ー″天上の間″ー



赤い石柱が上がっていく。
「何事じゃ?」
ゴーマが尋ねる。
外は幾つもの″第三の眼″で視ているものの、内部までは読み取れない。
「大連者が侵入したのです」
「追い散らすのじゃッ!」
撃退を命じられた男、シャダムは頭を深々と下げる。
「仰せの通りに」
すぐに、と言わんばかりに頭を上げる。
「……その前に、あなたからいただかなくてはならない物があります」
「?」
「″大地動転の玉″だ」
文字通り、眼が見開いた。
今のシャダムが口にしたことが、何を意味するか…………本人が知らないわけがない。
「お前は確かに次期皇帝と決まった。じゃが、それはワシが引退した時じゃッ!」
シャダムは次期皇位継承者ではある。しかし、それは先の話。
それまでは、あくまでシャダムはゴーマの部下である。
「なら、今すぐ退位していただきたい」
その言葉に、ゴーマ15世の第三の眼に血が走った。
「図に乗りおって………」
ゴーマ15世は怒りを露にしながら、懐へと手を伸ばす。
衣から出されたのは、紅くゴツゴツとした玉。
禍々しい真紅こそが、その本質を告げている。
「″大地動転の玉″は歴代ゴーマ皇帝、権威の証…………その威力を見るが良いッ!」
ゴーマ15世が″大地動転の玉″を翳すと、紅い妖力波が放出される。
シャダムは反応するより前に稲妻状の妖力波に包まれてしまう。
「ぐわぁぁぁァッ!」
着ているコートは妖力が染み、そう易々とは破れない。
そのはずなが、一気にズタボロになってしまう。
衝撃でそのまま落下し、妖気が立ち込める床に叩きつけられてしまった。
「ホッホッホ」
″大地動転の玉″は、ゴーマ皇帝継承の際に継ぐ妖力の象徴である。
内包する力は、この世にある妖力そのものとも言われる程だ。
子どもじみた性格のゴーマ15世に、ゴーマすべてが従う最大の理由がこれである。
元老院も含め、″大地動転の玉″を凌駕する存在などないのである。
「ホッホッホ」
高笑うゴーマ15世。
6000年振りだろうか。
この″大地動転の玉″を使ったのは。
この力があれば、怖れるものなど何一つ無い。
「クク…………わかっていないのは貴様だゴーマ……」
シャダムは妖しげに笑う。
そして、手をかざして口を開いた。








「ゴーマ15世…………元の土に還れッ!!」



















「ぬ、ぬうぉぉォァッ!!」
一瞬の頭痛。
治まるも、視線が定まらない。
眼がキョロキョロし、何を見ているかさえわからなくなってしまう。
「何じゃ!?これは何なのじゃ?」
混乱するゴーマ15世。
第三の眼も反り向き、白眼になってしまう。
「な、何じゃ?見えぬ…………見え……」
第三の眼の視界がない。
左手で擦る。
すると、ビチャリという微かな音がした。
「?」
グチュグチュという触覚。
ゴーマ15世は自分の手を見る。
「!!?。ど、泥じゃッ!!」
何と汚らわしい。
しかし、この泥はいったいどこから?。
この泥、どんどん殖えているような…………手に拡がっている。
「ち、違う……」
ゴーマ15世は気づいてしまった。
「わしの、わしの手がぁぁぁ…………」
泥は拡がっていたのではない。
ゴーマ15世の手、そのものが泥に″変わってしまった″のである。
それは手だけではない。
顔も、躰も、すべてが泥に変わっていくのであった。
右手が崩れ、″大地動転の玉″が落下していく。
それを掴み取り、シャダムはニヤッとする。
「6000年前、″ダオス戦争″にてダイとゴーマは死力を尽くし争い、共に滅び去った。その時ーーーーー貴様は既に死んでいたのだッ!!」
告げられた真実。
違う。
自分は死んではいない。
なぜなら…………。
「何を言っておる!?。わしはこうして生きて…………」
実際に自分はここにいるではないか。
その反論とは裏腹に、左手も崩れていく。
「幸い俺は生き残ったが…………皇帝にはなれなかった。元老院が五月蝿くてなぁっ!」
先代・ゴーマ14世の嫡男であった嘉挧は、本来の皇位継承者。
出奔さえしなければ、シャダムの存在を無視し、次期皇帝のはずだった。
血筋を重んじる元老院は、嘉挧の存在からシャダムを度外視したのである。
「そこで俺は貴様という操り人形を作り、ゴーマを裏から操ってきた…………この日が来るのを待ちわびながらな」
シャダムが語る最中にも、ゴーマ15世の躰は崩壊していた。
いや、もはやゴーマと言えるかどうか。
泥の塊に、眼と口が残るのみとなっていたのだから。
「そんな…………ワシが、このワシが操り人形……」







「なるほど、納得いきましたよ父上 」
シャダムが向くと、そこにはキバレンジャーとナーガレンジャーがいた。
″天上の間″の入り口には、皇族以外の侵入を妨害する結界がある。
とはいえ、息子であるこの2人が入れるのは自然なことなのだ。
「ゴーマがなぜ貴方を重宝したか、寵愛を受けていたはずの私が追放されたのか」
将軍であるはずの田豊を差し置いてまで、失敗を繰り返してきたシャダムが咎めを受けなかったのは皇族という理由だけではない。
ゴーマ15世がこのように侵略に積極的だったのも、すべてはシャダムが調整していたからだ。
「苦労したぞ。定期的に妖力をそそぐ必要があった。なにせ、″還命創″では次第に心を失うからな」
かつて、かんざし女雛が秘術で死した姉を甦らせた。
けれども、模倣の存在であり、本人でな無かった。
シャダムはこれにアレンジを加え、本人ではない事は変わらないものの、定期的に妖力で調整し、限り無く本人に近い傀儡を生み出したのであった。
「あ、阿古丸…………助け、助けたもう……」
懇願するゴーマ15世。
しかし、ナーガレンジャーは首を横に振る。
「もう遅い。さよならです、15世」
キバレンジャーは何も言わない。
造られた存在であるゴーマ一族を、命と肯定した阿古丸も複雑であろうとは思う。
だが、あそこまで崩れたら、もはや手遅れだ。
「それより父上。いえ、調停者よ。まだ、″繰り返し演技″をなさるのですか?」
シャダムの表情が変わった。
冷酷な目つき。
しかし、左目だけは飛び出すかのように浮き出ている。
「…………ほう、なぜ俺が調停者とわかった?」
調停者。
それは、時間の観測者にして、正しく時を歩ませるもの。
その力を利用し、何度も時間をやり直してきた元凶でもある。
「閻魔大王から聞きました」
この世の理から離れているからこその回答。
「待てよ阿古丸。閻魔大王は教えたんだろうけど、ダオス王は答えてくれなかったのは何でだ?」
「それは、白虎真剣に聞いた方が早いんじゃないのか?」
沈黙していた白虎真剣は、遂に口を開く。
ダオス王の魂の分身である白虎真剣は、その真実を知っている。
「時間を繰り返してるのは調停者の、シャダムのせいだけじゃねえ。おめぇ達がいつか、あり得た世界で創っちまった″輪廻の理″も原因なんだ」
″輪廻の理″
時間軸の流れを固定化させ、調停者としての力を理としたもの。
つまり、歴史を変えようとするシャダムを、理で封じているのである。
「調停者がその力を発現するのは、あるポイントなんだ。それが今…………」
「ここで父上は死ぬ。その間際に力が発現し、その歴史が変わろうとするのを理が防ぐ」
いったい何百回と繰り返したことだろう。
「そうか……。シャダムが調停者としての人格を出した時、僕らが歴史を進めるチャンスなんだ」
そう。
調停者の人格と力を使う時、理を敷いた本人である自分達が″その先″を創る。
すなわち、勝利して歴史を良き未来にする唯一の機会なのだ。
つまり、それは今だ。
未来を書き換える瞬間は、現在で閉ざした自分達がやるしかない。
「それは俺とて同じだ」
シャダムは嘉挧と戦った時と同じように、鎧を纏う。
「ここで貴様達を斃し、俺は望む未来を作り出す」
剣を向けあう親子。
そこで白虎真剣は不思議に思う。
繰り返してきた歴史で、阿古丸はこの場にはいた歴史が無かったわけではない。
しかし、いずれもシャダムは″大地動転の玉″を使い、ゴーマ16世となっていた。
調停者としての意識が、そうさせているのだろうか。
だとしたら、この先に何かが……。
「さて、ずっと泥人形と戦い続けてきたお前達に、更なる秘密を明かしてやろう」