「人生は完結」と思う高齢者の自殺ほう助認める動き、オランダ
2016年10月14日 14:34 発信地:ハーグ/オランダ
http://www.afpbb.com/articles/-/3104388
【10月14日 AFP】安楽死の合法化から約15年を経たオランダで、病気でなくても人生は「完結した」と感じている高齢者が自殺ほう助で死ぬ権利を法的に認めるよう、安楽死法の範囲を拡大する動きが出ている。
 オランダ保健相と司法相は12日、議会に宛てた書簡のなかで「熟慮した末に自分の人生は完結したとの確信に至った人たちが、厳格な条件の下で、自身が選択した尊厳ある方法で生涯を終えられるようにすべきだ」と提案した。オランダは来年3月に総選挙を控えているため、提案が法案として審議される可能性は低いが、既にオランダ国内では激しい論争が巻き起こっている。

 
 オランダと隣国のベルギーは共に2002年、世界で初めて安楽死を合法化した。ただし安楽死は、他に合理的な解決法がなく患者の苦痛が「耐えがたく改善の見込みがない」と2人以上の医師が認めた場合に限るとの厳格な条件の下で行われている。
 昨年にオランダで実施された安楽死の件数は約5516件で、全死亡者数の3.9%を占めた。また安楽死による死を選択した人たちの70%以上が、がんと診断された人たちで、認知症または精神疾患の人たちが約2.9%だった。安楽死の件数は2010年の3136件から確実に増加している。
 安楽死は繊細な問題で、12~18歳の未成年の末期患者も安楽死を選択でき、認知症など、ある種の精神症状が「耐えがたい苦痛」とみなされるなど、国外ではいぶかしむ人も多い。
(c)AFP/Maude Brulard、Sophie Mignon
 
 
オランダと言えば、末期患者安楽死・大麻合法が有名だが、普通の高齢者にも安楽死を認めさせようとする動きが出てきているとは。。。。
確かに、何十年も生き、ある程度いろんな経験をし尽して、稼働能力もなく、もう希望ないならば、老後の病苦に苦しむ前に、死んでしまった方が得であろう。
 
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でも、そういうようなことが書かれてあったような気がする・・・
 
日本のように多数派の意見が優先される国ではこのような老人安楽死合法化は現実化されないであろうが、欧米の人権重視、少数派意見ももちいられる国では、今回のよう合理的理性的な法律がどんどん成立していくであろう。
 
と、ここまでは前置きだ。
 
哲学の最大の目的は、
”人生は生きるに値するか否か”(つまり自殺した方が良いのかどうか)
の答えを見つけることだ。
 
哲学はいまだその答えを見つけられていない。ならば、自殺してもいいとも言えるし、いや、むしろ、自殺した方がよっぽど良いとも言える。もちろん、取り返しのつかない間違った選択肢になるかもしれないけれど。
しかし、やってみないとわからないことも多い。原発だってそうだ。
自殺した方が良いかもしれないベネフィットと、社旗全体の倫理観価値観が崩れるというリスクもある。原発と同じだ・・・
 
しかし、言いたいことはここからなのだが、
 
自殺して解決するような人生なら、本当に、まったく無意味になってしまう。
諦めずに意味を見出そうとするために、生きて、寿命の許す限り、精神的限界の訪れるまで、人生の意味を追い求めていくことこそ、無知無力な自分に唯一できることなのではないだろうか・・・