「で、嬢ちゃん」
新八っつぁんは依頼人・雪村千鶴の事をそう呼ぶ。
10代ならまだしも、20代の女性に向かって嬢ちゃんはないと俺は思うんだけどな。
「部屋に侵入された痕跡、とは具体的にどういった事だ?」
新八っつぁんの言葉の続きを土方さんが尋ねた。
「あ、はい・・・それ、なんですけど」
彼女はテーブルの上にあるティーカップセットを指さした。
「ん?これがどうしたってんだよ?」
「私、今朝きちんとテーブルの上を片付けてから出勤しました」
几帳面な性格なのか、女子の部屋ってのは大体そうなのか。
俺たちは10畳ほどのリビングの真ん中に置かれたソファとテーブル辺りに集まっていたから、顔を左右に動かして部屋の全体を改めて見てみた。
俺なんて出かける前にテーブルの上を片付けるどころか、シンクの洗い物だって何日もほったらかしにしてるけどなぁ。
左之さんだって俺と似たようなもんだし、新八っつぁんの部屋なんかもっとヒドイもんだぜ。
ま、一くんに関しちゃこの部屋と同じぐらい、いや、もっと整理整頓された部屋に住んでるけどな・・・。
だから、彼女の記憶違いってことはないんだろうな。
「じゃあ明らかに嬢ちゃん以外の誰かが居たっつー事だな?しかも勝手に茶ぁ飲んでいくたぁ、図々しいにもほどがあるぜ全く」
「合鍵を渡している誰か、という事はないのか?」
「はい、私が持っているマスターキー以外、合鍵は土方さんにお預けした1本のみです」
彼女はカップから目を逸らすようにして言った。
しかもよく見ると、勝手に紅茶だかコーヒーだかを飲んだだけではなく、持参したのか何なのか、茶菓子の残骸までありやがる。
この段階で風間と決めつけるのはあれだけど、まぁ間違いないだろうな。
だとしても、ほんっとに意味不明な事しやがるな。
「あんた、もう大丈夫なのか?」
見る限り、さっきまで震えていた身体はすっかり元通りになっていた。
しかしこんなことがあっては精神的ダメージは相当なもんだろうな。
「はい、大丈夫です。みなさんが帰ったらしっかりチェーンロックしますから」
気丈に俺の目を見て答えた。
「そうか、じゃ俺たちは行くぜ。また何かあったら時間は気にしなくていい、いつでも電話してくれ。平助、新八、行くぞ」
土方さんに続いて俺も新八っつぁんも立ち上がった。
「じゃあな、嬢ちゃん」
「気をつけろよ」
「はい、ありがとうございました」
俺たちを玄関先まで見送って、雪村は深々と頭を下げた。
靴を履き、外に出てドアが閉まると、ちゃんと施錠する音とチェーンロックをかける音が聞こえた。
「あ、南雲を置き去りにしたまま・・・だったな」
土方さんがポンと手を叩いてそう言うまでは、俺も新八っつぁんもすっかりそのことを忘れてしまっていた。
けどまぁ、別に30分ぐらいだし、携帯でもいじって待ってるんじゃねえの?現代っ子だし。
誰もが急ぐ様子もない歩調で車まで戻ると。
「あ、れ・・・?南雲、いねえな」
土方さんが最初に気づいた。
「ホントだ、どこいったんだ?」
「俺たちが遅ぇから勝手に帰っちまったとか?」
俺と新八っつぁんが車内を覗き込んだ時、背後から間抜けな台詞が聞こえた。
「あれぇ?もう戻って来たんですか?」
振り向くと、南雲と一緒にあの風間が立っていた。
写真で見たふてぶてしい顔。
ちょっとはイケメンだけど、まぁ俺ほどじゃねえっつーか。
・・・とにかく、あの風間に間違いなかった。
「どわぁぁぁっ!!」
「お、おまっ・・・風間っ!?」
「どっ、どうして南雲と一緒に?」
俺たちは驚きを隠せずに思わずそれぞれが大声を出しちまった。
でもすぐに、土方さんが風間の襟元を掴んで詰め寄った。
こういう時、さすがに俺たちのリーダーになるだけはあるなって思うぜ。
びっくりしすぎた俺と新八っつぁんはただ口をパクパクさせて固まるしかできなかったんだ。
「てんめぇー、風間っ!雪村千鶴へのストーカー行為で警察に突き出してやる!来やがれっ!」
土方さんの唾が盛大にかかる距離で怒鳴られても、風間って野郎は全く怯む様子もなく、それどころかフン、と鼻を鳴らしてその手を簡単に払いのけた。
「無礼な奴らだ、ストーカー行為とか訳の分からんことを言うな」
はぁぁ?こいつ、やっぱヤバイって!
さすがの土方さんも思いっきり面食らった顔してギリっと歯ぎしりした。
「俺の嫁だとか何だとか言ったり、写真入りの手紙を送り付けたり、挙句の果てには勝手に住居に侵入したりしやがっただろうが!?まさか知らんとは言わせねぇぞっ!」
今度は鼻先が触れそうな近さまで顔を寄せて怒鳴りつけた。
あの眼光で睨まれても狼狽えもしない風間って、どんだけ肝すわってんだよ?って俺はこんな時にそんな事を考えてしまっていた。
「おい、何か勘違いしておらんか?」
なんだろう、こいつさっきから妙に口調が上からっつーか、時代錯誤っぽいっつーか。
お前は公家か!?と俺は心の中で一人で突っ込む。
「な、何が勘違いだっていうんだよ?」
何故か逆に土方さんが狼狽えてるじゃねえかよ、大丈夫か?
「ふん・・・〝俺の嫁″ではなく〝我が妻″と言ったのだ」
「・・・・・・っだぁーーーーーーーーっ!んな違い、関係ねぇだろーがっ!」
完全に風間って野郎のがウワテだ・・・。
沸騰しきった土方さんの脳天から湯気が上がるのが見える気がするぜ。
「ちょ、ちょっと待って下さい」
そこにいきなり南雲が割って入り、土方さんの腕と俺、新八っつぁんの腕を掴んで風間とは逆の方へと引っ張った。
「お、おいおいおい。邪魔すんじゃねえよ」
「そうだよ、あいつ捕まえねえと」
俺たちが口々に南雲を責めると。
「勘違い、だったんですよ」
「だーーーーーーーかーーーーーーーーーらーーーーーーーーー、嫁だろうが妻だろうが、そこはあんまし重要じゃねえだろうが?」
土方さんは南雲に対してまでもキレ出してしまった・・・。
いや、でもまぁ、この状況のそこの部分を今更指摘されてもねぇ。
「そうじゃなくて、勘違いだったというのは・・・」
なんだよ、南雲。
土方さんにだけ耳打ちして。
俺だって気になるじゃねえかよ。
俺と同じように思ったのか、横の新八っつぁんを見上げるとイラついた表情で2人のやりとりを見ていた。
「・・・というわけです」
説明を終えた南雲が土方さんの耳元から口を離すと。
「っっだぁーーーーーーーーーーーっ!!!!ふざけんなっ!なんなんだっ!?」
とうとうぶっ壊れちまったのか、土方さんがダンダン!と地団駄を踏みながら叫んだ。
「なんなんだよ、どうしたんだよっ?」
「そうだよ、俺たちにも説明してくれよ!」
新八っつぁんと抗議すると、南雲が小声で説明を始めた。
≪平助日記5へ続く・・・≫