毎月初、ブログのアクセス解析をネタにしているが、6月になってから解析結果が変になった。





 

上図は6月10日のものだが、5月31日までの数値に比べ、6月1日以降のアクセス数が激減している(0の日もある)。
別にアクセス数を稼ぐために記事を書いているわけではないが、統計値が信用できなくなるのは困る。

下図は6月26日に当日(「今日」)の数値を拾ったもの。
画像の横幅の関係で14時以降をぶった切ったり、他の箇所も多少の修正はしているが、数値自体はいじっていない。
当日のアクセス数60というのも、最近の数値としておかしいことはない。



 

だが、本日(7/1)では、6件としか表示されていない。
何かアメブロのシステムが異常なのだろう。

ちなみに、本日に30日間(つまり6月1日~30日)のアクセス解析をした集計値は次のとおり。
( )内は、6月という月指定での集計値。
この両者は同じ意味のはずだが、これだけ差が生じている。


1 積算雨量のグラフが見にくい : 20%(21%)

2 伺候席と位階のイメージ : 8.7%(14.9%)

3 越智松平家 :  5.2%(9.0%)


4 鳥取と但馬西部の関係 : 3.5%(6.0%)

5 「午後ほど」雨が降りやすい : 2.6%(4.5%)
  トマトジュースとドライトマト : 2.6%(1.5%)

7 九州南部が梅雨入り : 1.7%(-)
  相模守 : 1.7%(3.0%)
  積算雨量のグラフは改善できるか : 1.7%(3.0%)


(-)は、ランク外。

前記事で触れた「鬼門」という言葉。

風水や家相などの分野で使われることが多い。

北東が鬼門、反対側の南東が裏鬼門といわれる。

 

もともと中国から入った概念のようだ。

古代から、北東の異民族が中原地方に侵入してきたり、

北東方向から冷たい季節風が入ってきたという歴史が

こういう概念を造り出したという説がある。

反対側の南西側も、同様だったとされる。

 

日本ではどうかというと、地域にもよるが、

冬の季節風は北西からの方が厳しいのではないか。

もっとも、東北地方の太平洋側など、

北東方向からの冷たい風が冷夏、稲の不作をもたらす、

という地域もある(あった)。

(あった)とカッコ書きしたのは、近年の温暖化というか

猛暑、酷暑のためだ。

全国的には、コメの高温障害の方が厳しいようだ。

 

風水や家相というものを「迷信」の一言で葬るのは、

ひょっとしたらもったいないかもしれない。

でも、地域や気候が異なれば、どの方角を注意するか、

当然に変わってくるだろう。

FIFAワールドカップで、日本は1勝2引き分けでグループリーグを突破した。
第2戦を前に、「鬼門」という言葉が、メディアなどであふれた。
日本は第2戦で勝てていない、と。
実際にそうだったのだろうか?


1998フランス大会 × 0-1 アルゼンチン
 × 0-1 クロアチア、 × 1-2 ジャマイカ

2002日韓大会 △ 2-2 ベルギー
 〇 1-0 ロシア、 〇 2-0 チュニジア
 1回戦 × 0-1 トルコ

2026ドイツ大会 × 1-3 オーストラリア
 △ 0-0 クロアチア、 × 1-4 ブラジル

2010南アフリカ大会 〇 1-0 カメルーン
 × 0-1 オランダ、 〇 3-1 デンマーク
 1回戦 × 0-0(PK3-5)パラグアイ

2014ブラジル大会 × 1-2 コートジボワール
 △ 0-0 ギリシャ、 × 1-4 コロンビア

2018ロシア大会 〇 2-1 コロンビア
 △ 2-2 セネガル、 × 0-1 ポーランド
 1回戦 × 2-3 ベルギー

2022カタール大会 〇 2-1 ドイツ
 × 0-1 コスタリカ、 〇 2-1 スペイン
 1回戦 × 1-1(PK1-3)クロアチア

合計
第1試合:3勝3敗(1分け)勝ち点10
第2試合:1勝3敗(3分け)勝ち点6
第3試合:3勝4敗    勝ち点9

たしかに、第2戦の勝ち点は少ない。
それでも対戦相手を見れば、クロアチア(2回)、オランダなど、強敵が多い。
前回2022年でコスタリカ戦が目立つのは、ドイツとスペインという強豪に勝っているから、という面もある。
「鬼門」というほどのものかな、と(ドーハの悲劇などを知っている)私は思う。
「負けに不思議の負けなし」という言葉もある。

さて、トーナメント1回戦はブラジル戦。
「勝ちに不思議の勝ちあり」でもいいから、勝ってほしいものだ。

此隅山城の主郭跡から西方、やや北側にかけて。

出石川が画面左端から中央奥方向に流れ、その右岸側を国道426号が走る。その延長上に、山名氏の平時の根拠地だった守護所(豊岡市九日市付近)があるはずだが、さすがに見えない。

伊豆城などの表示は、此隅山城のリーフレットの記載による。現在のイメージだと、城というより砦の方が近いかもしれない。

 

上の画像よりも、上流側。

平成16年10月の台風23号の被害で出石川左岸側が決壊し、鳥居橋も上流側に架け替えられた。

鳥居城も、前述の伊豆城などと同様、此隅山城や有子山城などの出城だったと思われる。

 

豊岡市の公式ウェブサイトより、クマ目撃マップをダウンロードさせてもらい、ちょっと加工してみた。

此隅山城跡も有子山城跡も2025年にクマ目撃情報はないようだが、近いところにはあり、今回のように山の中に入っていくのなら、やはり熊鈴などは持っておいた方がよいのだろう。

ところで、山名氏の平時の根拠地であった守護所だが、ネット上では、妙経寺付近(豊岡市九日市中町。図の?付きの上側)という情報がある。一方、豊岡市史(昭和56年)では、西光寺(豊岡市九日市上町。同じく下側)に近いところに山名宗全の居所があったというような記述がある。

私は断定できるだけの情報を持っていないが、いずれにしても出石川が合流した後の円山川本流の下流部にあったのだろう。