マイペースな Tsuri-Bito のブログ

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高知県安田町にあるパワースポトと言えば、四国霊場第27番札所「神峯寺(こうのみねじ)」


太平洋を望む神峯山の標高450メートルのところにあり、車で行くことができるものの、とにかく道は急な坂道が続く。お遍路さん偉いなあ~とつくづく感じた。



仁王門


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土佐の名水の一つ「神峯の水」。 日本の名水の一つにしたい! 冷たくてとてもおいしかった。 


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本堂です。

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大師堂


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神峯寺から400mほど上に登ったところにあるのが神峯神社


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本殿の上に不思議な巨石(岩)がありました。燈明岩(とうみょういわ)と呼ばれるこの岩は夜になると青白く

光ることからこの名がついたそうだ。ただ、いつも光っているわけではなく、なにかしら大きな異変が起こる前兆に光ると言われている。 日露戦争、太平洋戦争、関東大震災、南海大地震などの時に光を放ったそうだ。

次の南海大地震の予言もするのだろうか? 興味深い。



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神社の林の中にある巨木「大樟と大杉」。自然のパワー感じました。


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最近好きなんです。パワースポット巡り。癒されるというか、自然の力を感じるというか、美しさに感謝感動するというか・・・昔からこういう巡りごとよくやってたけど、今のパワースポットブームに乗っかってしまったね【笑】



さて、今回は室戸岬


まずは室戸岬灯台。灯台展望所からの景色は素晴らしいの一言。 この灯台すごいんですよ! 「実効光度 160万カンデラ と 光達距離 26海里 (約48km)は、共に日本一。」とのこと。



マイペース Tsuri-Bito in Tosa  のブログ-室戸岬灯台




龍馬の盟友と言えば、「中岡慎太郎」。龍馬伝ではもっと出番があったらなあ、と思いました。




マイペース Tsuri-Bito in Tosa  のブログ-中岡慎太郎像




台風接近中のため、ごらんのように海は大荒れ


マイペース Tsuri-Bito in Tosa  のブログ-台風接近中のため海は大荒れ




室戸岬の風力発電所。室戸はいつも風が強く、風車は勢いが違う! どうぜ、政治家の方々!

原発なんかやめてこういうのもっと作ろうぜよ!


マイペース Tsuri-Bito in Tosa  のブログ-風力発電所





URUGUAI



この国は私が訪れたい国の一つなのです。確かに好きな国、行きたい国はいろいろありますが、私の心の中で最も好きな国かもしれません。実際一番気になる国がこの国なのです。 何が気になるのか? それは私が小学時代の頃に遡ります。


小学校4年の時、高知県安芸市井の口(岩崎弥太郎の生家があるところ)のサッカースクールに通い始め、サッカーにはまりました。当初は野球がしたかったのですが、地元に野球チームがなくて、周りの友人の影響もあり、気がつけばサッカーの門をくぐっていました。

練習はきつかった?ようで、一方サッカーの楽しさに気付き、スクールのない日も家の田んぼでボールをひとりで蹴っていました。完全にサッカーにはまってしまった小学校の6年生の時、練習後のミィーティングで監督さんがある本(ガイドブックみたいなもの)をみんなに配ってくれました。今でも覚えているその本の表紙に載っていた選手は「ハンジ・ミューラー」。ドイツ(当時西ドイツ)のストライカーでした。


 世界のサッカーに関しては、そのころまではブラジルのジーコ、ペレの名前しか知識がなく、また今のように世界のサッカー情勢を知る機会もなかったので、まだ若かったマラドーナすら知りませんでした。そして、その本に夢中になり、毎日何度も何度も目を通しているうちに、マラドーナや、西ドイツのルンメニゲ、イタリアのロッシ、フランスのプラティニ、ポーランドのラトゥー、ブラジルの黄金のカルテットらを知りました。


やがて6月、ワールドカップスペイン大会が開かれ、その時はブラジルの華麗なパスワーク、マラドーナの驚異的な個人技に目を奪われ一喜一憂しました。今はなきシステムの2次リーグで両チームが激突し、マラドーナはブラジル選手の腹をけり上げ一発退場。アルゼンチンは2次リーグ敗退、さらに優勝を確信していたブラジルもイタリアに負けてしまい、つまらないなあと感じた記憶があります。

ワールドカップが終わってもその本を読み続けていると、今度はワールドカップの歴史に関心を持ち、ある一つの国が目に留まりました。その国はそれまでのワールドカップ優勝国の中で唯一スペイン大会に出てなく、その時は私にとってまったく未知の国でした。ただ、そのネーミングになぜかよくわからない魅力を感じたことはよく覚えています。

小学校の授業で一番好きだったのが社会で、とりわけ地図を見ることが好きだったため、とった行動はその国がどこにあるのかを調べることでした。地図慣れはしていたので、探し出すのに時間はかかりませんでしたが、調べた結果に驚きました。何と小さな国なんだろうか!と…北側に大国ブラジル、大河をはさんで南側にアルゼンチン。ジーコの国とマラドーナの国にはさまれた国。ワールドカップの長い歴史で、2回の世界制覇を果たした国。しかもその第1回の優勝国。




そう、その国の名は URUGUAI ウルグアイ .   



そして時は過ぎ12月。やっとウルグアイサッカーを見る機会が訪れました。トヨタカップである。その前年のトヨタカップで魅了されたのはブラジルのフラメンゴに所属していたジーコのプレー。そしてその年南米王者として東京にやってきたのがウルグアイのペニャロールでした。むろんペニャロール、というよりもウルグアイを応援しながらテレビ観戦しました。

驚くべくプレーを見たのは前半だったか後半だったかは覚えていません。とにかくもの凄いフリーキックでした。キッカーはジャイールという選手。足を振りぬいたボールはドライブがかかってGKがかろうじてはじいたが、ボールの回転が半端ではなく、その逆回転スピンによってゴールに吸い込まれたのです。すごい!というよりは、何だこれは!と、ぞっとしたのを覚えています。さらに1点を加え、2-0でペニャロールが勝ち世界を制覇しました。 そのゲーム以降一層この国に取りつかれ、次のワールドカップを楽しみ待つようになりました。




しかし、それ以降、ウルグアイのサッカーはワールドカップでは結果を残せなくなり、特に‘86年のメキシコ大会の惨敗は見たくもなかったです。優勝が狙えると思いこんだ’90年のイタリア大会では初戦のスペイン戦でつまずいたのが尾を引き、結局決勝トーナメント1回戦で開催地のイタリアに敗退。今までの中で一番好きなサッカー選手エンツォ・フランチェスコリ、さらにルベン・ソサ、ウーゴ・デ・レオンなどの世界的名手を擁しながら結果を残せませんでした。以降、ワールドカップには出たり出なかったりを繰り返し、フォンセカ、レコバといった名選手を持ちながら出場はしても決勝トーナメントにすら残れないといった状態が続き、記憶に新しい昨年の南アフリカ大会も期待はするものの結果は不安でした。
 南アフリカ大会で、ルイス・スアレス、ディエゴ・フォルランらの活躍でベスト4に進んだのは本当に感動しました。最後のゲームとなった3位決定戦(対ドイツ戦、スコアは2-3)のラストプレーがフォルランのフリーキックでした。足を振りぬいた瞬間「決まった!」とゴールを確信したが、ボールはゴールバーにはじかれ、その瞬間に終了のホイッスルが吹かれた時はなぜか涙が出ました。しかしそれは本当に感動した涙でした。

 今年の7月のコパアメリカでは16年ぶりに優勝し、やっとこの国のことでうれしい思いをする場面が再びやってきました。次回のワールドカップブラジル大会が楽しみになってきたことは言うまでもなく、世界クラブ選手権(旧トヨタカップ)でもウルグアイのチームがやってくるだろうと楽しみにしています。





最後に、ウルグアイのことで最も感動した時のことを語ります。これは私が高校3年の時(1988年)のトヨタカップでした。受験勉強の合間にテレビをつけ、食い入るように画面を見ていました。東京にやってきたのはヨーロッパ優勝チーム、オランダのPSVアイントホーフェン、そして南米チャンピオン、ウルグアイのナシオナル・モンテビデオでした。

 アイントホーフェンにはブラジル代表のロマーリオ、そしてクーマン、ファンアーレ、GKファンブロイケレンなどその年の欧州選手権を制したオランダ代表選手が何人かいました。気性の激しいファイトあふれるGKファンブロイケレンは今でも好きなGKの一人です。 対するナシオナル・モンテビデオは完全にウルグアイ人のチームで、代表のデ・レオン、オストラサらがいました。
 前半先制したのはナシオナル。しかし、後半にロマーリオのゴールなどでアイントホーフェンが逆転しました。以降両チームチャンスは作るものの得点が出ないまま後半ロスタイム、ナシオナルのコーナーキックのチャンスが訪れました。実はこれがラストプレーでした。たしか左サイドからのコーナーキックだったと思います。ニアポストに飛んだボールをGKファンブロイケレンがキャッチし、「ああ~、終わった~」と私だけでなく見ていた誰もがそう思ったに違いありません。しかし、レフリーの笛の音は試合終了を告げるピー、ピーという長いホイッスルではなく、ファウルとかスローインなどを告げるようなピッという短いホイッスルでした。「何だ?」と思っていると、解説者が「もう一度コーナーですね」と言いました。そう、GKファンブロイケレンがボールをキャッチした瞬間にゴールラインを割ってしまいもう一度コーナーキックとなってしまったのです。しかし時間的にラストプレーなのは間違いありません。再度蹴られたボールは今度はGKの手の届かないところに飛び、そこに走りこんできたのはナシオナルのMFオストラサ。DFとの競り合いを制し、頭で合わせたボールは見事ゴールに吸い込まれ、ナシオナルが土壇場で同点に追い付きました。

 延長に入り両チームとも無得点で勝負の行方はPK戦に委ねられました。先行はアイントホーフェン。お互い3人目まで確実に決め、4人目に突入。こういう展開ではそろそろGKがセーブするか失敗キックが出るころである。アイントホーフェンは4人目もゴールを決め、ナシオナルの4人目の番。いやな予感がよぎった通りゴールを外してしまいました。残るは両チーム5人目のみ。つまりアイントホーフェンの5人目が決めるとその瞬間にアイントホーフェンの優勝が決定するのです。私は固唾をのみながら、心の中ではGKのスーパーセーブか相手のミスキックを祈っていました。

 アイントホーフェンの5人目のキッカーがボールをセットし勝利に向けて蹴ります。ナシオナルのGKは代表第2のGKセレイ、彼はPKの時はキッカーが蹴る前に必ず左右どちらかへ微妙に体を動かしフェイントをかけます。この時はキッカーがける寸前に左方向に動くと見せかけて右に飛びました。キッカーのボールは同じ方向に(GKからみると右側、キッカーからみると左側)飛んできました。セレイの右手がボールをはじき見事スーパーセーブ!ナシオナルの5人目は確実に決め、PKはサドンデスにもつれ込み、国立競技場のボルテージは最高潮に達し、テレビで見ている誰もが興奮する展開となりました。

6、7人目はお互い決めて、8人目に突入したと思います。先行のアイントホーフェン、キッカーが蹴ったボールはさきほどと同じように左方向(キッカー側から)に、GKセレイはまたもフェイントの後右側に飛び、再びスーパーセーブ!人差し指をユニフォームの下の十字架に指し、どうだ!と言わんばかりの仕草がとても印象に残っています。そしてナシオナルの8人目が決めた瞬間、ナシオナルのトヨタカップ2度目の優勝が決まり、私も心の中で「よっしゃー!」と叫びました。しかし本当に長い長い試合でした。お互いの選手が健闘をたたえあい、ユニフォームを交換する中で、アイントホーフェンのGKファンブロイケレンが一人、涙を流しながら一点を見つめてゴールポストにもたれて座っていました。テレビに映るその姿がとても感動的で、その時から好きなGKの一人になったのです。




さて、長々と語りましたが、最後まで目を通してくださった方々がいらっしゃいましたらぜひご感想をお聞かせください。またウルグアイのどんなことでもいいのでいろんな情報を交換し合いたいものです。そして私はこれからもこの国を応援し、いつか必ず訪れたいと思っています。