週に一度のペースで伺っていた師匠宅へは、新たな作品を持参なくては行きづらい流れとなった。
看板にしている"からだをゆるめこころをひらく"を実感できる瞬間は、施術と師匠の得意分野である書の教えがひとつとなった時にみられる顔である。
芸術分野の指導では細かな決まりはなく、自由な発想からいかに表現される個性を引き出せるかが、重要だと思う。
もちろん、私は書や俳句など学んだことはないのだけれど、心情をあらわす言葉は実際の体験から知らぬ間に備わるものなんだ。
成長過程における必要な
を満たせてやれなかったことを嘆いた自分に息子ダニーはいった。
を満たせてやれなかったことを嘆いた自分に息子ダニーはいった。「終わりよければすべてよし。」
台詞が口から出るのは
成長した証だな。人生を舞台に、幕が下りた瞬間、どれだけの拍手をもらえるかで価値は決まる。
昨年の春、行った先々で迎い入れてもらえなかったことにたいする想いを胸にして。
事実は素直に受け止め、経験からの成長によって越えては見せつけよう。
それが俺たちのリベンジだ。
今日のタイトルはへルマンヘッセの言葉より。
幸楽苑、行ってくれたかたへ。ダニーから聞きました。
あなたがいわれたような自慢の息子ではないけれど…
私にとってはなくてはならぬ、存在です。


なさい。