~心はいつも貴方を想い・・


アルデバランの競馬コラム集

(2008ヴィクトリアマイル馬エイジアンウインズ)

エイジアンウインズという馬名を聞くと、♪ウィンド・イズ・ブローイング・フロム・ジ・エージアーというジュディ・オングの名曲「魅せられて」が脳内を流れる。ちなみに、エージアーの部分はアジアではなく「AEGEAN」が正解。エーゲ海の意なので本来はおかしいのだが、洗脳されているので仕方ない。この唄には♪好きな男の腕の中でも違う男の夢を見るぅ~という歌詞があるが、エイジアンウインズもれっきとした女である。きっと違う男の夢を見たに違いない。デビューから1年間はダート戦を使われてきたが、6戦目の宝ヶ池特別でいよいよ芝コースへと主戦場を変える。シャイナムスメの2着と健闘し、鳥羽特別、心斎橋Sを勝っていよいよ重賞の阪神牝馬Sへ。初の重賞挑戦ながら、その年のマイルCSを勝つ事になる1番人気ブルーメンブラットをクビ差退けて快勝。3着のパーフェクトジョイとは3馬身もの差が開いていた。心斎橋S、阪神牝馬Sで好騎乗を見せたのは鮫島良太。彼の素晴らしいエスコートにエイジアンウインズは恋に堕ちた。魅せられた。しかし、女は怖い生き物である。鮫島良太の腕の中で、エイジアンウインズは秘かに違う男の夢を見ていた。古馬牝馬路線に彗星の如く現れたエイジアンウインズは女帝ウオッカが待ち受けるGIヴィクトリアマイルへと向かう。しかし、そこに鮫島良太の姿はなかった。エイジアンウインズをエスコートするのは男・藤田伸二。泣く子も黙る競馬界の番長であるが、その騎乗ぶりは実に紳士的。やや高めに拳を構え、帆船が波を滑るようにスッと好位の6番手を追走する。ロスなく流れに乗れれば、本格化したエイジアンウインズに不発はない。ニシノマナムスメとレインダンスに何度も挟まれそうになるが、余力が違う。猛然と追い込む女帝ウオッカを3/4馬身抑えて一気に新女王の座を射止めた。私はその騎乗ぶりに魅せられてしまった。エイジアンウインズはこの後、一度もレースに出走することなく引退。それほどまでに、激しいレースであった。ヴィクトリアマイルはまだ施行されて4回と歴史の浅いGIであるが、この第3回ヴィクトリアマイルは間違いなく後世まで語り継がれるレースであろう。

エイジアンウインズと藤田伸二、熱く激しい一日限りの逢瀬であった。

~誘惑の香りに誘われて


アルデバランの競馬コラム集

(1997NHKマイルC馬シーキングザパール)

NHKマイルCほど、創設時の目的と現状が一致しないGIレースはない。時代の流れといえばそれまでだが、クラシックに出走資格を持たない外国産馬のために創設しておきながらわずか10年にも満たない内に外国産馬はクラシックへの出走が可能となったため、現在は牡馬牝馬の強豪マイラーとダービーへのステップレースにする牡馬が激突するというなんだか訳のわからないレースになっている。そんな背景もあって個人的に思い入れがあるのは創設初期のレース。中でも第2回の勝ち馬シーキングザパールが非常に印象深い。爆発的なスピードを武器にNHKマイルCまでに重賞4勝。ヒシアマゾン二世の声もチラホラ聞こえてくる中、NHKマイルCも1番人気に応えて快勝。残す敵は桜花賞馬キョウエイマーチ、オークス馬メジロドーベルのみ。世代最強を証明すべく秋の京都に向かうはずだったが、予期せぬ事態が起こる。秋初戦のローズS3着後、喉頭蓋エントラップメントが発覚。シーキングザパール秋華賞回避の文字が新聞に躍る。幻の3強対決となってしまった秋華賞はメジロドーベルが制した。さて、シーキングザパールは翌年のシルクロードSで復帰し貫禄の違いを見せ付けて快勝するが、続く高松宮記念と安田記念は道悪に泣いた。陣営の矛先はなんとフランスGIのモーリス・ド・ギース賞へ。この時、翌週のジャック・ル・マロワ賞に出走するタイキシャトルが日本調教馬として初の欧州GI制覇を成し遂げるというのが大方の見方であったが、シーキングザパールは見事に優勝。一足先に快挙を達成してしまう。4歳春シーズンを圧倒的な強さで駆け抜けたあのシーキングザパールが帰ってきた。遠くフランスの彼女から「お待たせ♪次からドンドン買ってね。」という合図を貰ったような気がしたのだが、これがどうやら勘違いだったようだ。マイルCS→スプリンターズS→高松宮記念→安田記念と馬券で騙され続け、私は国内短距離GI逆グランドスラムを達成してしまう。当然、2004年のNHKマイルCはシーキングザダイヤから入って大損したのは言うまでもない。そこはロマン派の性、仕方ない。

騙され続けても追いかけたくなるのが魔性のオンナというものである。

~ファンが作り上げた悪役の素顔



アルデバランの競馬コラム集


(1993天皇賞馬ライスシャワー)

春の天皇賞当日の最終レースがディープインパクトメモリアルに決定したが、かなり僅差で2位に入ったのがライスシャワーである。インターネットの投票層から考えると大健闘といってよく、やはり春の天皇賞といえばライスシャワーなのである。1993年と1995年の二度、春の天皇賞を制覇しているがライスシャワーのベストパフォーマンスは1993年のレース。大本命は春の盾3連覇を狙うメジロマックイーン。杉本清氏の「今年だけもう一度頑張れマックイーン」のフレーズが有名であるが、字面だけ見ると陰りの見え始めた往年の名選手に送られる声援のようにも見える。だが、その後の走りを見てもこの時のメジロマックイーンは決してガタの来た名選手ではない。まだまだ超一流である。その王者を正攻法で蹴散らしたライスシャワーの強さには脱帽である。さて、ミホノブルボンの3冠に続き、白顔の盾男メジロマックイーンの春の天皇賞3連覇までも阻止したライスシャワー。この頃からファンの間では悪役のイメージが定着し、関東の刺客などの異名を取り始める。さしずめ、人間で言うと狙った獲物を確実に仕留める寡黙なスナイパーのようなものだろうか。そんなキャラとして今もなお語り継がれるライスシャワーだが、実際のところはそんな性格ではないらしい。何かで読んだのか、あるいは誰かに聞いたのかは忘れたが、ライスシャワーはレースで勝った時には俺を褒めろと言わんばかりに馬房から得意気に顔を出し、負けた時には馬房の隅でションボリとしていたそうである。そんなエピソードを知ると、あの小さな馬体が愛おしく思えてくる。エエかっこしいのお調子者。その人間臭さに対し、妙に親近感が湧いてくる。もう今さらライスシャワーの最期については語る必要はないだろう。京都競馬場の墓前に供えられるニンジンや花は彼がここに生きた証。私はいつまでも稀代の悪役ライスシャワーの走りを記憶に留めておきたい。いや、留めておかなくてはならない。

競馬が終わるその時まで、彼が京都で犯した二度の大罪に時効は成立しないのだから。