当時のパートの職場から毎年2月頃、半日ドックに行っており、

私は左胸上の方に良性の腫瘍がある事は知っていました。

「マンモする度にひっかかると思うよ」と先生からも聞いていました。


なので再検査があっても「またか…」って軽い気持ちで行き、触診でも異常なしとなりました。


でも、もうその時にはマンモでもひっかからない左胸の下…胸の付け根辺りに腫瘍があったのです。


その年、3月には東日本大地震があって…

私は大阪だから、被害はなかったけど…

大変な事になってしまいました。


その後、なんだかおかしいよね…って思いながらも、自分はガンとは縁がないと思っていたし、

あの時の検査では何も言われてないし…

まさかね…って気持ちであまり気に留めてませんでした。


そんな中でキャンディーズのスーちゃん、田中好子さんが乳がんで亡くなりました。

最後に流されたスーちゃんの音声…地震で被害にあった方へのお見舞いの言葉、ご自身の事…

その切なくて優しい声は今も耳に残っています。


その時…なんだかイヤな予感、自分の中で私はガンにはならないって思い込んでいたけど…もしかして…って不安が膨らんできました。


そうは思いながらも、もし今私が入院になってしまったら、パート先にも迷惑をかけてしまう。

こんな時でさえ、私は自分を後回しにしてたんですね。


私は近所の大学で生協のパートをしていました。店長以外はみんなパートで、それぞれ担当があるので、それで迷惑をかける事がイヤだったんです。


私がこの職場を選んだのは、学生が休みの時、自分も休めて、子供達と夏休み、冬休み、春休みを過ごせる事ができるからでした。


なのでもし入院って事になったら長い夏休みか、春休み(大学の春休みは2月の頭から)がいいな…とか。あくまでも仕事優先でした。


あっと言う間に夏休み。

でも病院には行きませんでした。

胸の付け根の腫瘍…

大きくなってる?

悪性だったら腫瘍は動かない

良性だったら腫瘍は動く…

これは動いてるの…?

動いてるよね…と自分に思い込ませ、胸の付け根を触る事が多くなるだけで、ほったらかしていました。


まさかね…と言う気持ちと、現実逃避。


それまで吸っていたタバコ。

長い間吸ってました。

高校2年の時から…高3ではもう毎日吸ってました。


でも吸ってたタバコが震災の影響でフィルターの部分が作れなくなり、販売しなくなりました。

別のタバコを吸おうとしましたが、

ガンの2文字が頭をよぎるのと、

毎日TVでみる地震の被災地の状況を見て…皆さんそうだったと思いますが、私も毎日当たり前のように平和な生活をしている自分が贅沢なように思い、タバコくらいやめてやる!

となりました。


…が


何日か後には本数を減らして復活していました。ホントに弱い私…


そうやって2011年を終えようとしましたが、こんな私でも、

やっぱり病院に行ったほうがいいよね…

乳がんでなかったとしても、この腫瘍普通じゃないよね…となり

今からちょうど10年前の10月、

仕事が休みの土曜日にやっと乳腺科のある病院に行きました。



…長くなってしまいました。

この続きは次回書きたいと思います。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。