・・・・・・・一方、鄭氏と統一教の関係は一人の女性から始まったが、関係を結んでいた

75年から78年までの3年間 鄭氏が大きな影響を受けたはずなのは容易に類推できる。

一方、鄭氏は側近信徒らに75年度に文鮮明の使命は終わり、78年からは自分の使命が開始すると また違うJMS信徒は話す。JMSの30概論が統一教と似ていると言うことはJMSに興味のある人なら誰でも知っている事実だ。まず堕落論を調べてみると統一教や鄭氏は人間の堕落を神様に対する不従順でなく性的堕落とみている。鄭氏は聖書で話す堕落が性的堕落ではないかと言う疑問を持っていた時に、統一教にすでに自分の考えと同じ堕落論があることを確認することが出来たと言う。統一教が堕落論を持って60~70年代を巻き込むのを見て「これが神様の歴史ぞ・・」と考えた鄭氏が自身の悟りに確信を持ったと言うことがJMSの堕落論の問題点だ。

この信者は引き続き JMS教理中 統一教で流入した重要部分を付け加えることと共に説明する。

82年度に愛天教会に初めて行った時、誰が福音書12章49節「火を土地に投げ込みに来た。この火がすでについていたら」私が何を求める」というこの一節が教会の標語のようについているのを見た。鄭氏は常に火に対する概念が多く話した。ところがそれは統一教の

末世論の重点になる。84年までは興味のある人々は「原理講論を一度は読んでみろ」と勧めたこともあった。勉強の途中で、授受関係、授受作用、蕩減、統一教理と似た用語が沢山出てきた。

JMS教理の統一教理との類似性と鄭氏の聖書解釈の間違いは再臨論でより一層

 明確にわかる

再臨論の中で雲の概念を鄭氏はよく悟ることが出来なかった。統一教との理論があまりにも似ていて引用する聖書個所も同じである。

統一教とJMSは共に雲を人と解釈した。統一教はヘブル12章1節の「雲のように数多い証人

引用して、ダニエル書の雲が突然に統一教では現実的な雲に置き換わる。

一つは、ダニエルが幻想と理想の中で見た雲で文学的表現なのに聖書的に見た時、鄭氏が再臨論に対しては誤まって悟ったということを感じることが出来た。