検察から電話があり
裁判の日程と参加方法について
説明がありました
①被害者参加制度
(自分or弁護士)
②意見陳述
(手紙を読むor検事代読)
③傍聴
一時は不参加も考えたけれど
母が苦しまなかったのか
加害者は今も反省しているのか
その2つを確かめたい気持ちと
家族が母をとても大切に思っていたと伝えたくて参加を決めた
加害者の罪を重くしたいとは思っていないので
②意見陳述を選びました
母の人柄
家族の思い
加害者への思い
検察側から
この3つを盛り込むようにと説明を受けて私が書くことに
自分では泣いて読めなくなる気がして
以下を裁判で代読して頂きました
「母はとてもほがらかな人でした。
よく、ベンチでたまたま隣に座った人とまるで友人のように話していた姿が思い出されます。
愛される人柄で友人も多く、自分よりも家族や人のために何かをしてあげたいという、献身的で善良な人でした。
背筋をピンとのばして杖なども使わずに自分の足で歩き、特に病気もなく81歳にしてはとても元気でした。
年に何度か家族で旅行へ出かけており、事故の数カ月後には大阪万博も予約してありました。
高齢ではありましたが元気で、まだまだ長生きしてくれると思っていた母の命が突然奪われ、家族は悲しみに暮れました。
父は亡くなっているので一人暮らしでしたが、母の家は親族が集まる場所でした。私たち姉妹や孫、ひ孫たちが頻繁に訪ねていたので、丸一日を1人で過ごすのは年に数日程度だったと思います。
それなのに母が急な事故で誰にも看取られることなく、1人で旅立ったことをとても残念に思います。
孫やひ孫の成長を楽しみにし、またその成長にも大きく関わっていました。こどもたちが気兼ねなく甘えられる存在が奪われてしまったこともまた、とても残念に思っています。
母は横断歩道ではない場所を渡っている人を見かけた折にはいつも、もし撥ねられて無残な姿になったら運転している人のトラウマになり迷惑がかかる。私は必ず横断歩道を渡ると話していました。
それなのに横断歩道上で事故にあい、頭蓋骨から両足まで体中を骨折しまさに無残な姿になってしまったことも残念でなりません。
事故の後謝罪に来た加害者はとても反省し憔悴してみえました。ですので私は、言葉では言い表せない複雑な感情を持っています。
しかしあえて言い表すならば、不注意で人の命を奪ってしまった人生は辛いだろうという同情の気持ちが強いのかもしれません。
ですがもし事故から少し時間が経ち、加害者から反省の気持ちが薄れ情状酌量、減刑と自己保身のことばかりを考えているのなら、重い処罰を望みます。
ですが、今も変わらずあの事故を悔いており、母への弔いの思いをこれからも持ち続けてくれるのなら、献身的であった母の意にも沿い重い処罰は望みません。
よろしくお願い致します。」
裁判で久しぶりに会った加害者は
事故後と変わらず反省し憔悴して見えて
今でも心の状態が落ち着かず
通院し休職中と
月に一度、母のお墓参りに行きお詫びしていると話し
それ以外は自宅で過ごすことが多いようでした
また、事故発生直後に加害者が車を降りたときすでに母は道路に倒れて動いておらず
一目で重症だとわきったとの供述も読み上げられました
そうか、やっぱり即死だったんだな
苦しまなくてよかったと思いました
今も母を思い寂しくならない日はありませんが
時が経ち心はずいぶん落ち着いています
これからの人生が大変なのは加害者だろうと
改めて思いました
裁判が終わり
あちらの証人として出廷していたご友人を裁判所のロビーで見かけたので呼び止め
「本人と直接お話する機会はないかもしれないので伝えてほしいんですが」
と声をかけさせて頂き
「もし私が加害者なら、笑ったり楽しんだりすることに罪悪感を持つかもしれません
家も車で10分ほどの距離ですが、もし彼女が外出し友人と笑い合っているところをお見かけしても私たち家族は大丈夫です
どうぞ連れ出してあげてください
生きるのが辛い日もあるかもしれませんが、母も笑って生きてくれた方が喜ぶと思います」
と、今の思いを伝えました
少しは加害者の心が軽くなると良いのですが
母も
わざとじゃないのだし許してあげて
と思っているはず
そういう人だったから
数週間後の判決は
[禁錮1年8ヶ月執行猶予3年]
でした
これで一区切り
うちの両親はいつも子供第一で
本当にたくさんの愛情をかけて私たち姉妹を育ててくれた
あんなに大切にしてくれたのだから
両親の願いはきっと私が娘に対して思っているのと同じ
「我が子が元気で幸せならそれでいい」
その願いに応えられるよう
前向きに、元気に楽しく毎日を過ごそうと思います![]()
不定期だけと次からはまた
子育てと旅行記ブログに戻りまーす