「ハアァッ!!」



ガラが先に動いた。手から妖力波を放つ。眼が見えないにもかかわらず、クジャクへと向かっていく。
クジャクは顔をヒョイッ、とずらして避ける。これは牽制、ガラは必ず保険ないしは本命は別にある。
その判断は正しかった。剣先から別の妖力波が放たれる。クジャクは″孔雀扇″を使い、それを避ける。
燃ゆる孔雀がガラの真上から光を放つと、火花が散る。



「うぐは…………」


剣を落とし、ガラは地に伏す。傷みがあるせいか、仰向けになって息を整えている。






″チャッ″







喉元にやや冷たい雰囲気を感じる。これはクジャクが短刀を突きつけている。
そう判断するのはあまりにも容易かった。


「殺せクジャク。私は生きている限り、お前を憎み…………呪い続ける……」


″聖なる孔雀の涙″を使い、生きるがいい。その世界に自分はいてはいけない。
復讐を遂げれず、残念な気持ちはない。無論、晴れているわけでもない。しかし、クジャクに殺されるなら、悪くはない。


「ガラ……」


クジャクは羽を閉じ、″聖なる孔雀の涙″を出す。それをガラに向ける。
先から雫が垂れ、ガラに注がれた。すると、顔に付着する血がみるみると消えていった。



「眼を開けてみなさい」



「!?」


ガラは何をされたか理解できなかった。しかし、言われた通りに見えないはずの眼を開ける。


「…………!!?。見える……見える……」


なぜだ?。ガラは視線を横にそらすと、クジャクが″聖なる孔雀の涙″を持っているのが見えた。


「クジャク、それは………」


「頬の傷も消えたぞ」


「な…………」


触ると、自分の肌には何もない。あまりにも自分の肌を美しいと思える程、傷が消えている。


「すまなかったガラ。これで………心残りはない…………」


クジャクは立ち上がり、湖へ向かっていく。ガラは呆然としたまま動けなかった。
クジャクは自分を助けた。傷を癒し、 因縁を断ち切った。しかし、″聖なる孔雀の涙″を自分に使った様子はないようだ。
ガラには真実が伝わっていないために、それを理解できなかった。
ただ、涙が出てくる。あれだけ憎んでいたクジャクへの怨みは既に晴れ、悲しみと虚しさが残っていた。


「さらばだ………クジャク…………」









「うわああぁぁぁぁ…………」


「!?」


生き霊ガラは突然苦しみ出し、消えてしまった。クジャクレンジャーには状況が掴めなかったが、ガラから憎しみが消えたことで、生き霊は存在を保てなくなっていたのだ。


「クジャクさん…………」



転身を解き、優美は立ち尽くした。もう、追う必要がないし、意味がない。


「優美ちゃん!」


声。正夫だ。キッズ達が追いかけてきたのだ。


「クジャクさんは?」


問うのは由貴。それに対し、ただ首を振るだけしかできない。
ハッと、キッズ達は空を見た。夕方前だというのに、空に星が見える。
その中で、一際目立つ星。一番星というには、あまりにも点滅が激しい。


「…………星が落ちる……」



由貴はあの星の光がクジャクの命運そのものであると気づいた。
消える前の蝋燭と同じで、星もまた死ぬ前に輝きを放つ。その後、美しいと思う程の流星となり、落ちたのだった。
















クジャクは″聖なる孔雀の涙″を持ち、湖の畔にいた。最後の羽飾りは既に錆びている。
先程の流星は、″それ″を告げるものだろう。


「クジャク!!」



呼び掛けているのは大五だ。感謝している。自分にここまで付き合ってもらい、本当に嬉しい。
だからこそ、いま別れを決しなければならない。クジャクは″聖なる孔雀の涙″に封をかける。
開かぬように、災いを除去するように。そうして、クジャクは″聖なる孔雀の涙″を湖へ沈めるのであった。



「な…………」


大五はそれを見て、何かが途切れてしまった気がした。唯一の希望を、今無くしてしまった。


「…………大五……」


振り向いたその微笑みを、恐らく永遠に忘れることはないであろう。
優しく、美しく、哀しい微笑みだった。








″カランッ″








最後の羽飾りが落ちた。クジャクは力尽き、倒れてしまう。
大五は震えながら走り出した。理解してしまう。今、クジャクは死を迎えたのだ。



「クジャクゥゥゥッッ!!!」



大五はクジャクに駆け寄り、抱き起こす。触った瞬間、信じられない程に冷たくなっている事に気づいた。
既に死んでいる、と理解してしまった。


「そんな…………なぜ…………」


眼を開け、クジャクは大五を見る。


「わた……しは………あらゆる災いを滅ぼ……す…………孔雀明王の化身…………」


自分はクジャクという個人であってはならない。それはわかっていた。
だからこそ、自分は死ななくてはならない。


「では、ガラを…………」


「もとはといえば…………ガラを救うために孔雀明王の…………下で修行していたのだ……それが叶った……」


クジャクとしての、最後の我儘だ。ガラを救えて、満足この上ない。


「″聖なる孔雀の涙″を封じた…………。もうじき人々は、病から解かれるだろう…………」


″聖なる孔雀の涙″も封じた。いつか、人々がどうしようもない病に悩まされた時まで解放されないだろう。
そのときは自分がいなければ、地球の浄化現象は起きない。もう、安心だ。



「だから大五…………私は…………安心して逝けます……」


「クジャク…………」


大五は力強く抱き締めた。もう温もりを失った愛する人を、その感覚を忘れないように。


「あなたに逢えてよかった…………」


もはや何も見えない。何も感じない。自分が本当に意識があるのかすら、怪しいところだ。


「あなたの愛に…………触れて幸せでした…………」


ガラへの憎しみしかなかった自分を変えてくれた。愛というものが、どんなに温かいかを教えてくれた。


「ありがとう…………あなたを………愛しています…………」
















クジャクの亡骸を抱え、大五は呆然としていた。人類は救われた代わりに、愛する女性を失ってしまった。
いつの間にか、クジャクは消えていた。昇天したのだ。孔雀明王となり、その役に就いたのだ。
人類や地球に生きる命の存続と繁栄を祈り、見守っていくのだ。


(そうだな……お前はそばにいる…………。いつでも…………)


大五の手には孔雀の羽根が握られていた。彼女が遺した、存在の証。


(俺は生きるよ……。君の分まで…………君の願いを叶えるために…………)








つづく