろしが殆どないため疲れない。
その上日当も高いのだ。中距離だと運転手の定着率も高かった。

その日に帰って来れないこともあるので優子と会う時間も益々少なくなるがそんなことは言ってられなかった。

しかも、ここは他と違って運転手がなんとなく仲がいい。
俺と同じ歳くらいから40代までいたが、人間性としては他と然程変わらずとも同僚と言うだけで
仲間意識を持っていた。

前の会社は社長が野心を持っていたので、跡を継いだ時『アロー急送』と社名を変更したが、
『恵比寿運送』と言うダサい社名も好感が持てた。

2代目は富山哲夫という体重120kgもある大男で極道のような顔をしていた。
しかも、多分俺が3人で束になってもこいつを倒すのは無理だろうと思うほどの怪力だった。
どう見ても30過ぎにしか見えないのだが、俺よりたった2コしか違わない24歳だった。
本人は若く見られて嘗められないよう鼻の下にちょび髭をはやしていたが、そんな必要は全くなかった。

彼は荒くれ者で豪傑と見られたいのか、事務所にいるときは朝から晩まで運転手を怒鳴り散らしていた。
しかし、どことなく間が抜けていて可愛いのだ。
俺にしては本当に珍しいのだが、この富山哲夫が気に入ってしまった。

哲は激を飛ばして運転手を〆めようと躍起になるが、
俺は『ハイハイ。てっちゃん。』と言って笑いながら言う通りにした。
何のかんの言っても彼が本気で怒ることはない。

中距離だと殆ど自分が転がす車は変わらない。
俺も4t車をあてがってもらい暇な時は隅々まで綺麗に洗って可愛がった。

俺が入って間もなくした頃、哲が俺の4tの運転席に潜って何かしている。
近づいてみると無線機を着けていた。と言ってもMCAと言われる業務用無線でなく違法無線機だ。

哲は俺の顔を見ると『い~っ!』と笑って嬉しそうな顔をして言った。
「タカさん、これで近くを一緒に走ってると話せるぞっ。」
『別にトラックに乗ってあんたと話す趣味はないぞっ!』
と思ったが、彼があまりにも自慢げに取り付けた無線機を指差すので俺もじっと覗き込んだ。

最近では皆無だが、昔は長距離のトラック野郎は違法無線機をつけていた。
違法無線はCBと言うトランシーバーと同じ周波数28Mz帯を使って交信する。
合法の出力が0.5wに対して違法は5w~10wなのだ。
かつてはNASAというメーカーのがブランドだった。中には改造して100Wにするバカな奴もいる。

周波数がラジオに近いのでそれだけパワーを上げるとかぶってしまう。
トラックが通る時事務所などのラジオとかに『ガー・ガーガー』とかノイズが入って
『・・・流れ星の銀次さん、みちのく一人さん、お世話になりやしたぁ・・・』
とか訳のわからん陰湿な音を聞いたことはないだろうか?あれがそうなのだ。

俺はそれまで違法無線とか縁がなかったので詳しくはわからないが、これは連絡用ではない。
何か今の携帯メールの絵文字とか略語みたいにルールがあって、ただ単に延々と挨拶が続くのだ。
意味のない暇つぶしとしか言えない。

とは言っても数キロだったらちゃんと会話はできる。使い方によっては便利なものだ。
そんなのを付けて哲は俺と遊ぼうと言うのだろうか?

ある日、客先に行っての帰り事務所まで2時間位というとこで無線機が鳴った。
「タカさん、タカさん、聞こえますか?こちら哲です。どうぞっ!」
『またかぁ。』と嫌気がさす。
『ただでさえ無口な俺が一人でバカみたいに野郎と嬉しそうに話せるか!』
っと思いながらも後が煩いので仕方なく出る。
「ハイ、こちらタカです。現在国道2号線荒人橋手前2kを東に向かって進行中です。どうぞっ!」
「そうかぁ。じゅあ荒人橋先の三国の三つ角あたりで一緒になれそうだな。どうぞぉ!」
『だからナンなんだ?一緒になったら何かいいことあるンかい。』
と思ったが喜んでいる彼を無下にはできなかった。
「タカさん、タカさんはデザインとか得意とか言ってたよな。会社のゴロとか描けるんか?」
「会社のゴロ?」
「ほらほら、看板とか名刺とかについてる会社のマークみたいな奴。」
『会社のロゴかぁ。』

このてっちゃんは会社の跡取りなので、その自覚があるのか色々と考えてはいるのだ。
彼は市内でも有数のワル高校の番長を張ってたようで卒業もやっとだったらしい。
ガキのころ勉強しなかったことを悔やんでいて大学現役の俺に何やかんや聞いてくるのだ。
しかし、兎に角間が抜けていて言葉を感覚でしか覚えていない。

会社の経営にも意欲的で数字も把握しようと事務員とのコミュニケーションもかかさない。
しかし、『収入は幾ら?でっ、『しだし』は?何で『しだし』がこんなに多いんだぁ!』と騒ぎ出す。
『誰かが会社の経費で出前でも取っているのかぁ。支出はししゅつと読むんだよ!』

哲は、これからはパソコンの時代だと高い金払って購入し、
メーカーの技術者に週2回ほど来てもらって勉強もしているのだ。
しかし、こんなときも「マウス・ツー・マウスで教えてもらってるが全然わからん。」と言う。
想像しただけで吐き気がしそうだ。

一事が万事そうなのだ。
焼き鳥屋に行くと必ず『大将!センズリ5本ね。』と言うがこれは冗談なのかもしれない。
隣のお姉ちゃんを口説くときも『お姉さん、グロテスクだねエ。』
と言って相手が怒って帰っても不思議な顔をしている。
あとで聞くとどうもエキゾチックと言いたかったらしい。
『外し過ぎだろ!』

そんな奴だからどことなく憎めず、俺も懐いてしまったのだった。


彼の言う通り10分ほどで俺らは合流し、偶然にもヨタヨタ走っている哲の車の後ろに着いた。
哲は管理者なので急な仕事が入要らない限り普段は車には乗らない。
だから彼の車は決まってなく、今日は余っているボロボロの2t車に乗っていた。

「てっちゃん!タカだが、ホンと後ろに着いたよ。でもそっちの車傾いてないかい。何積んでんだよ。どうぞ!」
「ナンかわからんが、ゴムの塊みたいなのを2個積まれた。1個が2tもありやがる。
その後ろに一斗缶を100個くらい積んだんで大丈夫かと思ったんだがなぁ。
そのゴム、ドラムに巻いてあるんで安定しないんだ。どうぞ。」
『2t車にざっと計算しても6t?ドンだけ積んでんだぁ。』
「タカさん、先に行っていいぞ。別につるんで走る必要ないからな。どうぞ。」
そう言うと彼は道を譲ろうとして路肩に寄せるが、こっちが抜こうとするとヨタヨタとまた道路に戻ってくる。
ちょっと危なくて苦労したがナンとか抜くことができた。

それでもその日俺は会社に戻るだけだったので焦る必要がなく、
気になって2tの前を走りながら二人して無線機で遊んでいた。

しばらくしてサイドミラーを見ると10tダンプが2tの真後ろにピタッと付けて走っている。
やがてそのダンプは2tを煽るかのように蛇行を始めた。
「てっちゃん、後ろのダンプ、ナンか文句あるみたいだけど・・・。」
「ああホンとだぁ。さっきうるさいから抜かそうと思って路肩に避けたんだけど、
あいつが抜こうとしたときハンドル取られてまた車線の方に戻ったんだな。
嫌がらせされたと思ったのかもしれない。」

そのうちダンプは対向車線に出て2tの横につけると直ぐには抜かず幅寄せを始めた。
ミラーで見てるとダンプと2tのバトルだ。と言っても2tが苛められているようにしか見えない。
ただでさえボロい2t車に安定性の悪い重い荷物を積んでフラフラしているところに
それだとてっちゃんはかなり肝を冷やしたろう。

彼らが道路で遊んでいるので俺の4tは自然に彼らから離れて行く、
やがてダンプは2tのギリギリ前に急ハンドルを切って車線に戻った。
哲の2tはダンプの影になってミラーの視界から消えた。
ちょっと不安が過ぎったが2tは無事だった。再び無線から哲の声が聞こえてきた。
「ふ~っ。アブねエ。アブねエ。う~っ!頭に来たぁ。
と言ってもこの2tじゃ追いつかんから、タカさんそのダンプ止めてくれっ!」
『おいおい吊るんで走るのも、無線機もそのためかいっ!』
そう思うっているうちにダンプは既に俺の真後ろまで迫っていた。
当然同じ運送会社の社名が入っているのだから相手にはわかる。今度は俺の4tを蹴散らすつもりらしい。
こっちは空なので自由にハンドルが切れる。相手が俺の横に着こうと対向車線に出るとこっちも横に出る。
一般車両にとってその頃のトラック運転手は危ない存在だが、その中でも10tダンプはダントツに質が悪い。
やくざの組がやっている会社も多いのだ。彼らは我がもの顔で公道を堂々と走る。
ある意味嫌がらせをしても相手は尻尾を巻いて逃げると思い込んでいる。
やがて哲が追いついてきた。4tと2tでダンプを挟む形となった。
普通はこんな光景はない。多分当のダンプの運ちゃんも焦ったはずだ。

問題はどうやってこいつを止めるかだが、矢庭にダンプは左折してわき道にそれてしまった。
当然哲は後に続いてわき道に入った。
前を行く俺は取り残された形となったが、次の角を同じ方向に曲がった。
同じ道に出るかわからないが、てっちゃんをこのまま置いて行くわけにもいかないので仕方ない。
運良く次を左に曲がるとその道に出た。
『スピードの出ないヨタヨタの2tだからダンプには逃げられたかもしれない。』
しかし俺が追いついたときは哲も頑張っていて、ダンプに数10mしか離されていなかった。
しばらくなだらかな山道を走ってダンプは躍起に逃げていたが見失うほどではなかった。

やがて採石場らしいところにダンプは入って行った。
『なるほど、ここが奴の拠点かぁ。』当然地元であればあるほど相手は強気になる。
相手が逃げ切れたと安心したのも束の間だった。哲はそんな軟ではなかった。
堂々とその採石場に入っていく。2tが目に入ったとき相手は度肝を抜かれたろう。
しかもその2tから出てきたのがプロレスラーのような大男なのだ。

既にダンプを降りていた運ちゃんもそれなりの格好をしていたが、てっちゃんの相手ではなかった。
怯みながらも何とか男気を保とうとする。
「この野郎!危ないだろうがぁ。」やっとのことで奴は声を絞り出した。
『危ないのはどっちだぁ。』と思ったが、
てっちゃんは何も言わず近づくと相手の首根っこを掴むみ片手で奴を持ち上げた。
奴は苦しい表情でもがいて逃げようとするが哲の片腕はびくとも動かない。
いつもの間抜けなてっちゃんとは全く違っていた。

即座に採石場の事務所から5~6人が何事かと飛び出してきた。
当然こっちが優勢とは言い切れない。相手も荒くれ者ばかりなのだ。
「ナンだぁ!お前たち。ここがどこかわかってンのかぁ?」
一人の男が俺らに向かって喚いた。

哲はその男を見ると苦笑いして掴んでいた手を離した。
自由になった運ちゃんは戦意を失いへなへなと地面に座り込む。
「お前ら、俺らはお国の道を使わせてもらって飯食ってんだぞっ!わかってんのか!」
哲には哲の信念があった。
「飯食うためには法を犯すこともあるが、一般の道で他人様に迷惑をかけちゃいけないんだ。
この世界で生きる奴は誰であってもな。お前ら何か勘違いしてんじゃないのか?」
相手は意味がわからず『何言ってんだぁ?』という顔をしている。

「お前ら、たった二人でのこのこ乗り込んで来やがって、どうなっても知らンぞっ!」
他の奴らも俺らを取り囲んで身構える。
しかも素手でなく手に手にショベルや木刀のようなものを持っているのだ。
喧嘩になったら俺らもタダでは済まない。

『フンッ!』と哲が鼻で笑う。驚いたことに全く怯んでいない。
「俺は恵比寿運送跡取りの哲だぁ。一生この世界で生きると決めている。
この先お前らごときを避けて通れるかぁ!」
その言葉に俺は噴出しそうになったが、迫力は十分だった。相手全員がたじろいたのがわかる。

しかし、そのとき哲の後ろにいた奴がショベルで哲の背中を叩いてしまった。
大抵こういう場合怖気づいた奴が訳わからなくなって始めてしまう。
だから肩に力が入って思うようには利かないのだ。撲るというより『ペタン!』という感じだった。

哲は蚊にでも刺されたような反応で振り向き相手のショベルを?ぎ取ると放り投げた。
相手の顔が恐怖に引きつる。
哲は構わず相手を掴むと高々と持ち上げボディスラムのように地面に思いっきり叩きつけた。
そいつは泡を吹いて転げ廻った。

俺の出る幕はなかった。実際俺が心配してここに来なくてもよかったのだ。
昔ガッツ石松がまだ日本ランクインした頃、新宿かどっかで20数人のやくざ相手に喧嘩して
全員のしてしまった話を聞いたことがあるが、この哲も10人くらいなら相手にできるのではと思った。

哲のあまりの強さに残り4人でも勝てないと観念した彼らは戦意を失った。
「今日は俺らは引くがこのままで済ませると思うなよ。」さっきの男が強がりを言う。
哲は『カッカッカア!』と笑って
「俺は逃げも隠れもしないぞっ。恵比寿運送の哲だ。
タウンページにも載ってるから文句があるならいつでも来い!」
と言ってのけた。やはり言葉がおかしい。
当然彼らが報復に来ることはなかった。

帰りの車の中でも哲は上機嫌だった。
何の活躍もしていない俺に対しても『俺たち最強のコンビだな。』と言ってくれた。
しかし、これからの恵比寿運送に対して哲が言った言葉はこうだった。

「恵比寿運送は俺がいる限り、家畜の勢いだそっ!」
『う~ン、確かにそうかもしれないが、彼が跡を継いだらこの会社はどうなるんだろう。』
と不安になる俺だった。


 

 やがて歳が明けて新しいときを迎えた。
俺にはクリスマスを祝う余裕も正月特別新たまるという習慣もなかった。ただ去年と違って今は優子がいる。それだけでも俺にとっては雲泥の差だ。俺たちは過不足なく訪れる日々を淡々と生きていた。

ただ、どんなに話しても話し尽きない思いや何度となく会っても、もっと一緒にいたいという思いは一層募るばかりだった。人間はどんなに愛し合ったとしても肉体的に隔たりを持っている以上一つにはなれない。そのもどかしさが益々その思いを強いものにしていた。

もし、地球上のすべての人が、こんな感情を抱いたまま一生関わりを続けられるなら世界はもっと平和になるだろうと思った。しかし、残念ながら現実はそうではない。ということはこの感情は一過性のものなのだろうか?俺の思いも優子の気持ちもやがて色あせ劣化してしまうのかもしれない。未熟な人間に『絶対』と言い切れるものはないのだ。そのときはそのときで受け入れるしかない。少なくともいまは優子に対する思いを大切に生きようと思った。

恵比寿運送の仕事も順調だった。運転手はそれぞれ人生のハンディを抱えながら生きていたのだろうが、叩き上げの哲の親父が心血注いで人生掛けて創りあげた会社の人情的風土と哲のキャラクターそのものが運転手の心を繋いでいた。

その上中距離は運転時間が長く必要以上に人と関わることが少ない。一旦会社を出ると夜遅くか次の日の朝にしか戻れない。だから会社で同じ奴に出会う確率は精々3日に一度くらいしかなかった。それでもいままで以上に仕事のことや客先のこと、ここに行ったらここで飯を食った方がいいなど、これまでの職場になかったコミュニケーションが取れるのだった。

ただ、ここにも長くはいれないことを俺は感じていた。俺は何よりもマンネリ化した生活が苦手なのだ。同じ職場に3ケ月もいると飽きてしまって刺激がなくなる。
しかし、今回ここを去る理由はそれではなかった。決して運送の仕事を卑下しているのではない。社会にとっても必要な仕事だ。もし時が経って優子と結婚できたとしても優子が俺の仕事を恥じることはなかったろう。あくまでもトラックの運転手は俺にとって仮の姿でしかない。俺が命を掛けられる仕事が必ずあるという確信が心の中にある限り妥協はできなかった。


英国茶館に行く回数も必然的に減って精々週に3度くらいになっていた。
佐藤悠子は失恋の痛手からすぐに立ち直ったが、一皮向けたように大人になったようだった。
試練は人間を強く賢くする。一方明美や美由紀には相変わらず何の変化もなく成長もないように思えた。

俺は夜間の仕事が続いて一週間ぶりの夕方、仕事帰りに英国茶館を訪れた。
真っ暗な駐車場に車を止め、いつものように通用口に向かう。通用口に近づくにつれて入口のところをうろついている人影が見える。ガタイのでかさからいって田沼博に間違いないなかった。彼も俺に気づくと気不味そうに声を上げた。
「あっ、タカさん・・・。」
「何やってんだ?」怪訝な感じで俺は博に声をかける。そのまま中に入ろうとしても博は来ないようだ。
一旦開きかけたドアを閉めて、再び博に声を掛けた。
「入らないのか?」
「え~っと、先に行っててください。」
戸惑ったように博は言うが、どうも歯切れが悪い。誰かを待ってるわけでもなさそうだ。
「どうしたんだ?こんな寒いとこで、さっさと中に入ろ?」
「いや、それがですね。」
やっぱり何かあったみたいだ。
「何かあったのか?」
「いや~っ。どうしようかな。え~っと、やっぱり駄目だぁ。」
と言って博は気味の悪い照れ笑いを浮かべた。
「誰か待ってるのか?」
「待ってるってほどのことでもないですが・・・。」
どうも博の態度は煮え切れない。こんな奴見ていると段々苛々してくる。
「実は美由紀さん待ってるんですが・・・。」
博は俺の苛々を気づいてか、でかいガタイを小さくするように小声で言った。
「美由紀?中にいるのか?・・・今日は早晩か?」
その俺の問いにも博はモジモジして中々はっきりとは答えない。
「さぁ?中に入ってないからわかんないです。」
「馬鹿かぁお前!こんな寒空の中、いるかいないかもわからない奴を待ってるのか?暇な奴だなあ。」
俺が一歩近づいたので博は少々たじろいだように身体を仰け反らせた。
「あの、言います。言いますから・・・。実は入れない訳があるんです。」
その言葉に、俺は多分博が告白でもして美由紀にフラれたのだろうと思った。
「もう、諦めろっ。執念深く待ち伏せなんかしてると益々嫌われるぞっ。」
その言葉に博は首を慌てて横に振って言った。
「違うんです。そうじゃないんです。実は・・・う~ン言いにくいな。」
博は辺りを見回し誰もいないことを確認した。
「あのですね。美由紀さんとはうまく行き掛けたんです。タカさんだけに言いますから内緒にしてくださいよ。デートってことではないんですが、何度か二人っきりで裏の公園とかで話して、
昨日美由紀さんの部屋に誘われて行ったんです。」
『ほう、可能性があったのかぁ。そりゃまた結構なことで、捨てる神あれば拾う神ありだな。』と思った。

「でっ、何が問題なんだぁ!」その後中々博が口を開かない。
「実はですね。段々いい感じにはなったんですけど、・・・つまり、いざという時になって、自分のが・・・役に立たなかったんです。」
『はぁ?』一瞬そう思ったが、次の瞬間俺は大声で笑ってしまった。
「あ~あっ、だから言いたくなかったのにぃ。」博はいじけたように言った。
「だから、何なんだ?」俺は我に返って真面目に言った。
待ち伏せしてリターンマッチでもやらかそうかと言うのだろうか。
「いや、俺この歳になって初めてだったし、焦っちゃって、どんどん不味くなるし・・・。そしたら美由紀さん笑い転げちゃって・・・。」
『そりゃ、大変だったな。でも、そんなことざらにあることで気にすることでもないのだ。』
と思ったが馬鹿馬鹿し過ぎて言う気にもならない。

「だから今頃、中では噂になって、みんなに笑われてるかと思ったら入れなくって、でも美由紀さん、俺本気なんです。」
博が本気かどうかはわからないが、下半身に主導権握られてるだけかもしれない。
「バカか。美由紀がそんなこと言いふらすか。」
美由紀は勘違い女だが、そんなことで男を馬鹿にするような奴ではなかった。
「でも、あのとき笑い転げたんですよ。」
「俺も笑っただろう。ただ可笑しかっただけじゃないかぁ?じゃあ、お前何しにここに来てんだ?
そんなこと気にするならさっさと帰れ!」
博は黙ってうな垂れた。俺はちょっと博に同情した。

「わかった。わかった。俺が行って来てやる。少しここで待ってろ。」
博は急に顔を上げ希望に目を輝かせ嬉しそうに俺を見た。
俺は『仕方ねえなあ。』と言う感じでゆっくりドアを開け中に入った。

店の中に入ると何事もなかったかのように普通のままだった。
美由紀はカウンターの中にいた。
いつものカウンターの端から2番目に井上慶介も座っていた。
「やぁ、先輩!久しぶりですね。」
俺に気づいた慶介がすかさず言ったが、久しぶりといっても10日くらいなのだ。俺もいつもの席に座る。慶介は親父の会社の取引先大手メーカーにさっさと就職を決め、後を継ぐ準備を着々と進めていた。
すぐに美由紀が近寄ってきた。
「タカさん、お疲れ様ぁ!ホンと2~3日顔見ないとどうしたのかなぁって思っちゃう。」
雰囲気からして博の懸念は妄想でしかなかった。あいつは自意識過剰なのだ。俺は身を乗り出して美由紀に顔を近づけた。俺のその仕草に一瞬真面目な顔になった美由紀も察したように耳を近づける。
「通用口の外で博が待ってるぞっ。」俺は美由紀の耳元で囁くように言った。
「田沼君?」美由紀は驚いたように目を見開いた。
「何で入ってこないの?」美由紀は続けて言った。
「知るか。自分で聞いて来い。」

美由紀は仕方なく明美に声を掛けそそくさとカウンターから消えていった。
「博が通用口で?」
聞こえていたのか慶介が呟く。
そのとき、向こう側にいた明美がニヤニヤして近づいてきた。
「ふふ~ん、私聞いちゃったよ。美由紀さんと博君できちゃったみたい。」
その言葉にコーヒーを飲みかけていた慶介が吹き出しそうになって言った。
「いつの間にそんなことになってるんだぁ?」
慶介も彼らのことは知らないみたいだった。

美由紀は直ぐに戻ってきた。ちょっと間を置いて博が照れくさそうに入って来て慶介の横に座る。でかい図体に似合わず、まるで借りてきた猫だ。
「ナンかあったの?」事情が呑み込めない慶介がそれとなしに博に尋ねる。
「いや、ナンもないっス。」博はそう言うとうな垂れて黙りこくった。

急に慶介が俺の方を向いて真面目な顔をして言った。
「実はタカさんに相談があったんですが、中々会えなくって、・・・真面目な話ですよ。」
「ナンなんだ?」俺は特別興味なさそうに言った。
「ちょっと言いにくいんですが、俺、悠子と結婚しようと思ってんです。」
突然の慶介の言葉に俺も飲みかけたコーヒーを噴出しそうになった。
『おいおい、たった一週間来なかっただけで状況はそんなに変わってんのかぁ?』と思った。
「悠子失恋して、その後直ぐお前とそんなことになってんのか?」
「いえいえ、悠子には何も言ってません。」
『はぁ?』
「俺、悠子のことずっと好きだったみたいで、でも彼氏がいたから諦めてたんです。去年別れたって聞いてからずっと意識し出して、段々たまんなくなって・・・。でも俺、ここにとっかえひっかえ女連れてきてるから軽薄な奴と思われてるでしょ。あいつ結構傷ついてたし、いまの状況で悠子に付き合おうとか言っても多分真剣に捉えてくれない気がするんです。でも、いまははっきり結婚するなら悠子だって思ってるんです。」
『思われてんじゃなく、お前は軽薄なんだよっ。』と思った。しかし、今回の慶介は本気みたいだった。

『う~ン、なる程。いいかもしれない。』色々想像して俺はそう思った。
「よしっ!お前悠子と結婚しろっ。俺が許す。」俺は言った。
「何言ってんですかぁ。これからが相談なんですよ。」
「相談?」
「結婚となると色々問題あるんです。一番はうちの親父です。
親父の頭の中は大手取引先の身内の中から見合いさせて結婚させようと思ってるんです。もう高校のときから言われてて、だから若いうちに遊んどけってのが口癖だったんです。」
『なんちゅう親だ。勘違いも甚だしい。息子の人生をナンと思っている。
しかしそう言われて都合よく遊んできたのもお前だろっ!』
と腹が立った。
「うちの親は絶対相手の家系がどうだこうだ。育ちがどうこうって言うんです。嫁であっても学歴とか気にするし、悠子は中卒だから絶対誤魔化せないですね。」
「何言ってんだ!お前は馬鹿かっ!」段々我慢ならなくなって俺は大声になった。
一斉に店にいる全員が驚いた顔をしてこっちを向いた。

親にレールを引かれながら自分は自由に生きていると思っている。あまりにも自然すぎて自覚はないのだ。何の手立てもなく人生の中に放り出され自分の力だけで切り拓いていかなければならない奴らも多くいるというのに、まさに悠子がそうだった。
それに比べ下駄を履かされた、ある意味恵まれた人生を極当然の権利と思っている。

何故俺が大声になったのか慶介は理解できずに眼が点になっていた。
 
「お前、家の反対押し切ってでも悠子と一緒になる気がないなら悠子に近づくなっ!親がどう言おうと会社の後継ぎなんて蹴ってでも貫くつもりがないと、どっちにしろうまく行かないぞっ。」
ますます慶介は戸惑って言葉が見つからず俯いて考え出した。
明美が心配して近づいてきた。他のお客の手前もあるのだろう。
「タカさん、声が大きいわよ。みんなに聞こえるじゃない。さっきから『ゆうこ、ゆうこ』ってどっちの『ゆうこ』の話?」
明美はしれ~っと会話に入ってきた。

「佐藤悠子・・・みたいだ・・・。」俺も慶介も答えないので博がぽつりと言った。
「えっ?誰が悠子ちゃんと結婚するの?」
俺は、俯いてる慶介の方に首を振って明美に答えた。
「ええ~っ!慶介君?そりゃ無理よっ。」明美は当然のように言ってのけた。
慶介が驚いて顔を上げる。
「だって、女たらしのボンボンの慶介君じゃ、悠子ちゃんとは吊り合わないもん。わたしの勘はよく当たるし、地獄耳だからそんな気配があったら直ぐわかるわ。悠子ちゃん、いまは男と付き合う気なんて全然ないんだから・・・。諦めてその辺の尻軽女で我慢しなさい。」
俺のより明美の言葉の方が慶介には効いたみたいだった。

「お、俺は本気なんだ・・・。」慶介がたどたどしく声にした。

明美は瞬間的に『カッカッカッ!』と笑ってから言った。
「誰だってそのときは本気でしょ。慶介君何人この店に女の子連れてきた?その度に『今度は本気だ』とか『この女は特別だ』とか言ってたじゃない。それがタカさんの言葉なら信じれるけど、・・・。もっともタカさんならそんなこと口にしないけどね。」
慶介は20歳にも満たない小娘にいいように言われっぱなしだった。
明美は高校のときヤンキーだったので同年代よりは男女の関係を見て来たのだ。
「大体、付き合ってもいないのに結婚だなんて、頭おかしいんじゃない。自分が望めば誰だって手に入ると思ってんの?」
「そっ、そんなことないぞっ!」頭に来たのか慶介が言い返した。

「あら、付き合ってなくても結婚望まれるなんていいなぁと思うけど・・・。」
店が暇になったのか、いつの間にか近くにいた美由紀が明美の後ろから言った。
「それにさぁ、悠子ちゃんいま傷ついてるから、変に付き合おうとか言うより『結婚してくれ!』何て言われたら、ふら~っとその気になるかもよ。」
「それこそ、慶介君の思う壷じゃない。」明美が言い返す。

「バカ、俺は本気だって言ってるだろ!」慌てて慶介が言う。
「言えば言うほど言葉が軽くなるわよっ。」明美は慶介の言葉を無視するように言った。
「美由紀ちゃんどっちの味方なの?そんなんで結婚しても不幸になるだけじゃん。」

「モチ悠子ちゃんの味方に決まってるでしょ。いいじゃない、うまくいかなければ離婚すれば、
慶介君お金持ちだから慰謝料しっかり取れるわよっ。」
「なるほど、それも有りねぇ。」明美は簡単に納得した。

「そんなことより、博君聞いたわよ。やったねぇ。」
急に明美が話を変えた。黙っている博が驚いて明美を見た。
「美由紀ちゃんとのことっ!わたし昨日のこと知ってたから『どうだった?』って聞いたら、美由紀ちゃんしゃあしゃあと『モチよかったわよっ。』だって。その後延々とのろけっ!」
意味深に明美は笑いながら言った。博は顔を真っ赤にして目を背けた。『もう!』と言うように美由紀が明美の肩を叩いて二人は笑った。

博の懸念は消えたようだ。慶介は真剣な顔つきでまだ考えていた。
「わかった。俺悠子に告白する。もし反対されるなら家の後も継がない。就職決まったし直ぐに結婚できるかどうかわからないけど、真剣に悠子に話してみる。」
独り言のように慶介はきっぱり言った。やはり、慶介は本気みたいだった。

「明美ちゃんだって、厳しいこと言ってるけど慶介君の味方なのよ。ただ悠子ちゃんのことが心配なだけ。何故か悠子ちゃん男運がなくって騙されてきたけど、ホンとあんないい人滅多にいないわ。慶介君ちょっと坊ちゃんぽいけど、背が高くイケメンだし見た目お似合いだってわたしは思うけどな。」
「う~ン、可能性低いと思うけどなぁ。見た目なんて関係ないわよ。ホンとわたしたち悠子ちゃんこそ幸せになって欲しいって思ってんだから・・・。本気なら応援はするけど、騙したら慰謝料がっぽり貰うからね。」明美は自分のことのように言った。

「もう、慶介気合よっ!誠意をもって真剣にアタックすれば道は開けるよ。」
恵美子は真剣慶介を応援しているようだった。

いずれにせよ外野が決めることではなく悠子次第だった。
後は慶介がどう真摯に取り組むかしかなかった。


俺は初めからこの話はうまくいくと直感的に感じたていた。振り返ると何となくだが、慶介がそう言い出す前からそんな気がしていたのだ。男女の関係とは本当に不思議なもので、かなり確率の低いとこで短絡的に関係ができてしまう。しかし、当の本人たちはその出会いが特別なもののように感じてしまうのだ。『この人が一番わかってくれる。』とか『一番優しい』とか『一番』とか言いながら、たいして人とは深く付き合ったことはない。極々少ないチャンスを『一番』と思い込む。

つまり、誰と結婚するのかは初めから決っているような気がする。でないとお見合いとかで結婚できるわけがない。それを『赤い糸』とロマンチックに言ってもよいのだが、現実にはそんな甘いものではない。『この二人は結婚するな。』と感じて現実そうなることも多いのだが、それで幸せになるとは限らない。逆に『どうもこの二人は違うなぁ。』と思ったらそのうち別れることが多い。
もし間違って結婚でもするなら、うまくいかない確率は100%に近かったりする。

決まってはいてもある程度人間の自由意志に任されているのだと思う。人間は理性と本能の動物で本能がある限り100%必然的には生きられないのだ。


客観的に見れば実際、慶介はいい男だった。ある意味博もそうなのだ。堅物そうで融通の利かない要領の悪さはあっても実直で誠実さを持っていた。一人の女を思い続ける浮気とか出来ないタイプだ。逆に慶介は我ままで軽薄であっても人生設計が明確で世渡り上手、男としての責任感もあったから、嫁さんになる女が生活に苦労する事はないだろう。その上何より彼は優しい性格だった。当然慶介の懸念する通り親からはかなりの反発を受けるだろう。しかし、悠子なら大丈夫と思った。悠子の持って生まれた容姿以上に優しい人間性を理解できれば、誰だって彼女を気に入る。ただ何となくだが、あの一平事件以来悠子には『ひた向きさ』という言葉がぴったりになった。浮ついたりしないと言うより、現実的には喜怒哀楽を表に出さないようになっていた。

もともと悠子が慶介を嫌っていたわけではないので、慶介の申し出を頭から断ることはなかった。しかし、悠子にとっても結婚と言う言葉を受け入れるにはそう簡単ではない。慶介の気持ちが如何に真剣で本心かを悠子に納得させるには時間が掛かる。

まだ付き合っているという確信を持てない慶介は自信がなかったのか、その頃よく俺に『ダブルデートをしましょう。』と持ちかけた。2組のカップルでテーマパークや遊園地に行くのだ。俺はこれには閉口した。俺の趣味ではない。しかし、優子も嬉しそうノリノリになって色々計画を進めるので仕方なく何度か行くことになった。悠子も本心あまり気は進まないようだった。

明美を除いてそれぞれに春が来ていた。このまま何事もなく時は進むような気がしていた。
しかし、試練は直ぐそこに大きな口を開けて待っていたのだ。

恵比寿運送での仕事も順調だった。
相変わらず哲と俺は名コンビだったし、彼は俺にそのままいて欲しかっただろう。しかし俺は、ここを後にするのを決めていた。待遇や仕事に不満がある訳ではない。逆にこのままいると居心地が良すぎて、ずるずる抜け出せなくなる気がした。

中距離運転の仕事は楽であってもそれ以上でもそれ以下でもない。トラックの運転手は仕事を覚えると年齢に関係なく同じのことの繰り返しだから能力的に成長とかない。何十年やっても運転手は運転手。多分そんな人生は刺激がなさ過ぎて耐えられないだろうと思った。

ある日の夜間明けの午後、俺は優子と久々英国茶館にいた。

昼間だったので店には明美と珍しくママがいた。この店はチェーン店でママは全体の管理も任され、週に3日ほど昼間にしか顔を出さなくなっていた。相変わらずママは個性的な色気を放っている。肌の色が透けるように白くか細い。彼女は見た目以上に気品と人間的なゆとりがある。
この店の制服は基本的にピンクとブルーだがママだけは白を着ていた。

この店はそのままスナックにしてもこのメンバーだったら大繁盛だったろう。都心の盛り場にクラブを出してもママならトップクラスだと思った。

昼間なので慶介とか博はまだ顔を出していない。

優子と俺は他愛無い話をしていたが、ふと急に優子が思い出したようにニヤニヤして言った。
「あのね、お父さん今度昇進するかもしれないの。」
「ほう、それは目出度いな。」
優子の親父はエリートと言っても裕福な家庭環境だった訳ではない。若いころ医者になりたかったらしいが、家庭の貧しさから高校もアルバイトをして自力て卒業したほどの苦労人だった。

その親父が警視に昇格するかもしれないというのだ。高校卒で警視になるには並大抵の努力ではなかったはずだ。しかも優子の親父はまだまだ40歳半ば。
「よくは分からないのだけど、昇格試験なのか勉強のために東京に10日くらい行っちゃうの。」警視になると地方公務員から国家公務員になる。そのため東京の警察学校に行かなくてはならないようだ。

「ふ~ン、大変だな。」俺は特別興味もなさそうに答える。
「でっさあ。お母さんも『いっちゃおうかなぁ。』何て話が出てるの。
お父さん家事なんて全く出来ないからね。性格的に料理どころか掃除洗濯なんて絶対やらないの。」
「俺とは大違いだな。」
「その上、妹も大学受験で今月東京に行くの。もしかして重なるかもしれない。そうなったらお母さん絶対行くって言ってるの。」
「ふ~ん?」
俺の気ない返事に優子は珍しく苛々した。
「さっきから『ふ~ン』ってばっかりで、何か思わない?」
「・・・?」俺はちょっと驚いて優子を見た。
「だからぁ。そうなったら一週間くらい家には私一人なの。」
『なるほど、そういうことかぁ』
俺はそういう話題には疎かった。
それに優子以外誰もいないとは言え盗っ人みたいで家に上がり込む気には到底なれない。

「休み取れるかなぁ。」
「そっ!」優子はちょっと膨れっ面をして言った。
「でも、そうなったら少しは長く一緒に居れるよね。ちょっと心配だし・・・。」
「お父さんもお母さんもそれ心配してるんだけど『全然大丈夫よ。』って言ったら、その気になっちゃって・・・。あ~あっ、二人でどっか行きたいなぁ。」
「そうだなぁ。哲に休めるか聞いてみるか。」
「ホンと?駄目ならタカさんの仕事に着いていくとか・・・。トラックとか乗ったことないし一晩中タカさんとドライブなんて楽しそう。」

優子にはどう見てもトラックとか似合わない。でもこの娘は見た目以上に好奇心が旺盛で何でも素直にやってみたがる子だった。

「それは無理だな。仕事に女連れて行くなんて、禁止されてるしバレたら即クビもんだ。」
「タカさん『規則なんてクソ食らえっ!』っていつも言ってる癖に・・・。一見ワルそうに見える割には全然真面目なんだから・・・。」
「そうじゃなかったら優子も俺とは付き合わなかったろ?見た目は生まれっつきだから仕方ないだろ。」
優子はちょっとムッとしたようにそっぽを向いた。

慌てて俺は言う。
「優子の誕生日も近いし出来るだけ一緒に居れるようにするよ。でも本当にどっか泊まりにでも行けるのか?」
「多分毎晩電話掛けて来るわ。でも一日くらいだったら大丈夫。寝てたって言えるもん。」
真面目な優子にしては大胆な発言だった。

「本当にそうなったら色々計画立ててみようか。楽しみだな。」
ご機嫌を取るように言った俺のその言葉で、少しは優子も機嫌を直したようだった。


しばらくして優子の思惑通り両親は東京に行くことになった。両親は10日間、その間妹の受験が3日間重なる。しかし、二人の期待を裏切るように俺のスケジュールは夜勤開けの休みが一日あるだけだった。俺はそれでも3日間少しは優子と長く一緒に居れることで十分満足だった。

当然俺も優子とできるだけ一緒にいたいのは山々だ。こんな機会は滅多にない。優子の誕生日も近いので彼女は喜ぶことを何かしたいと思っていた。

しかし逆に事態は最悪になった。夜勤の仕事が珍しくチャーターが入り長距離で大阪へ荷物を運ぶことになったのだ。夜中の1時に出て昼過ぎに大阪に着く。大阪からの帰りの荷物を積み込み次の日の朝に帰って来ると言う強行軍。これではその3日間殆ど優子と過ごせなくなる。

あれこれ悩んだ挙句、俺は掟破りをするしかないと思った。どうせ辞めるつもりだから見つかってクビでもいいのだ。事故だけは絶対気をつけなければならない。
そのことを優子に提案すると彼女は飛び上がって喜んだ。初めての体験にワクワクして興奮を抑えららないという感じだ。確かに若い娘がトラック野郎と二泊三泊も一緒に走るのは滅多にない経験かもしれない。俺も大阪に行ったのは2~3度しかなかった。

2月と言っても異常気象で雪など殆ど降らない。その年は特に暖冬だった。下道じゃなく高速を自費で通れば往復時間を10時間ほど短縮できる。一気に京都か奈良まで足を伸ばし、昼過ぎに大阪に着いて荷物を降ろし、夕方までの5~6時間大阪で過ごせるかもしれない。

やると決めたらタコグラフで会社にバレてもたいしたことはないと思える。私用で行ったからと後で燃料費を払えばいいだけだ。そう考えると俺も次第にワクワクしてきたのだった。

待ちに待ったその日、俺は特に念入りにいつもの4t車を点検し磨きを掛けた。
夕方一旦アパートに戻り10時ごろまで仮眠を取るつもりだったが興奮して全然眠れなかった。
魔法瓶にコーヒーを用意し、優子の家に約束の11時に迎えに行く。優子はまるで遠足にでも行くかのように弁当やお菓子が入った大きなバックを抱えてシルビアに乗り込んできた。
彼女にしては珍しくジーパンにロングブーツだった。黒のハイネックに白のダウンジャケットでスポーティだった。

「電話あった?」真っ先に俺は優子に尋ねた。
優子は笑顔で『バッチリ!』というように指で丸を書いてウインクして見せた。
戻れるのは明後日の朝になる。

俺たちは幸せの絶頂だった。話さなくてもお互い自然に笑みがこぼれる。多分俺もいつになくしまらない顔をしていただろう。会社には哲がまだいるかもしれなかった。会社の手前のミスタード―ナツで一旦優子を降ろす。ちょっと淋しいが少しの辛抱だ。

俺が会社に着くと勤勉な哲はやはり事務所で待っていた。
「タカさん、早いなぁ。」哲は俺を見るなりそう言った。
「慣れない大阪なんで早めに出ようと思ってね。」ホンとに一分でも無駄には出来ないのだ。
「帰ってくるのは明後日の朝だな。明日大阪に着いた時と出る時の2度は電話を入れてくれよ。
大阪まで10時間は掛かるから居眠りは絶対するな。眠たくなったら仮眠しもいいから、事故だけは十分気をつけてくれ。」
心配性の哲が見送りながら言った。俺が持つバックの大きさに一瞬不思議そうな顔をしたが、彼は何も言わなかった。

俺は4t車に乗るとエンジンを掛け、待ち遠しく感じながらもしばらく暖気運手をした。何があっても車は大切にしなければならない。
『いよいよ出発だぁ。』気合を入れ直し4tをスタートさせる。
表通りに出て優子の待つミスタードーナツに向かった。

店の前に着くと優子は白い息を吐きながら中から飛び出してきた。助手席側のロックを外すと俺も一旦車から降りる。車高の高い4tだから慣れない優子は乗れないかもしれなかった。
案の上ドアを開けてやっても、どう足を掛けて乗ったらいいのか優子は戸惑った。右にしようか左にしようか足を上げるたびにケラケラ笑うばかりで力が入らないみたいだった。

何気ないどうでもいいことの一つ一つがこのときは新鮮に感じた。

やっと乗り込んで4tが走り出しても二人はニヤニヤするばかりで中々会話にならなかった。
優子は4tの運転席の広さに感動したり、座席の後ろにある仮眠のスペースとかに興味を持ったり、フロントガラスに近づいて視界の広さを満喫したり、好奇心丸出して目を輝かせていた。
車内は暖かいのでブーツを履いてるとむくんでパンパンになる。俺は優子のためにスリッパを用意していた。少なくとも優子がトイレを求めるまでノンストップだ。

優子は一通り4tのチェックが終わると、今度は『おにぎり食べない?』とか『お菓子いる?』とか俺の世話をしばらく焼き出した。

走り出して直ぐに高速に入り関門橋を渡って山口、岡山、広島、兵庫を経て大阪までの約600km、ゆっくり休まなければ7時間くらいのドライブだ。その頃まだ山陽自動車道はなかった。中国山脈の尾根づたいに造られた中国自動車道は延々とカーブ道が続く。荷物を満載した4t車では精々平均120kmの速度くらいでしか走れない。

1時間ほどしてやっと慣れたのか優子も落ち着いて普通の会話になっていた。これまで互いのことは殆ど話したように思っていたが、こと細かな思い出話は尽きる事がなかった。それも殆どが笑い話だ。夜中に風呂から上がって台所を通るときにでかいゴキブリをグチャっと踏んづけてまた風呂に入るはめになったとか、寝坊して焦って寝癖を直すのにヘヤースプレーを髪にかけたら鏡に映っているスプレー缶にハエの絵がついていたとか、そんな他愛もない話ばかりだった。

夜中の中国自動車はがら空きで4tは快調に走っていた。俺は一気に京都まで足を伸ばすことにした。車内は広く優子がドアに近づいていると手を伸ばしても彼女には届かない。暇な優子は俺に近づいて顔を俺の肩にもたれかけたり、疲れてくると俺の膝を枕にして寝そべったりした。後ろに毛布もあるので寝るように勧めても中々優子は言う事を聞かなかった。

夜中の2時になりパーキングエリアで最初の休憩を取った。中国自動車道は山の中なので雪になるほどではないにしろ結構寒かった。明け方の5時に近くには兵庫県に入り興奮して眠れなかった優子も、うとうとし出してついに俺の膝の上で眠りについた。

俺は一人になっても全然孤独感など感じなかった。
日頃の一人旅とは全く違う。幾ら運転が好きでも、いつもは仕事以外の何ものでもないのだ。
俺は優子を起こさない程度に鼻歌を歌いながら上機嫌で運転していた。このまま行けば朝の7時頃には十分京都に着くように思えた。

しかし、都会の朝は高速道路も混んでいて神戸くらいからは思うように走れなくなった。吹田から名神道に入り京都南ICで降りる頃には8時を過ぎていた。高速を降りダラダラと通勤ラッシュの中、都会の騒音でやがて優子も目を覚ました。
眠い目を擦りながら『ここどこ?』と尋ねる優子はやはり可愛かった。京都だと答えると矢庭に興奮が甦ったようだ。俺の膝から慌てて身体を起こすと助手席の窓にしがみついて目を丸くし京都の街並みに見入っていた。京都の街並みは日常的ではない古(いにしえ)の佇まいを感じさせた。

しかし、正午前までには大阪に戻り荷物を降ろさなければならない。残念ながらゆっくり観光めぐりをしている余裕はなかった。

碁盤の目のように整えられた道路を抜け京都タワーを目印に京都駅に向かう。想像以上にお寺が立ち並ぶ、東西の本願寺、古都の風情を残した祇園の狭い道に入り込んだり『あっ、ここが三十三間堂だぁ!』とか『金閣寺のあるとこだ!』とか、めくら滅法運転しても感動に暇(いとま)がなかった。
停まってゆっくり鑑賞する時間も、ましてや4tを停める場所も中々ない。嵐山に着いた時は9時を過ぎていたが唯一停める場所があったので降りてみることにした。毎年暖冬が続いて九州では寒さに疎くなっている。しかしここがこんなに寒いとは思いもしなかった。トラックを駐車場に停めて降りると強い横風が頬に当たって痛いほどだ。ここの風のことを『比叡おろし』というのかどうかわからないが、山々の背の高い竹林が強風に大きくなびいて『ゴーゴー』とうなり声を上げている。

俺はしっかり優子の肩を抱き優子は俺にしがみつくように歩いた。真冬の平日の朝なので殆ど人気はない。それが寒さを一層強く感じさせる。優子は寒さなど全く気にもならないように元気で楽しそうだった。元々観光とか趣味ではないので古い名所とかに行っても何も感じないのだが、優子と初めて体験する自然の感覚が俺の心に染みてくる。

朝食と寒さをしのぐために一軒の情緒ある佇まいのお店に入ることにしたが、京都言えば豆腐料理。しかし、その値段の馬鹿高さに目が飛び出しそうだ。これも優子との思い出のためだから仕方ない。

俺たちは後ろ髪を引かれながら早々と京都を後にした。大阪の荷物を降ろす場所についたのは正午ギリギリだった。13時になって一回目の電話を哲に入れる。帰りの荷物を引き取るのは夕方五時以降と言うことだった。
夕方の時間まで通天閣など4tを転がしながらブラブラした。郊外でないと中々停めるところはない。車を降りたのは唯一太陽の塔のある万博跡地くらいだった。それでもその数時間はあっという間に過ぎてしまった。帰りの荷物を積み込んで再び走り出したのは6時を過ぎていた。

ドライブインで食事を取った後には流石の俺も眠気が刺してきた。30時間以上一睡もしてない。2度目の電話を哲に入れる。仮眠したいと言うと朝10時まで戻ればいいということだった。
優子も疲れ切っていて互いに泥のように眠りこけた。次に起きたのは夜の10時を過ぎていた。
途中で休みながら帰っても十分時間はあった。僅か2時間ばかりの仮眠でも俺には十分だった。ハンドルを握りさえすれば完璧に正気に戻るのだ。

帰りの車の中では必然的に会話も少なくなる。優子は行きとは大違いに大人しく寝ては起きてを繰り返えしていた。何度も勧めて、やっとのことで優子を仮眠席に追いやった。

残念ながら高速に乗ると直ぐに雨が降ってきた。雨は次第に強くなって行ったが、全然苦にはならない。優子は爆睡している様子でピクリッとも動かなくなった。

4時間ほど走ると突然後ろから優子の声がした。
「わぁ~っ!星が綺麗!」
時計に目をやると夜中の3時、まだ雨はかなり強く降っていた。星など見えるはずがない。俺は優子が寝ぼけていると思ってゲラゲラ笑って返した。

そこは千代田というインター付近で中国自動車道の中で最も山奥の標高が高いとこだった。
しかし、しばらくたってまた優子が寝ぼけた叫び声を上げる。
「ホンと星が綺麗!何でエ!」
仕方なく俺は、フロントガラスに顔を近づけて空を見てみた。

雨は降っているがところどころ雲が薄くなっているところがある。それが見えるのは月明かりのせいではなかった。その雲間から見たこともない星屑の明かりが雲を照らしている。優子の声は寝ぼけているせいではなかった。優子には仮眠席の小窓から上空が見えていたのだ。

優子は急に起き上がり後ろから俺の肩を叩いてまた叫んだ。
「ねえ、ねえ、タカさん!星が綺麗よ!こんなのわたし生まれて初めて!」

俺は次のパーキングエリアに4tを停めることにした。やがて雨が上がり4tは誰もいない真っ暗な駐車場のど真ん中に停まった。再び俺はフロントガラス越しに空を見上げた。上空の雲はかなり開けてきて満天の星空に姿を変えていた。俺たちは上着を着込んで雨上がりの駐車場に降り立った。後にも先にもこんな星空を見たことはなかった。感動で言葉も出ない。夏の夜、海に行って空を眺めていると次第に目が慣れ焦点が合ってきて星が降るように群れをなして見えることがある。しかし、その時の星空はその段ではなかった。

薄い綿菓子のような雲がレースのベールのように戯れながら足早に視界の外に消えて行く。
たちまち夜空は散りばめた宝石のような無数の星々に埋め尽くされた。星雲やミルキーウェイのような星の川が無数の光り輝く星々をバックにしでも、まるで図鑑のように浮き立って鮮明に見えるのだ。
天空は無限と言えるほど遠くに感じさせながら、宇宙全体は俺たちを優しく包み込むように身近に感じた。地球はこんなにも無数の数え切れない多くの星座に本当は包まれているのかと思った。人間の存在どころか地球さえも塵のようにちっぽけに感じる。この壮大な宇宙の中で俺たち人間は些細なことに拘り四苦八苦しながら生きているのか。人間の哀れさ、与えられた人生の儚さを感じずにはいられなかった。

しかしまた、間違いなく俺たち人間もこの宇宙の一部なのだ。その必然的な繋がりと揺るぎない強い絆を感じ、何とも言えない安堵感に心は満たされるのだった。

山の中のパーキングエリアは僅かばかりの外灯があるだけで山々は真っ暗で何も見えなかった。しかし、その夜空は無数の光り輝く一面の星々に照らされ信じられないくらい明るかった。
俺たちは肩を抱き合い寄り添ったまま無言でその自然のプラネタリウムを時が経つのも忘れ見入っていた。

どれくらいの時が経ったろう。寒さのせいで身体が芯まで冷え切った感覚を自覚できるまで俺たちが我に返ることはなかった。それに気づくとたまらなくなって、どちらともなく互いに身体を摩り合い笑いながら俺たちは慌てて車内に戻った。

4t車を駐車場の端に寄せ、運転席でしっかり寄り添ったまま毛布にくるまり暖を取る。暖かくてこの上なく気持ちいい。目の前には真っ暗な山々の影が見えるだけで、あの星空はもう視界の中には入らなかったが、何も言葉を交わさず二人だけの最後の時間を惜しむように味わっていた。この幸せな感覚が永遠に続けばいいのにと思った。直ぐに優子の鼻息が再び寝息に変わる。俺の胸に顔を埋めている優子の髪が俺の頬に微かに当たってむず痒い。そう感じる度に優子の額に頬を押し付けても、優子は子供のように安心し切って目を覚ますことはなかった。俺は眠れないというより寝るのが惜しく、ずっとこの感覚を味わっていたかった。

次に意識が戻ったのは夜明け前の薄暗い6時半ごろだった。まだ疲れ切っているのか身動きもできず重い瞼を微かに開く。降ってないようだが昨日の雨のせいでかなり深い靄に辺りは包まれていた。気温は上昇しているのだろう。

真冬の夜明けは一気に明るくなる。ボーっと眺めているとフロントガラスが大型液晶に映し出されている自然のドキュメントのように非現実的に見えた。
目の前の映像は、まるでフェードインするように霧が晴れ、様変わりを始める。次第に視野がはっきりしてきた。その光景に俺は肩を揺すぶり寝ている優子を起こした。

しばらくして優子も意識半分で瞼だけを開けたようだった。二人して無言のまま目の前に展開される映像を無意識に受け入れていた。駐車場の低い柵の直ぐ向こう側が湖であることが初めてわかった。霧は湖一面水面を這うように渦を巻きながら流れていた。その霧に根元を隠された木々の輪郭が湖の向こうに次第にはっきり浮き彫りになって来る。その幻想的な光景はまるで天国の入口にいるかのようだった。

やがてその木々の根元に戯れる白い霧が鮮やかな紫色に変わり始めた。その紫の霧が中央に集まってきて空に昇って行く。その紫の霧の柱を追いやるように次に緑が現れ集まっては空に向かって行く。次に黄色、最後に橙が現れた。

『何でこんなことが起こるのだろう?』俺は不思議な感覚に陥った。まるで縦の虹を斜めから見ているようだった。

直ぐに太陽が姿を見せ、はっきり明るくなると瞬く間にそのノンフィクションのドラマはスライドが終わるように静かに消えてしまった。僅か10分くらいの出来事だろうか?俺たちはしっかり寄り添ったまま身動きもせず感動に浸っていた。人間は『世界』を口にはするが、それは人にとって都合のいい『社会』のことで、殆ど何もわかっちゃいない。学校でも本当のことは教えない。自然の言葉を超えたメッセージは人間を常に優しく包み育んでいる。それを意識できないのは人間のエゴのせいかもしれない。

しかし、人間がその自然との繋がりをいくら絶とうとしても自然は淡々と受け入れて、恣意なくその姿を惜しみなく現してくれる。いや気づかないだけで日常の営みとして延々と繰り返えされているのだ。昨夜の星空も特別のことではなく自然のありのままの姿でしかない。しかもそれは人間との揺るぎない絆を感じさせる。その意味自体を考えることさえも人間の傲慢なのだろうか?

「綺麗だったね。」しばらくして優子がぽつりと言った。
「ああぁ、そうだな。」
そう答えると俺は抱いている左の腕にゆっくり力を入れ優子を引き寄せるとその額に心を込めて口づけをした。一瞬俺の薄い無精ひげでもチクリとしたのか優子の顔がピクッと動いた。
優子はすぐさま強く自分の頬を俺の胸に押し当てて来た。

何とも言えない幸福感、まるで世界が二人っきりになったようだった。

自然も確かに変化しているのだろう。成長しているのかもしれない。しかし、それは極々平凡な気の遠くなるような反芻、反復の繰り返しの先に結実されるもので、人間の忍耐とか努力など到底及ばない。少なくともこの人生が終えるまで俺は優子に対するこの気持ちを持ち続けることができるだろうか?

そのためには自然のように日々起こる出来事を淡々と受け入れ過不足なく生きるしかないと思えた。これからどのようなことが起きようともその現実は俺たちの都合を超えて最良のものであり、俺たちの人生にとって全て必要不可欠であることを予想させた。

『俺は何があっても優子と共に生きていく。』
それは一時の高揚や情熱ではなく、極自然に静かに俺の心に沁みてくるものだった。


その余韻を惜しみながら、俺は4t車をスタートさせるしかなかった。帰りまで3時間しかない。ギリギリ間に合う時間だった。


これが優子との出会いの頃、最初で最後の大切な思い出となった。

結局優子を連れて行ったことが会社にバレてしまうのだが、それはたいした問題ではなかった。
引き止める哲に後ろ髪を引かれるでもなく、俺は次の運送会社に移って行った。

ガキの頃調子に乗って何かやっていると、大怪我したり、他人から陥れられたり、決まって痛い目にあっていた。だから子供の頃の俺の座右の銘は『不幸は忘れた頃にやってくる。』だった。

クールなように振舞っていてもどこか抜けていて、図に乗ったら土壷に嵌ってしまう。つまり、今回も有頂天になって、その言葉を忘れていた。


ある夜、突然優子が泣きじゃくって電話を掛けてきた。
あまりの泣き声に意味を聞き取ることさえ困難なほどだった。
彼女は俺とのことで、父親にこっぴどく怒られたのだ。

愛する子供を心配する余り、父親は彼女にこう言った。

『お前はまだまだ若くてのぼせているだけ。冷静になればきっとお前にも理解できる。2~3ケ月もすれば、そいつのことなんか忘れてしまい、元の生活に直ぐに戻れる。お前が望むなら医者や弁護士、外交官だろうが若手実業家だろうが、結婚相手はいくらでも見つかる。
大学も中途半端、定職も持たないトラックの運転手をしているような奴との付き合いを、親として認めるわけにはいかない。みすみす娘が不幸になるとわかっていて、許す親などいないだろう。今は苦しいかもしれないが、いつかきっと私たちに感謝するときが来る。』

『だから、何なんだ?』ぽつっと俺の心の中に呟きが浮かぶ。

昔から俺はそうだった。曖昧なことやはっきりしないことは我慢ならない。特に恋愛に関して、これまで女の子と付き合っても長続きしなかったのは、それが原因だった。

女の子の思わせぶりな態度や曖昧な返事は、俺の心を冷めさせる。他の男のことを引き合いに出して、俺の気持ちを確かめようなんて無理なことで、その瞬間、俺の気持ちはその子から遠のいてしまう。

しかしそれは、それ以上に俺がその子に惚れていない証でもあった。

少なくとも優子に対する想いは、これまでのと圧倒的に、全くと言っていいほど違っていた。

親も含めて周りはどうでもいい、俺にとって大切なのは、優子の気持ちでしかなかった。

「でっ、優子はどう思う?」

「・・・ううん、・・・・私どうしていいのかわからないの。」
優子はまだ泣きながら、か細い声でやっと答えた。

しかし、それは俺にとって死刑宣告と同じだった。

その言葉を聞いた瞬間、俺はキレて『カチャン!』と受話器を切ってしまった。
冷静でいるつもりでも、人間の傾きは中々変えられるものではない。

『これで終わりなのだろうか?』
これまでと同じように平然と何事もなかったかのように、彼女のことを忘れ去ることができるのだろうか?
当然自信はなかった。

冷静に考えると、付き合ってまだ日が浅い18歳の女の子に『俺を取るのか?親を取るのか?』選択を迫るほうが酷な話なのだ。それは、単純に俺のエゴでしかない。

しかし、優子はもっと幼く純粋だった。彼女のその素直さに俺は救われた。
運良く、再び電話が鳴る。俺はゆっくり受話器を上げた。

「タカさん?優子。・・・電話切ったの?」優子はまだ泣きじゃくっていた。
「ごめん。切ってしまった。」ぽつりと言う。
「ナンで?ナンで?切ったの?」優子の泣き声は消え入りそうだった。
「どうしても我慢ならなくって・・・。」

「わたし、タカさんと別れたいとは思っていない。でもお父さんが、どんな手を使ってでも別れさせるって・・・。わたし、どうしていいのかわからないの。」

その言葉は、俺に冷静さを取り戻させた。
これ以上優子を悲しませることに、いたたまれなさを感じていた。

俺のもう一つの信念が頭をもたげていた。それは『売られた喧嘩は買う。』だった。

大人は、すべて自分の経験が正しいと思っている。それ以外の世界はないかのように・・・。大人が、それ以外の世界を認めないのは、認めることで、それまで信じて疑わなかった自分自身の人生を、否定することになりかねない恐怖心を抱いているに過ぎなかった。

『どんな手を使っても別れさせる?2~3ケ月離れていれば忘れるだと?ふざけんじゃないぞぉ。嘗めるのもいい加減にしろ!ならやってやろうじゃねぇかぁ。』
感情的に言えばこんな感じだった。

しかし、現実的にはどう考えても悪いのは俺。大学に在籍していたが辞めているも同然、。パチンコやトラックの運転手で生活しているとはいえ定職にはついていない。

彼女の父親が言うことは、すべて正しかった。まともに喧嘩しては分が悪すぎる。俺たちが優子の父親に勝つ唯一の方法は、決して別れないことでしかなかった。しばらく考えて、俺はゆっくり優子を諭すように言った。

「優子、よく聞いてね。もし、親父さんの言う通り2~3ケ月離れて気持ちが冷めるようなら、俺たちの想いはそれだけのものだったと諦めよう。だから、親父さんたちが納得するまで一年でも二年でも離れることにしよ。」

「えっえっ?・・・本当に?」
俺の思いもかけない言葉に優子は、驚いたように答えた。

「本当に?もう会わないつもりなの?」
怯えたように震えた声で確かめるように優子は言った。

「そう、いつになるかわからないが、少なくともしばらくは会わない方がいい。」
俺はきっぱりと言い切った。

「しばらくってどれくらい。」不安そうに優子が言う。
「多分最低1年くらい。」

「1年も。・・・電話ならいい?」
「電話も駄目だろう。離れていることにならないから。」

あまりの悲しさに優子は言葉を失い黙っていた。

「大丈夫。1年2年なんて直ぐに経つさ。優子は短大卒業して航空会社に入るんだろ。俺は、これから人生創んなきゃならないし、会わなくてもやらなきゃならないことは一杯あるだろ。」

彼女にとって大切なのは俺だけでなく、当然親も大切な存在だった。俺のこの選択が辛くないはずはなかった。しかし、俺たちには、その選択しかないと思えた。1年も離れていれば気持ちは遠のくかもしれない。或いは変るかもしれない。それは誰にもわからないことだった。例えそうなったとしても誰も責めることはできない。そう決めたのは俺なのだから・・・。

俺たちの会話には『信じているから・・・』とか『愛しているから・・・』とかなかった。

そういう想いは、相手を束縛するためのものでしかなく、相手の気持ちに不安があるからに他ならないのだから、、、。そして、少なくとも今の自分の気持ちに自信がなければ、離れることなど互いに決心できないことだった。

何とか優子を説得して、やっと優子も納得した。
「大丈夫?優子?負けないで頑張ってね。」
「うん、タカさんも元気でね。」優子の声はまた泣き声に変っていた。

「じゃ、またね。」
俺は受話器をゆっくり降ろしていった。優子の啜り泣く声が遠のいて行く。

俺は降ろした受話器を握ったまま、しばらく動くことができなかった。

                                   【第一章 完】


 

むかしむかし、ある村にそれはそれは小悪魔のように可愛い
赤頭巾ちゃんという女の子がいました。

しかし、その美貌とは裏腹に赤頭巾は恐ろしい野心を持っていました。

生まれ持った色気と愛くるしい仕草に村の男たちは
人目見ただけで金縛りになったように骨抜きにされました。

村中をある程度手中に収めた赤頭巾は、
村一番のお金持ちのおばあさんに目をつけます。
寝たきりのおばあさんには身寄りも跡取りもいませんでした。

村はずれの森に無口で人付き合いの悪い
無愛想なタカという男が住んでいました。
このタカは実は狼男だったのです。

なかなか死なないおばあさんに痺れを切らした赤頭巾は、
まずこのタカを骨抜きにしておばさんを殺させようと企てます。


ある日、赤頭巾はタカのいる森へ出かけ迷った振りをしていると、
狼男のタカが現れました。

いつものように色気たっぷりの仕草でタカに言いよります。

「足をくじいてしまっていたいの~ン。
        あなたのおうちへおぶって連れてってェ~ン」

しかし、タカはまるで意にも返さないように『ヒョイ』と赤頭巾を抱き上げると
村に近い道まで抱えていって『ポン』と置き去りにしてしまいました。

生まれて初めてプライドを傷つけられた赤頭巾は怒り心頭、腸が煮えくり返り、
自分の言いなりになる猟師に『タカのせいにしておばあさんを殺そう』
と話を持ちかけます。

赤頭巾は、再びタカのいる森に出かけ、
猟師がおばあさんを殺そうとしていることを告げます。

タカは一目散におばあさんのとこに向かいます。

しかし、時既に遅くおばあさんは無残にも殺されていました。

不審に思ったタカは、それが赤頭巾の仕業であることを見抜きます。

窓の外を見ると赤頭巾がやってくるのが見え、
タカは急いでおばあさんになり代わりベッドに入りました。

しかし、残念ながらその夜は満月で、
タカはベッドの中で狼に戻ってしまいました。

ベッドに寝ているおばあさんのとこにきた赤頭巾は言います。
 
 「まあ、おばあさんの耳って、なんて大きいの?」

 「赤頭巾の嘘がよく聞こえるようにね。」

 「まあ、おばあさんの目って、なんて大きいの?」

 「赤頭巾の本当の姿がよく見えるようにね。」

 「まあ、おばあさんの口って、なんてそんなに大きいの?」

 「それはねえ、お前の悪巧みを大声でしゃべれるようにさ!」

といって飛び起きたタカは赤頭巾を捕まえようと飛び掛ります。

しかし、そのとき陰に隠れていた猟師が
『ズドーン!!』と銃をぶっ放し、狼は吹っ飛んでしまいました。

タカは必死に立ち上がり、二発三発と銃弾を受けながら、
何とか猟師をやっつけました。

最後の力をj振り絞り『責めて赤頭巾だけは・・・』
と赤頭巾に近寄っていきます。

絶体絶命の赤頭巾。


しかし、その時入り口から村人がドヤドヤっと入ってきて
狼のタカはボコボコニにされました。

赤頭巾は『狼がおばあさんを狙っている。』と村人を騙して連れてきていたのです。

瀕死の狼は村人に抱えられ、井戸の中に投げこまれました。

こうやって赤頭巾はおばあさんの財産をまんまと手に入れ、
村中を我が物にしました。・・・と・・さ。

めでたし、めでたし。


って話。昔聞いた覚えがあんだけどな。


早い話、魔性の女には近づくなってことね。

だから、据え膳食うは男の恥なんだよな。
更新だけで精一杯なのでブログの機能とか使いこなしていない。
”なう”とか書く余裕もないし、アメンバーとかグルっぽとかなんだ?って感じ。
ピグとか、するかぁ!!頼むからプレゼントとか贈んないでくれっ。
邪魔で仕方ない。

今日は手抜きかな?前回グリーンカレーだったから、今回レッド。


 



香辛料お奨めの二つ目がレッドカレーペーストだ。
同じメーカーで600円位。これもちょっと独特な風味で、言葉では説明しづらい。

グリーンも一緒だが、これ使うとナンかプロっぽい感じが出る。


赤カレーを作る時は、エビが一番合う。

出来れば大き目の大正エビの頭付き買ってきて、頭とか皮でダシを取る。
エビのガラは精力効果もあるし、凄エ栄養価が高い。
ブラックタイガーでもいいのだが、ダシとしてはあまり出ない。

尾っぽの先の黒い部分は味も落とすし(苦い?)、
ナンか悪いと聞いたことがあるので、
まな板の上で包丁ではさむようにして押し出す。

エビのガラと頭でダシをとったスープで適当に野菜を入れて煮込む。
オリーブオイルでカレー粉を炒め、小麦粉も同じ。
結構さらめのカレーを先に作っておく。味付けは顆粒コンソメ+塩

フライパンにオリーブオイルを入れ、
このレッドカレーペーストを大さじ山盛り一杯くらい、油に溶かすように炒める。

これで辛さが増す。そしでエビを一緒に炒め、
キノコとか入れたいならそれもこのとき一緒にさっと炒める。

それをカレールーに入れて出来上がり、エビは煮込み過ぎないこと。


他の使い方のお奨めは、鶏肉とカシューナッツの炒め物とか、
玉葱、ニンジン、ピーマン、竹の子、きくらげなど、ごま油で炒めて味付けしておき、
最後にこのペーストを同じように油に溶かすようによく炒めて全体にまぶす。

ちょっと、タイなどアジア系のプロの料理が家庭で楽しめる。
好きじゃないがトムヤムクンもこれ入れてんじゃないのか?

味がわかれば、感覚でちょこっと入れればプロの味になる。

中華ならごま油、イタリアンならオリーブオイルを使うとかね。

まっ、これは直ぐに見た目辛いとわかるがな。

俺の場合いつも自分のことで精一杯だったんであまり子育てって感じじゃなく、
子供と同等に関わってきた感じナンだが、
厳しくしようが、優しくしようがそれはどうでもいいことなんだな。
但し、子供のケツを叩いたり厳しくしかったりするのは3歳までだな。

俺が思うに3歳からは自我がでてくるんで、
プライドが傷ついてトラウマになったり反発したり、
従順になり過ぎたりそのうち何らかの影響がでる。

愛があるかないか?これも関係ないな。トオモッテイル・・・。

殆どの場合子供を愛してない親はいないだろう。

なのにナンで伝わらないか?
ナンにしてもそうだが、『愛している』なんて感情や意識は、
殆どがエゴだからな。
親に自覚がなくても子供は無意識に受取っている。
それが、そのうち束縛や不自由に感じてきて親との壁になってしまう。
そうなって『あなたのために良かれと思ってそうしてきたのよ。』
と言ってももう遅い。

子供にこんな人間にならないようにってどんなに意識して関わっても、
親がそんな人間ならそうなってしまう。
子供は言葉でなくて親の価値観を丸ごと受取っているからだ。

だから、俺の子育てのポリシーはなるべく子供と関わらない。
さっさと親離れして欲しい。でないと俺が大変。
それには親が先ず子離れしないとね。
子供にはなるべく干渉しない。
子供の話にも喧嘩にも首を突っ込まない。
子供には子供の世界やルールがある。
それを長男だから我慢しなさいとか、
お兄ちゃんは偉いとか。んなのもっての外だ。

どんなに幼くても、転んだら起き上がるまで絶対に手を貸さない。
子供は親を舐めて掛かるから、手を貸すとどんどん甘えてくる。
起き上がったら、『痛かったね。大丈夫?』と抱きしめてあげるのはいい。
自分で考え自分で決めて自分でやらせる。結果も知らんプリッ。
『学校休んでいい?』と聞かれても
『俺はお前じゃないんだから、いいかどうか俺がわかるわけないだろ。
んなことは自分で決めろっ!』ミタイナ・・・。

ある日曜日の朝寝てると、小六の長男が母親の金をくすねて見つかったらしく、
『お父さんに謝ってきなさい!』と怒られ枕元で泣いていた。

『ナンなんだよぉ』と眠ぼけて聞くとそういうことだった。
『ンなことで起こすなよぉ。俺もガキの頃よくくすねてた。』と言ってまた寝た。

しかし、末の子が幼稚園のころ買い物から帰ってきたら、
手にお菓子を持っている。
『どうした?』と聞いたら『知り合いのおばさんに貰った』と言う。
『嘘つけ!返しに行くぞ。』と言うとビビリ上がったんで、
店に行ってレジーでお菓子を出させ金を払わせた。
自分でやったことのケジメは自分できっちりつけさせる。

子供が覚えているのはどれだけ愛された存在だったか。
多分それ以外は親は悪影響しか与えてない。
だからできるだけ長く(息子でも中学くらいまでは)スリスリ、ハグハグや
プロレスごっこみたいなことはずっとやってたな。

つまり自分がされて嫌だったことを子供にしないことだ。
俺は子供を殴ったことは一度もないし、
勉強しろとかも言ったことない。
幼い子供でも人間性ってのを尊重しないとって思うんだな。
親であっても未熟。何でも知ってて何でもできるわけじゃないってのも
幼い頃から理解しといてもらう必要もある。

早い話、俺が一番楽ぅ~な関係にしたかっただけだな。
これは先進国の話だけかもしれないが、
特に現在の日本は目的の喪失の社会だ。

大人になってみれば、自覚も記憶も残ってないが、
子供の頃はやりたいことを無心でやっていた。
人目も気にせず、評価も成果も気にしない。
何度怒られようと、その時は怒られるということさえ忘れてしまう。

つまり、無心でやることのほうが子供にとっては大切で重要なことなのだ。

一人で勝手にやるべきことをやるガキはいない。
何も教えないのに1歳くらいで自分で目覚まし掛けて、
朝起きたら歯磨きしてるなんてのがいたら、それこそびっくり仰天だ。
だから基本的には目的を理解しないと(納得しないと)やらないし覚えない。
それは気の遠くなるような反復練習だろう。

ある意味現代社会で育児ノイローゼ?になる奴が多いのも頷ける。
自分が目的意識もなくいつまでたっても短絡的にやりたいことだけを
考えて生きてきた人にとって、
子供の『何故?どうして?』とか、何度言っても思い通りにならない反応に疲れてくる。
これに応えられない母親はやがてまいってしまって、
行き過ぎると育児拒否で完全に放棄してしまうのだろう。
当然医学的な根拠はない。単なる俺の主観だ。

逆を言えば子育ては失った自分の人生を取り戻す機会でもある。
そう考えれば子供から教えられることは多いはずだ。

俺は36歳を過ぎれば人間なかなか自分を変えるのは難しいと思っている。
その根拠は、自分の可能性を感じ自由に思い描けるのは普通18歳くらいまでだ。
次第に現実が見えてくると制約も多くなり、
30歳で『大空を自由に飛び廻れるようになりたいなぁ。』
何てマジで言ったら周りは引いてしまうだろう。
自由な心が段々不自由になっていく。
だから36を超えると自由に生きた時間より
不自由に生きた時間が長くなり考えもしなくなる。
つまり、子供の頃の方が圧倒的に感性が高いのだ。

しかし、最近はそうも言ってられない。大人びた子供が多くいるし、
別の意味でガキのままの大人もいるからな。

以前『恋愛感情は神様がくれた贈り物』ってのを記事したが、
それがないと赤の他人を背負って一緒に生きようとは思わないだろう。
それと同じで『子供は目に入れても痛くない』
ほどの思いがないと育てられる訳がない。
つまり、目的は人間に対する愛情にとても関係あるし、
人を愛せる人間は無自覚でも目的を持っている。
そいういう意味で人生の目的は人間のいのちと言える。

唐突な見解だが、目的喪失の時代は愛情喪失の時代かもしれない。

今年も始まったと思ったら、あっという間に今年の5分の1が過ぎた。
別に何もやらずとも人生は進行してゆく。
かといって自分の力で何かを成せると思っても、
未熟すぎる人間の驕りだとすぐに思い知らされる。

少なくとも自らが向かう道は、方向性を定め、あるべき形に焦点を合わせ
ひた向きにエネルギーを傾けなければ、
切れた凧と同じで目的に到達することはない。

しかし、例え結果を得られたとしても
そこに天の力が働いていることを常に自覚し、
謙虚に受け止めることがとても重要で、
さらにそこに自らの足りなさを模索する姿勢が必要だろう。

今日は日曜日だが嫁さんもいないので。
事務所で調度いい具合にブログをやる時間ができた。


昨年末借金を減らすために20年以上住み慣れた家を売り払った。

日本人にとって家とはどういうものだろう。
多分当たり前すぎて誰も考えたことないだろう。
俺もそんなこと考えたこともなかったが、家を失う際になってリアリティがでてきた。

『家』という空間は僅か10cm程度の壁で仕切られているだけで、
外は社会、内は社会ではない感覚だ。
外では無自覚に鎧をまとい、内では完全に無防備になる。

やはり俺は一人が好きで、この歳になればもう変わらないだろうが、
ある意味『家』はそんな自分を守る隠れ家的な存在だったのかもしれない。

どこに行ってもナンか面白くないと
『さっさと家に帰ってビールを飲みながら寝転がってテレビを見よう。』
なぁんて当たり前に思うのだが、
これも自分を守ってくれる『家』という存在があればこそだ。
『立って半畳寝て1畳』俺はどこででも生きて行けると思っていたが、
これはそれとはまた別の話ね。

アメリカに住もうがどこに引越ししようが、自覚的意図的に計画したことなら
そんなことは思わないだろうが、
取上げられるとか追い出されるとなればこれも別の話。

まぁ、住めば都で新しいとこで1年もすれば、
そう思ったことさえ忘れちまうんだろうがな。

日本人だけでなく近代的な生活に慣れきった人間は意識できない
不安感を抱いていて、日ごろは当たり前すぎて感じることはできないが、
それがなくなるはめになって初めて自覚する。

ホンとに軟弱な動物になってしまっているのだ。